第10.5話






 私が呪文魔法を実習し始めて4日。




 私は、『火』『水』『土』『風』の基本の4属性の下級魔法を習得した。


 まだ下級魔法なので難易度は低めらしいけど、フランとトムじいは盛大に祝ってくれた。


「…すごいです! 4属性を一週間もかからないで覚えるなんて…! それに魔力の質と量もあるので、このまま中級魔法だってすぐ覚えられると思います!」


「ううん…フランの教え方、本当にわかりやすかった。ありがとう」



 フランが自分の事の様に喜んでくれるので、こちらも釣られて嬉しくなる。


「だがそれでもすごい事だ。想定より早すぎてプレゼントの用意が間に合わなかったが、次は必ず用意する。この調子で励んでほしい」


「あ、ありがとうございます」



 少し恥ずかしいが、こんな日常も悪くない物だった。



 そして、中級魔法以降の呪文魔法の説明を受けた。


 中級魔法は初級魔法と比べ起こせる事象・範囲が大きくなる。それに伴い、呪文が長くなり魔力も多く込める必要があるなど。





 呪文魔法は魔力の質・量で効果が増減するが、込められる魔力量には上限があり。多すぎても無駄になる。


 呪文が長くなれば込められる魔力量は多くなるが、呪文の文言ごとに相性などがあり失敗する。




 発動する安全な組み合わせを『効果』『必要魔力量』『詠唱時間』で振り分けて『初級』『中級』『上級』などに分類する。


 それが呪文魔法の階級の仕組みらしい。





 ——呪文魔法——


 利点


 道具が無くても使える点。

 覚えていれば複数の種類の魔法を使うことが出来る点。

 刻印と比べて比較的強力な魔法が使える点。



 欠点


 発動に唱える時間がかかる点。

 口に出すので相手に位置と魔法の種類がわかってしまう点。


 つまり、隠密や奇襲には弱いが汎用性があり便利という感じだと思う。




「…その…例えば…集団で魔法を使うことでそれらの欠点を補っているんです。そのため高価な刻印や魔道具を複数用意しなくても役に立つことも出来ますし。野営などでも便利なんですよ?」




 反応が薄いから、不安そうに呪文魔法の魅力をアピールし始めるフラン。

 勘違いだけど、かわいい。不憫なこの感じもいい。


 そして、トムじいがフランの説明に補足する。



「うむ、僕が最初に呪文魔法を覚えて貰いたかった大きな理由は、刻印や魔道具が無くても使えるという点が大きい。道具は壊れるし、必要な魔法を使える道具がいつもあるとは限らない。僕は呪文魔法が苦手でね、使えないわけではないのだが、リタちゃんに教えるには力不足だったんだ。とりあえず中級魔法まで覚えたら刻印魔法を実習し始めようか」



 そうして、お昼は呪文魔法、夜は聖術の練習をする日々が本格的に始まった。


 呪文魔法の初級を覚えたことにより、今日から日常で魔法を使っていいと許可が出た。


 魔法は楽しい。


 他の人が使えない力が次第に使えるようになっていく感覚、何かから解放されるような開放感を感じることが出来た。






 宿への帰り道。

 浮かれる気分にまかせて、フランの手を取った。

 いきなり繋がれた手の感覚にフランは体を震わせて驚いたが、振り解こうとはしなかった。


 まるで「しょうがないなぁ」と言いたげな顔、妹を慈しむ姉のような表情をしている。

 心の広い私はそれを許す。



 傍から見たら、銀髪の妹と灰髪の姉。仲のいい姉妹に見えるだろう。

 この柔らかな雰囲気は宿に着くまで続いた。



「あ~!! お姉ちゃん達がいつの間にか仲良くなってる! ずる~い!」



 …見つかった。



「あ、ただいま、フィル。これはフランがどうしてもって言うから、しょうがなくね。だから怒るならフランを怒ってね」


「………え?」


 フランは「どういうこと!?」と言いたげにこちらを見る。

 私は反対側を向く。今日も宿は盛況だ。


「フィルもお姉ちゃんと仲良くしたい! 手を繋いで歩きたい!」


 そのまま反対の手を取って握るが、既にここは宿の入り口で、お手伝いもあるのでどこかに出かけることも出来ない。


「もっと一緒に居たい! あ、そうだ! お姉ちゃん、一緒にお泊り会しようよ!」


 不満げな表情から、一気に花が咲いたかの様に可愛らしい笑顔に変わると、下から私の目をのぞき込む。

 背伸びをしたフィルの顔が、深く被った私のフードの中に入り込みフィルの香りが押し寄せる。

 一言でいうと、近い。


「フィル、外でこの行動は…やめにしよう」


 隣でアワアワと顔を赤くしているフランと、微笑ましいモノを見る様な通行人。

 さすがに私も恥ずかしい。


「えぇ~なんで~? こうしないとお姉ちゃんの顔よく見えないもん」

「なんでもだよ、外でするのは禁止。わかった?」

「はーい」


 少し顔を離して会話し、フランに誤解だと気づかせる。


「あわわわ…」


 フランは口でアワアワ言い始め、全く気が付いていない。

 仕方がないので、このまま手を引いて宿屋に入る。


「それで、お泊り会は泊まれる場所がないんじゃなかったっけ?」


 フィルは前からお泊りがしたいと言っていたが、今まで実現していなかった。

 私の部屋は、お母さんと一緒のシングルベッド。3人で寝るにはお母さんが気を遣うし、フィルが小柄でも少し厳しい。


 フィルのベッドは、ミレーヌさんとダルフさんと一緒の寝室なので、気が引ける。



「うん! でもフランお姉ちゃんは小柄だし、いいでしょ!」

「え…? 小柄…?」


 いきなり小柄と言われたフランは首をかしげる。

 あー、一番小さなフィルに小柄と言われれば首をかしげるよね。



 でも、フランの部屋でお泊りするのか、その考えはなかった。


 フランなら断らないだろうし、シングルベッドでも私たちなら大丈夫だと思う。

 もしかして妙案なのかもしれない…。


「わかった、いいよ。今日はフランの部屋でお泊りしようか。じゃあ、ミレーヌさんから許可を取ってくる事、いい?」

「え……リタさん??」


 自分に相談無く話がとんとん拍子で進んでいく。


「は~い! じゃあお母さんに聞いてくる!」


 そういうと早速笑顔で駆けていくフィル。

 ミレーヌさんがそのまま許可を出したので、今日の夜はお泊りだろう。フランにも部屋の準備をしてもらわないと…。


「フラン、今夜、私とフィルが泊まりに行くから、夕食後に部屋綺麗にしていおてね?」


「…あ、あの。私に、その…相談とか……は…?」


「うん。今から相談しようと思ってた。今日部屋に泊まりに行っていい? 護衛のために仕方がないと思うんだけど、ダメ…かな?」


「…護衛の、ため………護衛のためなら…はい、大丈夫です!」



 フランはかわいいなぁ、悪い意味で健気。それに流されやすい。


 ………ダメな男に捕まるタイプの。


 きっと「俺にはフランしか居ないんだ……」なんて言う人がいたら、ずっと養ってしまうんだろうなー。

 うん…簡単に想像できる。私がしっかりして助けてあげないと…。



「……フラン。私以外には嫌なことは嫌ってちゃんと言うんだよ? わかった?」

「……? は、はい!」


 これでよし。



(なにやってるのよ、あなた)


 ……見抜かれてた。







 その後、いつも通り宿の手伝いをして夕食後にフランの部屋に集合することになった。

 夕食は、お母さんとフランと3人で食べて、今日はフランの部屋に泊まることをお母さんに伝える。


「いいけど、あまりフランちゃんに迷惑かけないようにするのよ?」


 あっさり許可が出たので、寝間着に着替えて、その上からいつものローブを羽織る。もうこれが無いと落ち着かない。

 そのままフランと一緒に部屋へ向かう。


 フランは手を繋いで歩くのが好きなので、私から手を繋いであげると嬉しそうにする。

 仕方なく、仕方がなく手を繋ぐとフランから話しかけてくる。


「…リタさんは、その…手を繋ぐのが好きなんですか? 今日はやけに手を繋ごうとしているので…」

「………?」


 何を言われたのか理解できなかった。


「あぁ、いえ! その…手を繋ぐのが嫌だというわけではなくて…。………寂しいのかなって」

「………?」


 あぁー、聞こえない。

 …私は、柔らかいフランの手を力一杯握る。

 痛くはないかもしれないけど、気持ちは十分伝わる。


「ご、ごめんさない! わ、わたしが寂しいので! これからも手を繋いでください! 気にしませんからっ」


「ん……。フランが繋ぎたいなら仕方ない」


 ……私が手を繋ぐのはフランのため。

 そっと力を緩めた。





「も~、お姉ちゃん達いちゃいちゃしないで!」



 階段からフィルが仏頂面で上がってくる。

 そしていつもの様に顔を近づけて瞳を覗き込む。

 …もし、私が気まぐれに少しでも顔を近づけたら、簡単に唇が触れる距離。

 だんだんと近くなってきたこの姿勢も、これ以上は近づけないだろう。これから先どうするつもりだろうか?



 いっそのこと、私からそうしたら、フィルはどんな反応するかな。

 少なくとも、この無邪気な少女は激しく反応する。

 ……もし嫌がられたりしたら悲しいな。

 だから、そんなイタズラを試す勇気が出ない私は、ドキドキした心臓を誤魔化す様にフィルを抱きしめて頭を撫でる。



「あ、お姉ちゃんいつもよりドキドキしてるー」


 バレた。


「気のせいだよ。じゃあ早くフランの部屋にいこう」


 

 

===




 フランの部屋は、綺麗に整理されていた。

 最低限しか物を出さず、洋服類も壁に掛けられる分しか出していない。

 部屋を汚すのが申し訳ないと思っている様なフランらしい部屋だった。


 少し花の香りがして、それがフランの服と同じ匂いだと気づき、ここが彼女の部屋なんだと理解する。



「おぉー、何にもないけど。フランお姉ちゃんの匂いがする~」

「…その、ローブは壁に掛けられるので…」

「……ん」


 落ち着かなそうな様子のフランにローブを渡し、掛けてもらう。

 今更だけど、フランは騎士団の騎士様だったと思い出す。


 私のお手伝いさんの様な姿からは騎士様という感じは全くしなかった。




 私とフィルの服装は寝間着になったが、フランの服装は日中と同じ服だった。


「フランは寝間着に着替えないの? 帰ってきてからヘムロックさんとエドさんの部屋で集まっていたみたいだけど何かあった?」

「いっいえ、この町の警備状況や集まった情報を共有していただいただけで、なにも…」


 これは、町で何かあったんだろう。あやしい。

 まぁ、今聞き出すことじゃないので、スルーする。


「まだ体拭いていないんだよね? じゃあ拭いてあげるから脱いで」

「えぇっ!? 自分でしますから、2人は先に休んでいてください!」

「え…嫌なの? フランと仲良くなれる機会だと思ったのに…。フィルだってそう思っているのに…」

「うん! 思う~!」


 よし! フィルも乗って来た。


「そ、その。恥ずかしいので、今回は…その…」

「同じ部屋で体拭くんだから、見られるのは一緒。なら私たちが拭いても変わらないでしょ?」

「…み、見るんですか?」

「それに体を拭いた方が仲良くなれると思わない? 護衛として、信頼関係がある方がいいと思うんだけど…?」

「そうだよー」

「…信頼関係……ですか。わ、わかりました、お願いします…」


 そう言うと、しぶしぶと服を脱ぐフラン。

 ちょろくて心配になる。



 ワンピースを脱いで肌着と下着を脱ぎ、上半身だけ裸になる。

 胸を手で隠してこちらに背中を向ける。


 白くて傷一つない綺麗な肌だった。

 背中や腕に多少の筋肉しかなく、華奢。

 少なくとも騎士団の騎士だと言われて信じる人はいないはず。


 そして何より、胸があった。

 下着を外しながら、必死に隠そうとしてたけど。


「…フランって着痩せするって言われる?」

「うん、お母さんくらい大きかった…」

「うぅ…だから見られたくなかったんです…」


 ミレーヌさんは女性にしては長身で、体はスラリとしたスレンダーな女性。

 それに比べて、フランはお母さんよりさらに小柄。それなのにミレーヌさんと同じくらいの大きさ……おそらくまだ成人したばかりなのに。



「ま、まぁとりあえず体拭くから、そっち向いて」



 呪文魔法でお湯を用意してタオルを濡らし絞る。



「フィルもやる~」

「わかった、じゃあフィルは前をお願い。私が後ろを拭くから」

「えぇ! 前はいいです! 自分でやりますから!」

「フィルが拭くの…嫌?」


 しょんぼりとしたフィルが悲しそうに言う。

 私は、フランの背中に触れる。


「ひぃっ!」

「フラン、お願い」

「…は、はい…」


 了承し、大人しくなったフランの背中を丁寧に拭う。


 やっぱり鍛えられた体というにはほど遠い。

 逆に運動や労働をした事が無いと言われた方が、説得力がある。

 ただの可愛らしい少女の裸だった。



「わ~…、きれい。それにとっても柔らかい~」


「…んっ、やめて、ください…!」


 フィルに遊ばれているフランは、唇を噛み一生懸命くすぐりに堪えている。

 ちょうどいい機会だから、気になっていたこと聞いてみる


「フランって騎士団というには、鍛えられていないよね?」


 二の腕を拭い、その肉質を確かめながら問う。

 フランという少女はあまりにも不自然で、ちぐはぐな存在だから。


 途端、彼女の体が強張る。

 そして、


「……すみません、リタさん。その質問は、答えられません」


 申し訳なさそうに、悲しそうに彼女は答えた。

 

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