第10話
翌朝、すこし早く目が覚めた私は1人で食堂に降りる。
食堂には既にフランがいた。どうやら私を待っていたらしい。
仕事をしているミレーヌさんとフィルを眺めてぼーっとしていた。
「おはようございます。ミレーヌさん、フィル、…フランさんもおはようございます」
正直まだ距離感がつかめない。
私は警戒心が強い。決して人見知りとかじゃない。
宿屋の2人はいつも通り挨拶を返して仕事に戻った。
フランは私を見つめて、ゆっくりと口を開き―――
「……おはよう、ございます」
挨拶をした。
それに釣られ、なんとなく彼女と同じテーブルの反対側に腰かける。
フランの格好はラフな私服。
緑のワンピースに下に紺のズボンを履いた、いかにも町娘の様な服装。かなり似合っているが、護衛するという雰囲気は全く感じられなかった。
肩掛けのカバンをかけているけど、その中に昨日持っていた短剣などが入っているのかな?
「今日は、トムじいさんのお店に行くので、よろしくお願いします」
「…はい。えっと…その、敬語は、いらないです。私はリタさんの、護衛ですから、友達として、接してくれると嬉しい、です」
フランは目線を斜めに反らし、そう答える。
自信のない所作に悪戯したい心をくすぐられる。
突然抱きしめたり、頭を撫でたりしたら、どんな反応をするのか試したくなるそうな感じがする。
でも今はその時じゃない気がした。
「わかった、よろしく。フラン」
「は、はい! …よ、よろしく…リタさん」
私、謎の充実感を得る。
途中、お母さんも合流して3人で朝食を食べる。
ミレーヌさんに確認したら、ヘムロックさんとエドさんは私たちの廊下を挟んだ対面の部屋。フランは私の隣の部屋を取ったらしい。
ミレーヌさんが気を利かせて食事を部屋まで運ぶことにしたので、本来はフランも食堂に来る必要はないのだが、私と改めて顔合わせするためにここで待っていたそう。
「…そ、その。これからも食事を一緒したいのですが、……ご一緒してもいいでしょうか!?」
彼女がいきなりそんなことを言い出した。
さっきから言うタイミングを伺っていたみたいなので、朝からこれを言うために待っていたのかもしれない。
まぁ朝なら食堂で食べているし、一緒に食べるくらいならいっか。
お母さんも構わないと頷いているので、そのまま肯定する。
「ん…、大丈夫」
フランは途端に息を吐いて脱力した。
……こんな調子で、護衛が務まるのかはなはだ不安しかない。
食事が終わり、宿を出る準備をする。
出発前にフランから2人に声をかけてもらい、その後を追うように出発する。
宿からトムじいのお店は人通りが少なければ見える距離にある。
ヘムロックとエドさんの2人は先に出発して、近くから見ているらしい。
フランと3人で歩きながら探すも見つからない。そのままお店についてしまう。
「「おはようございまーす」」
「お、おはようございます!」
挨拶しながら店に入ると、掃除をしているトムじいがいた。
「あぁ、おはよう。フランちゃんもいらっしゃい、お久しぶりだね。今日から2人にご一緒するのかい?」
…知り合い?
「はい…専属の護衛として、一緒にいるようにとのことです…」
「うむ、わかった。カルナさん、リタちゃんそういうわけだから、申し訳ないがお昼の用意はこれから4人分でお願いするよ」
「はい。より一層おいしい料理を目指しますね」
「わかった」
「じゃあ、フランちゃんはリタちゃんと一緒に工房で魔法の勉強をしようか。リタちゃんも2人先生が居た方が覚えられることも多くなるだろうからね」
「わ、私が…先生、ですか? え…?」
「フランちゃんは呪文魔法が得意だから、リタちゃんの先生役としてよろしく頼むよ。今日はこの工房に慣れるために見学からお願いするよ」
「わ、わかりました…」
そうして、フランを交えた勉強が始まった。
基本的にトムじいが、私とフランに魔法理論を教え、ところどころフランが先生役となり、私に説明する。
「ではフランちゃん、魔法師を無力化にする時に、特に気を付けるべきことはなんだろうか」
「…ええっと、不意打ちだと思います。魔法師は武器を持たずして戦うことが出来るので、その無力化にはいくつか手順があります……」
「具体的には?」
「…まず、相手の意識を奪います。それから、呪文魔法を使えないように口を塞ぎます。あとは……刻印や魔道具を隠し持っていないか調べるなどでしょうか」
「うん、いいだろう。補足すると、刻印や魔道具を持っているか確認する方法として、相手の体に微弱な魔力を流し、魔力に反応する感覚が無いか確かめるのが一般的だ。我々は魔力を直接見ることが出来ない。だから自分の魔力の感覚で調査する技術が必要になる」
そう締めくくると、トムじいは何かを取りに部屋から出て行ってしまった。
私は、今の話で気になることがあったので、イトラに確認を取る。
(イトラ、気になった事があるんだけど)
(なにかしら? あぁ、爺さんやこの娘が、直接魔力を見えていないって事かしら?)
(……見えてない? どういうこと? 私が見えているのが魔力じゃないの? だって、トムじいやフランの周りに見えるあれは魔力だよね?)
現に、フランの周りにも魔力が漏れ出しているのが見える。
(そうよ。でもそれは普通見えないモノなの。人間族、亜人族等問わずね。もう気が付いたうえで誰にも聞かなかったのかと思っていたけど、ただ知らなかったのね。じゃあこれからも魔力が見える事は隠していなさい、とても面倒なことになるわ)
……普通に知らなかった。
イトラが起きていなかったらトムじいに質問していたかもしれない。
(わかった。……でもどうして私には魔力が見えるの?)
(秘密、でも私は関係ないとだけ伝えておくわ)
今日もイトラは秘密主義だった。
===
トムじいは複数の魔道具を持ってくると、私に手渡した。
手のひらで包み込めるくらいの大きさの金属で、球体や四角形など形は様々だった。
「じゃあ、実際に練習してみよう。今からフランちゃんが、リタちゃんの持っている魔道具の位置と数を言い当てるから、それをお手本にリタちゃんも練習してみようか」
「……はい、がんばります」
「リタちゃんは、今渡した魔道具を好きな数、好きな場所に隠して待っていてくれ、準備が出来たら始めるから」
「うん」
よくわからないけど、言われたとおりにする。
とりあえず、2つでいいかな?
準備が出来たようなので、フランと向かい合って座る事になった。
フランはとても緊張している様で、何をされるのか少し不安だった。
「……その、失礼します!」
突然フランが私の手を両手で包み込んだ。
そして、フランからうっすらと魔力が流れて私の体全体に行き渡る。
……不思議な感覚。
異物感? 違和感がすごい。とりあえず耐える。
「……えっと、左のポケットと足に挟んでいる2つです」
正解。
「よく出来ているね。コツはいかに薄くした魔力を流せるか、もしたくさんの魔力を流してしまったら、魔法が発動しかねない。それを避けるためには普段からの練習が必須なんだ。リタちゃんも魔力の扱いに慣れてきたことだし、試してみようか」
あぁ、だから最近は魔力操作ばかり練習してきたのか。
「わかりました、やってみます」
準備したフランと向き合って手を握る。
フランが、ビクッと肩を跳ねさせる。
掴んだ手はやけに柔らかく、仕事をしていない人間特有の綺麗な手だった。
つまり、私と一緒だ。
「じゃあ、流すね?」
「…はい」
一応確認を取ってから、ゆっくりと、なるべく薄くした魔力を流し込む。
たぶん3つ? もう少し多く流さないとはっきりわからない。
ちょっと多めに魔力を流し込む。
「え? え? あっ…!」
両方のポケットと腰で3つ。今回ははっきりと感じられた
初めてなので時間がかかったけど、なかなか面白い体験だった。
「はぁ…はぁ…終わりました?」
少し息の上がったフランがこちらを見る。
「3つ。両ポケットと腰のあたり」
「……はい、正解です」
フランは少し顔色が悪く、体調が悪そうだった。
「大丈夫? なんか調子が悪そうだけど…」
「……大丈夫です…。その…魔力の相性だと思います」
フランが呼吸を整えながらゆっくりと説明してくれた。
どうやら、魔力の質や相性によって、体内に流れた時に苦痛を感じることがあるらしく。今回は急に濃く魔力が流れたため、顕著に症状がでたらしい。
つまり、私の魔力の流し方が下手だったということ。
そのあと、たくさん練習した。
◇
「ふむ。そろそろ魔法の実技について練習しようとおもうんだけど、リタちゃんは問題ないかい?」
練習がひと段落ついて、私は自身の成長を噛みしめていた。
そしたら、トムじいから声がかかった。
「はい、楽しみです」
やっとの事だった。
今まで色々と教わってきたが、魔法の実践は一度もさせてもらえなかったからだ。
「じゃあ、初めに呪文魔法から練習してみようと思うんだが…。フランちゃん、大丈夫かい?」
「……はい…だいじょうぶ、…うっ…うっぷ…」
魔法の実技は明日から始めることになった。
これでようやく、ようやく実技を始めれらる。
今日は早めの解散となったためそのまま宿屋に戻り、夕食の仕込みから手伝う。
厨房の仕事も手際がよくなり、ダルフさんとも会話が増えた。
賄いを沢山食べるようにいい、多めに作ってくれるようになった。
料理を包んで部屋に戻ると。
私の部屋の前に、夕食を載せたお盆を抱えたフランがお腹を空かせた様子で待っていた。
…もしかして、ずっと待っていたの?
「……その…今朝、一緒に食事をしてくれるって言ってくれたので…。も、もしかしてご迷惑でしたか…?」
あぁ、そういえばそんな会話があった気がする。
「………あ!! 今朝言っていた大丈夫って、もしかして一緒に食事しないって意味でしたか!? ごめんなさい! すみません! 帰ります!」
1人で暴走するフランを部屋に招き3人で夕食を共にした。
フランの自信のない態度とその容姿から、つい意地悪したくなる。
(…この娘見ていると、昔面倒を見ていた犬を思い出すわね)
(え? イトラ、犬飼ってたの?)
(飼ってはいないわよ? ただ、まるで犬の様だって思っただけ)
(………そっか)
昔を懐かしむ、珍しいイトラだった。
◇
翌日から魔法の実技が始まり、私はフランに付きっきりで呪文を教わっていた。
始めは、魔力を声に乗せる練習から。
「……はい、とても上手です。それに魔力が綺麗にこもって…―」
余裕を持って合格がもらえたので、次は呪文を細かく切ってそれぞれの意味を学ぶ。
「…それで合っています。あとは、呪文の単語ごとに魔力の込める量を調節して、最後まで唱えれば発動します。そうですね…次は『水を飛ばす魔法』を試してみましょうか」
フランは呪文魔法については本当に教師として優れていると思った。
基礎から頑張ったからこそ説明が上手くなり、自分が躓いたから相手の分からない事が分かるのだろう。
順調に呪文魔法の理解度が深まっていった。
◇
私が呪文魔法を実習し始めて4日。
私は、『火』『水』『土』『風』の基本の4属性の下級魔法を習得した。
まだ下級魔法なので難易度は低めらしいが、フランとトムじいは盛大に祝ってくれた。
「…すごいです! 4属性を一週間もかからないで覚えるなんて…! それに魔力の質と量もあるので、このまま中級魔法だってすぐ覚えられると思います!」
「ううん…フランの教え方、本当にわかりやすかった。ありがとう」
フランが自分の事の様に喜んでくれるので、こちらも釣られて嬉しくなる。
「だがそれでもすごい事だ。想定より早すぎてプレゼントの用意が間に合わなかったが、次は必ず用意する。この調子で励んでほしい」
「あ、ありがとうございます」
少し恥ずかしいが、こんな日常も悪くない物だった。
そして、中級魔法以降の呪文魔法の説明を受けた。
中級魔法は初級魔法と比べ起こせる事象・範囲が大きくなる。それに伴い、呪文が長くなり魔力も多く込める必要があるなど。
呪文魔法は魔力の質・量で効果が増減するが、込められる魔力量には上限があり。多すぎても無駄になる。
呪文が長くなれば込められる魔力量は多くなるが、呪文の文言ごとに相性などがあり失敗する。
発動する安全な組み合わせを『効果』『必要魔力量』『詠唱時間』で振り分けて『初級』『中級』『上級』などに分類する。
それが呪文魔法の階級の仕組みらしい。
——呪文魔法——
利点
道具が無くても使える点。
覚えていれば複数の種類の魔法を使うことが出来る点。
刻印と比べて比較的強力な魔法が使える点。
欠点
発動に唱える時間がかかる点。
口に出すので相手に位置と魔法の種類がわかってしまう点。
つまり、隠密や奇襲には弱いが汎用性があり便利という感じだと思う。
「…その…例えば…集団で魔法を使うことでそれらの欠点を補っているんです。そのため高価な刻印や魔道具を複数用意しなくても役に立つことも出来ますし。野営などでも便利なんですよ?」
私の反応が薄いため、不安そうに呪文魔法の魅力をアピールし始めるフラン。
勘違いだが、かわいい。きっとフランは不憫なこの感じも愛嬌なのだ。
そして、トムじいがフランの説明に補足する。
「うむ、僕が最初に呪文魔法を覚えて貰いたかった大きな理由は、刻印や魔道具が無くても使えるという点が大きい。道具は壊れるし、必要な魔法を使える道具がいつもあるとは限らない。僕は呪文魔法が苦手でね、使えないわけではないのだが、リタちゃんに教えるには力不足だったんだ。とりあえず中級魔法まで覚えたら刻印魔法を実習し始めようか」
そうして、お昼は呪文魔法、夜は聖術の練習をする日々が本格的に始まった。
呪文魔法の初級を覚えたことにより、今日から日常で魔法を使っていいと許可が出た。
魔法は楽しい。
他の人が使えない力が次第に使えるようになっていく感覚、何かから解放されるような開放感を感じることが出来た。
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