第10話





 翌朝、すこし早く目が覚めた私は1人で食堂に降りる。


 食堂には既にフランがいた。どうやら私を待っていたらしい。

 仕事をしているミレーヌさんとフィルを眺めてぼーっとしている。


「おはようございます。ミレーヌさん、フィル、…フランさんもおはようございます」


 正直まだ距離感がつかめない。

 私は人見知りなのだ。

 宿屋の2人はいつも通り挨拶を返して仕事に戻った。フランは私を見つめて、ゆっくりと口を開き


「……おはよう、ございます」


 挨拶をした。

 なんとなく私は同じテーブルの反対側に腰かける。


 フランの格好はラフな私服。

 緑のワンピースに下に紺のズボンを履いた、いかにも町娘の様な服装。とても可愛らしいが、護衛するという雰囲気は全く感じられなかった。

 肩掛けのカバンをかけているが、その中に昨日持っていた短剣などが入っているのだろうか?


「今日は、トムじいさんのお店に行くのでよろしくお願いします」

「…はい。えっと…その、敬語は、いらないです。私はリタさんの、護衛ですから、友達として、接してくれると嬉しい、です」


 フランは目線を斜めに反らし、そう答える。

 自信のない所作にいたずらしたい心をくすぐられる。突然抱きしめたり、頭を撫でたりしたら、どんな反応をするのだろう。

 でも今はその時じゃない気がした。


「わかった、よろしく。フラン」


 でも、面白そうなので呼び捨てで呼ぶことにした。あの様子なら指摘してこれないだろう。


「は、はい! …よ、よろしく…リタさん」


 私は、自分より人見知りの人間を見ると根拠のない自信を得られるらしい。謎の充実感を得た。


 途中からお母さんも合流して3人で朝食を食べる。

 ミレーヌさんに確認したら、ヘムロックさんとエドさんは私たちの廊下を挟んだ対面の部屋。フランは私の隣の部屋を取ったらしい。

 ミレーヌさんが気を利かせて食事を部屋まで運ぶことにしたので、本来はフランも食堂に来る必要はないのだが、私と改めて顔合わせするためにここで待っていたそうだ。


「…そ、その。これからも食事を一緒したいのですが、……ご一緒してもいいでしょうか!?」


 フランがいきなりそんなことを言い出した。

 さっきから言うタイミングを伺っていたみたいなので、朝からこれを言うために待っていたのかもしれない。

 お母さんが突然の発言に面を食らう。


 まぁ朝なら食堂で食べているし、一緒に食べるくらい問題ないだろう。

 お母さんも構わないと頷いているので、そのまま肯定する。


「ん…、大丈夫」


 フランは一緒に食べることを認めた途端に息を吐いて脱力した。

 ……こんな調子で、護衛が務まるのだろうか?


 食事が終わり、宿を出る準備をする。

 出発前にフランから2人に声をかけてもらい、その後から出発する。

 宿からトムじいのお店は人通りが少なければ見える距離にある。ヘムロックとエドさんの2人は先に出発して、近くから見ているらしい。

 フランと3人で歩きながら探すも見つからない。そのままお店についてしまった。


「「おはようございまーす」」

「お、おはようございます!」


 挨拶しながら店に入ると、掃除をしているトムじいがいた。


「あぁ、おはよう。フランちゃんもいらっしゃい、お久しぶりだね。今日から2人にご一緒するのかい?」


 …知り合いなのだろうか?


「はい…専属の護衛なので、基本的に一緒にいるようにとのことです…」

「うむ、わかった。カルナさん、リタちゃんそういうわけだから、申し訳ないがお昼の用意はこれから4人分でお願いするよ」

「はい。より一層おいしい料理を目指しますね」

「わかった」

「じゃあ、フランちゃんはリタちゃんと一緒に工房で魔法の勉強をしようか。リタちゃんも2人先生が居た方が覚えられることも多くなるだろうからね」

「わ、私が…先生、ですか? え…?」

「フランちゃんは呪文魔法が得意らしいね、リタちゃんの先生役としてよろしく頼むよ。今日はこの工房に慣れるために見学からお願いするよ」

「わ、わかりました…」


 そうして、フランを交えた勉強が始まった。

 基本的にトムじいが、私とフランに魔法理論を教え、ところどころフランが先生役となり、私に説明する。


「ではフランちゃん、魔法師を無力化にする時に、特に気を付けるべきことはなんだろうか」

「…ええっと、不意打ちだと思います。魔法師は武器を持たずして戦うことが出来るので、その無力化にはいくつか手順があります……」

「具体的には?」

「…まず、相手の意識を奪います。それから、呪文魔法を使えないように口を塞ぎます。あとは……刻印や魔道具を隠し持っていないか調べるなどでしょうか」

「うん、いいだろう。補足すると、刻印や魔道具を持っているか確認する方法として、相手の体に微弱な魔力を流し、魔力に反応する感覚が無いか試すという方法がある。我々は魔力を直接見ることが出来ない。だから自分の魔力の感覚を頼りに物を調べられる技術が必要になる」


 そう締めくくると、トムじいは何かを取りに部屋から出て行ってしまった。

 私は、今の話で気になることがあったので、イトラに確認を取る。


(イトラ、気になった事があるんだけど)

(なにかしら? あぁ、爺さんやこの娘が、直接魔力を見えていないって事かしら?)

(……見えてない? どういうこと? 私が見えているのが魔力じゃないの? だって、トムじいやフランの周りに見えるあれは魔力だよね?)


 現に、フランの周りにも魔力が漏れ出しているのが見える。


(そうよ。でもそれは普通見えないモノなの。人間族、亜人族等問わずね。もう気が付いたうえで誰にも聞かなかったのかと思っていたけど、ただ知らなかったのね。じゃあこれからも魔力が見える事は隠していなさい、とても面倒なことになるわ)


 普通に知らなかった。

 イトラが起きていなかったらトムじいに質問していたかもしれない。


(わかった。……でもどうして私には魔力が見えるの?)

(秘密、でも私は関係ないとだけ伝えておくわ)


 今日もイトラは秘密主義だった。



 トムじいは複数の魔道具を持ってくると、私に渡した。

 手のひらで包み込めるくらいの大きさの金属で、球体や四角形など形は様々だった。


「じゃあ、実際に練習してみよう。今からフランちゃんが、リタちゃんの持っている魔道具の位置と数を言い当てるから、それをお手本にリタちゃんも練習してみようか」

「……はい、がんばります」

「リタちゃんは、今渡した魔道具を好きな数、好きな場所に隠して待っていてくれ、準備が出来たら始めるから」

「うん」


 とりあえず、2つでいいかな?


 準備が出来たようなので、フランと向かい合って座る事になった。

 フランはとても緊張している様で、何をされるのか少し不安だった。


「……その、失礼します!」


 突然フランが私の手を両手で包み込んだ。

 そして、フランからうっすらと魔力が流れて私の体全体に行き渡る。

 …不思議な感覚だ。

 異物感? 違和感がすごい。とりあえず耐える。


「……えっと、左のポケットと足に挟んでいる2つです」


 正解だ。


「よく出来ているね。コツはいかに薄くした魔力を流せるか、もしたくさんの魔力を流してしまったら、魔法が発動しかねない。それを避けるためには普段からの練習が必須なんだ。リタちゃんも魔力の扱いに慣れてきたことだし、試してみようか」


 あぁ、だから最近は魔力操作ばかり練習してきたのか。


「わかりました、やってみます」


 準備したフランと向き合って手を握る。

 フランが、ビクッと肩を跳ねさせる。掴んだ手はやけに柔らかく、仕事をしていない人間特有の綺麗な手だった。つまり、私と一緒だ。


「じゃあ流しますね?」

「…はい」


 一応確認を取ってから、ゆっくりと、なるべく薄くした魔力を流し込む。

 たぶん3つ? もう少し多く流さないとわからない。


「え? え? ぐっ…!」


 両方のポケットと腰で3つ。

 初めてなので時間がかかったが面白い体験だった。


「はぁ…はぁ…終わりました?」


 少し息の上がったフランがこちらを見る。


「3つですね、両ポケットと腰のあたりですね」

「……はい、正解です」


 フランは少し顔色が悪く、体調が悪そうだった。大丈夫だろうか?


「大丈夫? なんか調子が悪そうだけど…」

「……大丈夫です…。その…魔力の相性だと思います」


 フランが呼吸を整えながらゆっくりと説明してくれた。

 魔力の質や相性によって、相手の魔力が回ると不快感、苦痛を感じる場合があるらしく。今回は急に大量の魔力を流されたため顕著に症状がでたらしい。


 つまり、私の魔力の流し方が下手くそだったという事だ。

 少し自信がなくなったような気がした。

 じゃあ練習しないと……ね?


「ねぇフラン、もう少し練習したいんだけど…いいかな?」

「…え? ……は、はい…頑張ります」


 そのあと、たくさん練習した。




「ふむ。そろそろ魔法の実技について練習しようとおもうんだけど、リタちゃんは問題ないかい?」


 練習がひと段落ついたところでトムじいから声がかかった。


「はい、楽しみです」


 やっとの事だった。

 今まで色々と教わってきたが、魔法の実践は一度もさせてもらえなかったからだ。


「じゃあ、初めに呪文魔法から練習してみようと思うんだが…。フランちゃん、大丈夫かい?」

「……はい…だいじょうぶ、…うっ…うっぷ…」


 魔法の実技は明日から始めることになった。


 これでようやく、ようやく実技を始めれらる。

 今日は早めの解散となったためそのまま宿屋に戻り、夕食の仕込みから手伝う。

 厨房の仕事も手際がよくなり、ダルフさんとも会話が増えた。

 賄いを沢山食べるようにいい、多めに作ってくれるようになった。


 料理を包んで部屋に戻ると。私の部屋の前に、夕食を載せたお盆を抱えたフランがお腹を空かせた様子で待っていた。


 …もしかして、ずっと待っていたの?


「……その…今朝、一緒に食事をしてくれるって言ってくれたので…。も、もしかしてご迷惑でしたか…?」


 あぁ、そういえばそんな会話があった気がする。


「………あ!! 今朝言っていた大丈夫って、もしかして一緒に食事しないって意味でしたか!? ごめんなさい! すみません! 帰ります!」


 そのまま1人で暴走するフランを部屋に招き3人で夕食を共にした。

 フランの自信のない態度と可愛らしい容姿から、つい意地悪したくなる。


(…この娘見ていると、昔面倒を見ていた犬を思い出すわね)

(え? イトラ、犬飼ってたの?)

(飼ってないわよ? ただ、まるで犬の様だって思っただけ)

(………そっか)


 昔を懐かしむ、珍しいイトラだった。





 翌日から魔法の実技が始まり、私はフランに付きっきりで呪文を教わっていた。

 始めは、魔力を声に乗せる練習から。


「……はい、とても上手です。それに魔力が綺麗に…―」


 余裕を持って合格がもらえたので、次は呪文を細かく切ってそれぞれの意味を学ぶ。


「…はい、それで合っています。あとは、呪文の単語ごとに魔力の込める量を調節して、最後まで唱えれば発動します。では…次は『水を飛ばす魔法』を試してみましょう」


 フランは呪文魔法については本当に教師として優れていると思った。

 基礎から頑張ったからこそ説明が上手くなり、自分が躓いたから相手の分からない事が分かるのだろう。

 順調に呪文魔法の理解度が深まっていった。



 私が呪文魔法を実習し始めて4日目。

 私は、『火』『水』『土』『風』の基本の4属性の下級魔法を習得した。

 まだ下級魔法なので難易度は低めらしいが、フランとトムじいは盛大に祝ってくれた。


「…すごいです! 4属性を一週間もかからないで覚えるなんて…! それに魔力の質と量もあるので、このまま中級魔法だってすぐ覚えられると思います!」

「ううん…フランの教え方、本当にわかりやすかった。ありがとう」


 フランが自分の事の様に喜んでくれるので、こちらも釣られて嬉しくなる。


「だがそれでもすごい事だ。想定より早すぎてプレゼントの用意が間に合わなかったが、次は必ず用意する。この調子で励んでほしい」

「あ、ありがとうございます」


 少し恥ずかしいが、こんな日常も悪くない物だった。


 そして、中級魔法以降の呪文魔法の説明を受けた。

 中級魔法は初級魔法と比べ起こせる事象・範囲が大きくなる。それに伴い、呪文が長くなり魔力も多く込める必要があるなど。


 呪文魔法は魔力の質・量で効果が増減するが、込められる魔力量には上限があり。多すぎても無駄になる。呪文が長くなれば込められる魔力量は多くなるが、呪文の文言ごとに相性などがあり失敗する。

 発動する安全な組み合わせを『効果』『必要魔力量』『詠唱時間』で振り分けて『初級』『中級』『上級』などに分類する。それが呪文魔法の階級の仕組みらしい。


 ——呪文魔法——

 利点

 道具が無くても使える点。

 覚えていれば複数の種類の魔法を使うことが出来る点。

 刻印と比べて強力な魔法が使える点。


 欠点

 発動に唱える時間がかかる点。

 口に出すので相手に位置と魔法の種類がわかってしまう点。


 つまり、隠密や奇襲には弱いが汎用性があり便利という感じだろうか。


「…その…例えば…騎士団では集団で魔法を使うことで欠点を補っているんです。そのため高価な刻印や魔道具を複数用意しなくても戦うことが出来ますし。野営などでも便利なんですよ?」


 私の反応が薄いため、不安そうに呪文魔法の魅力をアピールし始めるフラン。

 勘違いだが、かわいい。きっとフランは不憫なこの感じも愛嬌なのだ。そして、トムじいがフランの説明に補足する。


「うむ、僕が最初に呪文魔法を覚えて貰いたかった大きな理由は、刻印や魔道具が無くても使えるという点が大きい。道具は壊れるし、必要な魔法を使える道具がいつもあるとは限らない。僕は呪文魔法が苦手でね、使えないわけではないのだが、リタちゃんに教えるには力不足だったんだ。とりあえず中級魔法まで覚えたら刻印魔法を実習し始めようか」


 そうして、お昼は呪文魔法、夜は聖術の練習をする日々が本格的に始まった。

 呪文魔法の初級を覚えたことにより、今日から日常で魔法を使っていいと許可が出た。

 魔法は楽しい。他の人が使えない力が次第に使えるようになっていく感覚、何かから解放されるような開放感を感じることが出来た。


 宿への帰り道。

 嬉しさを隠し切れない私は、ついフランの手を取った。

 いきなり繋がれた手の感覚にフランは体を震わせて驚いたが、振り解こうとはしなかった。

 まるで「しょうがないなぁ」と言いたげな顔、妹を慈しむ姉のような表情をしている。心の広い私はそれを許す。

 傍から見たら、銀髪の妹と灰髪の姉。仲のいい姉妹に見えるだろう。このにこやかな雰囲気は宿に着くまで続いた。


「あ~!! お姉ちゃん達がいつの間にか仲良くなってる! ずる~い!」


 …見つかった。


「あ、ただいま、フィル。これはフランがどうしてもって言うから、しょうがなくね。だから怒るならフランを怒ってね」

「………え?」


 何を言われたのか理解できなかったフランは「どういうこと!?」と言いたげにこちらを見る。


「フィルもお姉ちゃんと仲良くしたい! 手を繋いで歩きたい!」


 そのまま反対の手を取って握るが、既にここは宿の入り口で、お手伝いもあるのでどこかに出かけることも出来ない。


「もっと一緒に居たい! あ、そうだ! お姉ちゃん、一緒にお泊り会しようよ!」


 不満げな表情から、一気に花が咲いたかの様に可愛らしい笑顔に変わると、下から私の目をのぞき込む。

 背伸びをしたフィルの顔が、深く被った私のフードの中に入り込みフィルの香りが押し寄せる。

 一言でいうと、とても近い。そしてこの体勢は誤解を生みやすい。


「フィル、外でこの行動は…やめにしよう」


 隣でアワアワと顔を赤くしているフランと、微笑ましいモノを見る様な通行人。さすがに私も恥ずかしい。


「えぇ~なんで~? こうしないとお姉ちゃんの顔よく見えないもん」

「なんでもだよ、外でするのは禁止。わかった?」

「はーい」


 少し顔を離して会話し、フランに誤解だと気づかせる。


「あわわわ…」


 フランは口でアワアワ言い始め、全く気が付いていない。仕方がないので、このまま手を引いて宿屋に入る。


「それで、お泊り会は泊まれる場所がないんじゃなかったっけ?」


 フィルは前からお泊りがしたいと言っていたが、今まで実現していなかった。

 私の部屋は、お母さんと一緒のシングルベッド。3人で寝るにはお母さんが気を遣うし、フィルが小柄でも少し厳しい。

 フィルのベッドは、ミレーヌさんとダルフさんの一緒のダブルベッドなので、一緒に寝るのは気が引ける。どうするつもりなのだろうか?


「うん! でもフランお姉ちゃんは小柄だし、いいでしょ!」

「え…? 小柄…?」


 いきなり小柄と言われたフランは首をかしげる。

 そりゃあ、一番小柄なフィルに小柄と言われれば首をかしげるよね。


 あーでも、フランの部屋でお泊りするのか、その考えはなかった。

 フランなら断らないだろうし、シングルベッドでもこの3人なら大丈夫だと思う。

 もしかして結構いい案なのかもしれない…。


「わかった、いいよ。今日はフランの部屋でお泊りしようか。じゃあ、ミレーヌさんから許可を取ってくる事、いい?」

「え…?」


 自分に相談無く話がとんとん拍子で進んでいくフラン。


「は~い! じゃあお母さんに聞いてくる!」


 そういうと早速笑顔で駆けていくフィル。

 ミレーヌさんがそのまま許可を出したので、今日の夜はお泊りだろう。フランにも部屋の準備をしてもらわないと…。


「フラン、今夜、私とフィルが泊まりに行くから、夕食後に部屋綺麗にしていおてね?」

「…あ、あの。私に、その…相談とか……は…?」

「うん。今から相談しようと思ってた。今日部屋に泊まりに行っていい? 護衛のために仕方がないと思うんだけど、ダメ…かな?」

「…護衛の、ため………護衛のためなら…はい、大丈夫です!」


 フランはかわいいなぁ、悪い意味で健気。それに流されやすい。

 ………ダメな男に捕まるタイプの。

 きっと「俺にはフランしか居ないんだ……」なんて言う人がいたら、ずっと養ってしまうんだろうなー。

 うん…簡単に想像できる。私がしっかりして助けてあげないと…。


「……フラン。私以外には嫌なことは嫌ってちゃんと言うんだよ? わかった?」

「え? …は、はい!」

 これでよし。


(………なにやってるのよ、あなたは)


 イトラにはすべて見抜かれていた。




 その後、いつも通り宿の手伝いをして夕食後にフランの部屋に集合することになった。

 夕食は、お母さんとフランと3人で食べて、今日はフランの部屋に泊まることをお母さんに伝える。


「いいけど、あまりフランちゃんに迷惑かけないようにするのよ?」


 あっさり許可が出たので、寝間着に着替えて、その上からいつものローブを羽織る。もうこれが無いと落ち着かない。

 そのままフランと部屋へ向かう。

 フランは手を繋いで歩くのが好きなので、私から手を繋いであげると嬉しそうにする。

 仕方なく、仕方がなく手を繋ぐとフランから話しかけてくる。


「…リタさんは、その…手を繋ぐのが好きなんですか? 今日はやけに手を繋ごうとしているので…」

「………?」


 何を言われたのか理解できなかった。


「あぁ、いえ! その…手を繋ぐのが嫌だというわけではなくて…。………寂しいのかなって」

「………?」


 あぁ、聞こえない。

 …私は、柔らかいフランの手を力一杯握り、たくさん魔力を流す。それはもう、強めに。


「痛っっ!!! ご、ごめんさない! わ、わたしが寂しいので! これからも手を繋いでください! う、嬉しいです!!!」


 フランは急に頭を押さえて座り込んでしまった。きっと立ち眩みだろう。


「ん……。フランが繋ぎたいなら仕方ない」


 …私が手を繋ぐのはフランのため。そっと魔力を止めた。




「も~、お姉ちゃん達いちゃいちゃしないで!」


 階段からフィルが仏頂面で上がってくる。

 そしていつもの様に顔を近づけて瞳を覗き込む。

 …もし、私が気まぐれに少しでも顔を近づけたら、簡単に唇が触れる距離。だんだんと近くなってきたこの姿勢も、これ以上は近づけないだろう。これから先どうするつもりだろうか?


 いっそのこと、私からそうしたならば、フィルはどんな反応を示すのだろう。喜ぶのだろうか? 恥ずかしがるだろうか?

 …もしかしたら、嫌がるかもしれない……。


 少なくとも、この無邪気な少女は激しく反応するだろう。

 しかし、そのイタズラを試す勇気が出ない私は、少しドキドキした心臓を誤魔化す様にフィルを抱きしめて頭を撫でる。


「あ、お姉ちゃんいつもよりドキドキしてるー」


 バレたわ。


「気のせいだよ。じゃあ早くフランの部屋にいこう」


 そう言って、ようやく立ち上がれたフランに部屋の扉を開けてもらう。魔力流しすぎたかもしれない……。まだ加減が難しい。



 フランの部屋は、綺麗に整理されていた。

 最低限しか物を出さず、洋服類も壁に掛けられる分しか出していない。部屋を汚すのが申し訳ないと思っていそうなフランらしい部屋だった。

 少し花の香りがして、それがフランの服と同じ匂いだと気づき、ここがフランの部屋なんだと理解する。


「おぉー、何にもないけど。フランお姉ちゃんの匂いがする~」

「…その、ローブは壁に掛けられるので…」

「ん…」


 少し恥ずかしそうなフランにローブを渡し、掛けてもらう。

 今更だが、フランは騎士団の騎士様だったと思い出す。

 私のメイドさんの様な姿からは騎士様という感じは全くしない。


 私とフィルの服装は寝間着になったが、フランの服装は日中と同じ服だった。


「フランは寝間着に着替えないの? 帰ってきてからヘムロックさんとエドさんの部屋で集まっていたみたいだけど何かあった?」

「いっいえ、この町の警備状況や集まった情報を共有していただいただけで、なにも…」


 これは、町で何かあったんだろう。あやしい。

 まぁ、今聞き出すことじゃないので、スルーする。


「じゃあ、まだ体拭いていないんだよね? 拭いてあげるから脱いで」

「えぇ! 自分でしますから、2人は先に休んでいてください!」

「え…嫌なの? フランと仲良くなれる機会だと思ったのに…。フィルだってそう思っているのに…」

「うん! 思う~!」


 よし! フィルも乗って来た。この子は適応力が高い。


「そ、その。恥ずかしいので、今回は…その…」

「同じ部屋で体拭くんだから、見られるのは一緒。なら私たちが拭いても変わらないでしょ?」

「…み、見るんですか?」

「それに体を拭いた方が仲良くなれると思わない? 護衛として、信頼関係がある方がいいと思うんだけど…?」

「うんうん! 護衛~」

「…し、信頼関係……。わ、わかりました。よろしくお願いします…」


 そう言うと、しぶしぶと服を脱ぐフラン。

 ちょろくて心配になる。


 ワンピースを脱いで肌着と下着を脱ぎ、上半身だけ裸になる。胸を手で隠してこちらに背中を向ける。

 白くて傷一つない綺麗な肌だった。

 背中や腕に多少の筋肉しかなく、華奢。少なくとも騎士団の騎士だと言われて信じる人はいないだろう。

 そして何より、胸があった。下着を外して、必死に隠そうとする時にちらりと見えたそれは、私と比べると大き過ぎるほどで。


「…フランって着痩せするって言われる?」

「うん、お母さんくらい大きかった…」

「うぅ…だから見られたくなかったんです…」


 ミレーヌさんは女性にしては長身で、体はスラリとしたスレンダーな女性。それに比べて、フランはお母さんよりさらに小柄。それなのにミレーヌさんと同じくらいの大きさ……おそらくまだ成人したばかりなのに。


「ま、まぁとりあえず、体拭くからそのままそっち向いていなさい」


 呪文魔法でお湯を出してタオルを濡らし絞る。


「フィルもやる~」

「わかった、じゃあフィルは前をお願い。私が後ろを拭くから」

「えぇ! 前はいいです! 自分でやりますから!」

「フィルが拭くの…嫌?」


 しょんぼりとしたフィルが悲しそうに言う。

 私は、フランの背中に手をあて、少しずつ強くする様に魔力を流す。


「ひぃっ!」

「フラン、私が下、フィルが上でもいいんだよ? わかるよね?」

「…は、はい…」


 大人しくなったフランの背中を丁寧に拭う。

 やっぱり鍛えられた体というにはほど遠い。逆に運動や労働をした事が無いと言われた方が、説得力がある。

 ただの可愛らしい少女の裸だった。


「わ~…、きれい。それにとっても柔らかい~」

「…んっ、やめて、ください…!」


 フィルに遊ばれているフランは、唇を噛み一生懸命くすぐり? に堪えている。

 だが、抵抗は許されない。

 次にフィルを悲しませたら、後が無いのだ。面白いのでこのまま質問することにした。


「フランって騎士団というには、鍛えられていないし、本当に騎士様なの?」


 前々から気になっていたので、いっそストレートに聞いてみた。

 あまりにもフランは一般人過ぎるのだ。


「っ!? んっ…それは! …ですね…んっ、領主様に依頼されて護衛になったのは、あっ…ほ、本当です! でもそれ以上の事は…ここでは…んっ…」


 どうやら隠し事があるみたいだ。それに、笑いを堪えてながら一生懸命話すフランの姿は、どこか趣がある。

 もう少し続けてみよう。


「フラン、私に隠し事? 護衛対象なのに?」

「いえっ、そっそういうわけではないのですが…! んっ…! ここには、フィルさんがいるので!」

「え~フランお姉ちゃん、フィルには隠し事するの~? フィルだけ仲間外れなの~?」


 またフィルの表情が曇る。


「フラン? 私からのお願い。話していいよ」

「ひぃ! で、でも! ヘムロックさんから、関係者以外に口外禁止と言われていて…!」

「フィルは私の大事な関係者だよ。あとで私に命令されたって言ってもいいよ?」

「うぅ…でも……!」


 …かなり迷ってる。

 じゃあ、後は手段を変えて。イトラの真似をするみたいに、急に声音を変えて、気づいていた核心を突いてみる。


「…フラン。本当は話したいと思ってるよね? ずっと言いたいと思っているんじゃないの? 私だけじゃなくて、他の人にも聞いてほしいって思っているんだよね」


 正直、フランが騎士団の騎士様だとは今はもう思っていない。

 いろいろ理由はあるが、この体をみて確信した。

 そして、フランは時折騎士様として敬われた時申し訳なさそうに表情が曇るのを何度か見かけたことがある。

 もし騎士団の騎士ではないなら、フランだったらそんな表情をするだろう。


「……そ、そんなことは…」

「大丈夫だよ、私もフィルも、フランが話した事を誰にも言わないから。もしどうしても言いたくないなら、フィルのくすぐりに堪えたら……もう聞かないであげるから」


 また少し期間しか経っていないが、イトラとの会話はたくさんしてきた。私のイトラのエミュは完璧だ。


「あ…あの。い、いつまで…耐えればいいん…ですか?」

「いつまでがいい?」

「………………」


 私は、上半身裸のフランを後ろからそっと抱きしめて動けなくする。


「じゃあ、フィル、思いっきりくすぐっていいよ。その綺麗な尻尾とか使うといいかも」

「わかった~」


 フィルは上機嫌にフランにふさふさの尻尾を向ける。

 フランは微かな抵抗しかしなかった。そのままフィルの尻尾が、フランの体をくすぐりだして……フランが初めて笑いが抑えられなくなった。


「あはは! あははははははっ」

「あっフラン! 暴れないでっ」

「ひぃ…むりっですぅ!! あっ! ひひひひ、あははは!!」


 …想像以上だった。まさかこんなに笑うとは思わなかった……。床に倒れながら、全力で体をよじるフランを私は抑えられなかった。


(……イトラ。フランを押さえつけて)

(…はぁ。……はいはい)


 イトラの魔力がフランの体を、私の体ごと床に押さえつける。

 ついでに暴れる手足も床に押さえつけてフランは身動きが取れなくなった。


「あはははっ! えっなに!? 何かが!? 私の体を押さえてるっ!?」


 当然パニックになるフラン。

 フィルは構いもせずフランのお腹に馬乗りになると、その尻尾でお腹や脇などをくすぐり続けた。

 全身が動かせないフランは必死に抵抗するが、フィルを止めることはできなかった。


「あはは! あははははははっ」


 狂ったように笑うフランと、話すまで終わらないくすぐり。

 その後もいろいろあったが、イトラを加えたくすぐりには堪えられず、フランは隠していた事をすべて、話してしまった。


 十二分に聞き取りが終わった頃には、フランは息絶えるかのように眠りについていた。

 最後の方は正気を保っていなかったのだから当然だろう。


 今は汚してしまった部屋と服を魔法で掃除し、聞いてしまったフィルに口止めを約束した所だった。


 私は調子に乗っていたのだ。

 決して軽い気持ちで聞き出してはいけなかった。

 私の胸は後悔でいっぱいだった。



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