第9.5話



 お茶の用意が終わって、ようやく雰囲気がつかめたヘムロックが話しかけてきた。



「リタさん、その…俺たち騎士団がこの町に来た理由を聞いていますか?」

「えぇっと、私を助けてくれるんですか?」



 随分と単刀直入に聞いてきた。

 しかし手紙が届いていない可能性もあるし、様子見。


「はい、もともとはそのつもりで動いていたんです。ただ、この町の領主様の古い友人が、安定するまではこの町でリタさん達家族を休ませたいと手紙が届きまして、すこし事情が変わったんです。リタさんがこの町で過ごす間、騎士団が交代で護衛する事になりました」


 あの手紙が間に合ってこの3人が町に来たっていうことらしい。


「それで、以前から顔見知りの自分と、この2人。赤い髪の大きいのがエド、灰色の髪の女性がフラン。この2人は私の後輩にあたります。エドは見ての通り明るく人当たりが良い、そしてかなりの実力者です。困ったことがあったら自由に使ってください。…それから、フランは騎士団でも少ない女性の魔法師で最年少、リタさんの専属護衛として人選しました。気兼ねなく頼ってください」

「嬢さん、今日からよろしくお願いします!」

「………よろしく…です…」


 エドとフランの2人が挨拶する。


 エドは余裕のある雰囲気と真摯さを備えた青年で自信も感じさせる人柄だった。

 肌が濃い色をしてると思っていたけど、よく見ると焼けた色というよりもっと自然な色をしている。

 もしかしたらこの国の出身じゃないのかもしれない。

 厚めの大剣を所持している事から、かなり力持ちだと思う。頼りになるお兄さんって感じがする。

 今もにこやかに笑っており、褐色の肌と短く切り揃えた赤い髪も相まって男女問わず親近感を覚える雰囲気がある。



 フランは口数が少ない。騎士団にいるという事は、最低限成人はしているはず、つまり、私より6歳は上だろう。


 しかし…そうは見えない。


 身長は私と比べて、少しくらい大きいが、それでもお母さんよりかなり小さい。

 灰髪のセミロング。自信なさげな表情と日に焼けていない白い肌、お人形のように整っている容姿をしており、守ってあげたくなる雰囲気がある。

 ……髪色や体格、ぱっと見の印象が私に似ている気がした。



 少女の装備は略式の騎士鎧、短剣、どちらも新品の様に輝いている。

 騎士団の騎士として見ると、体は華奢で筋肉も少ない。私の隣を普段着で歩いていたら姉妹の様にみられる事だろう。少なくとも護衛とは思われない。



(イトラ、フランって魔法師として実力はどのくらいかわかる?)

(そうねぇ、人間の魔法師は偶によくわからない事する人がいるから断言はできないけど。魔力の質や量的にあの爺さんより弱いでしょうね。それでも、魔力持ちが相手じゃなかったら何とかなるくらいじゃないかしら?)

(わかった、ありがとう)



 おそらくフランは、私を護衛しながらでも、相手が誘い出てくる様に選ばれたのだろう。

 目的は、囮なのだから襲われないと意味がない。



 ヘムロックは彼らの紹介が終わると、紅茶に口を付けた。

 その表情に変化はない。

 ……真似して私も紅茶を飲む。くっ苦い、やはり蒸らし過ぎた。濃い上に苦い。

 初見でこれを飲んで表情を変えない彼は大人だった。


 表情に出したら負けなので私も凛とした表情を演じる。



 まぁ手紙にあったように、私はこの町に居ることが出来る。

 少し思うところはあるが、今は私の望みが叶ったことを素直に喜ぼうと思う。


「わかりました。今日からよろしくお願いします」


 頭を下げる。

 別の思惑があるにせよ、騎士団の人たちは危険が及ぶのを承知で私を守りに来てくれたのだから。



「それでリタさん、自分らはこの宿に一緒に宿泊し、リタさんやカルナさんが外に出る時に護衛として一緒に動くつもりです。護衛の配置は、リタさんは専属でフランと自分かエドのどちらか1人。残りはカルナさんに付く想定です」


 あれ、もしかして、ずっと護衛するのかな?

 フランって人なら大丈夫そうだけど、こんな大きいのが一緒に居たら疲れそう……。


「リタさんの周りで不審なことが起こった場合、フランが魔法で近くに待機している自分らに伝える手はずになっています。ここまで問題ないでしょうか」



…あ、良かった、近くにいるだけで張り付いているわけじゃないんだ。



「はい、大丈夫です。では、トムじいさんのお店で働いている間はどうするんですか?」

「トムじいさん…トムリトル殿は領主様の旧友で、魔法の実力も確かな為お店への送り向かいの間のみ護衛すれば問題ないと伺っています。その他の場所へ向かう場合、自分らは近くで警戒しております」



 トムじいは魔法の実力が領主様に認められるほど高いようだ。

 何者か気になったけれど、今は気にしないでおく。



「わかりました。よろしくお願いします。また何かあったら相談します」

「それでは一度解散にしてカルナさんが帰ってきたら自分から声を掛けます。リタさんの安全をすぐに確認したかったので、直接宿まで駆けつけてしまい、申し訳ありませんでした。自分たちは部屋を取ってきますので、これで失礼します」



 そう締めくくると、ヘムロック達は部屋を出て行った。

 思ったよりも早く終わり、時間が出来てしまったので夕食のお手伝いでもしようかな。

 茶器をお盆に乗せ厨房まで運ぶ。

 結局紅茶に口を付けたのはヘムロックだけだった。



===



 厨房では、既に開店して忙しそうなダルフさんがいた。


「ダルフさん、話し合い終わったので厨房手伝いますね!」

「おう、助かる! じゃあ着替えたら料理の盛り付けお願いするぜ」


 そうして、今日もお手伝いするした。

 厨房が落ち着いて今日の分の賄いを包んでいると、ダルフさんが心配そうに聞いてきた。

 どうやら騎士様と4人で話している間、中の様子がわからないから心配してくれていたようだ。

 だから、あの3人はこの宿に泊まり、私たちの護衛をしてくれる事を説明した。



 そうすると、ダルフさんはかなり言うか迷った後に、ルッカ村が焼き払われていたと教えてくれた。

 犯人はわかっておらず、生存者がいないため何があったのかわからない…と。なので私たちの事を心配していたそうだ。

 手紙の内容で先に知っていなければかなり取り乱しただろう。

 ダルフさんにお礼を言って、今日は部屋に戻った。






「ただいまー」


 部屋にはお母さんが既に夕食の準備を終えて待っていた。


「おかえりなさい、リタ。騎士様の話、聞いた?」


 私は賄いの料理を盛りつけながら答えた。


「うん、護衛になってくれるんだってね」

「その、ルッカ村について何か聞いたりしなかった?」


 よく見ると、お母さんの顔色は悪く、青白くなっていた。


「騎士様からは聞かなかったけど、さっきダルフさんから聞いたかも。その…焼き払われていたって」

「えぇ……、あの時に使われた槍や弓なんかが魔法の力で燃やされていて、証拠になる物は、何も残っていなかったって。どうしよう……私たちまだこの町に居てもいいのかしら…。証拠になる槍もリタもこの町に連れてきてしまった。もし私たちのせいでこの町の人に被害があったら……」


 お母さんは大分塞ぎ込んでしまった。

 あの手紙の内容やトムじいについて伝えたいけど、大丈夫かな…。


(イトラ…)

(やめておきなさい、あの手紙の内容を知っていると知られるのは良くないわ。ここは騎士団が護衛に来てくれたから大丈夫だとだけ伝えた方がいいと思うわ)

(うん……)



 お母さんが苦しんでいるのに、それをお母さんの選択のせいにしたままなのは…気が引ける。


 でも言えない。

 私たちは裏で糸を引いている人間を捕まる為の囮なんだって。



「大丈夫だよ、お母さん…。騎士団の騎士様が3人も来てくれて、トムじいさんにだって領主様の旧友で魔法の実力を認められているんだから。なんの心配もないよ…」

「ありがとう、リタ…」


 お母さんは食事を少し食べたらベッドで横になってしまった。



 ……沢山残った夕食は、明日には冷めておいしくなくなってしまう。

 少し勿体ないと思いながら、乾燥しないように木製の蓋を用意する。


 するとイトラが話しかけてきた。


(…せっかくだし、便利な聖術を1つ教えてあげる)


 どこか、少し申し訳なさそうに聞こえるのは気のせいだろうか。


(別に、可哀想なことをしただとか、思ってないわよ?)


 …感情が読まれてしまったのかもしれない。


(ありがとう、イトラは優しいね)

(…勝手に勘違いされている気がするけど、まぁいいわ。今から浮かべる形を覚えて、魔力で再現しなさい。それだけで聖術は簡単に使えるわ)


 そういうと、魔力が私の体を動き出す。

 そして私の目の前に透明な球体が浮かぶ。

 球体の中には、沢山の直線が合わさって出来た複雑な図形と見たことのない文字・記号が合わさり、それ全体で1つの配列を作り漂っていた。


(…………なに、これ?)


 一目見ただけで心が奪われた。

 これ程美しい物は想像できなかった。


 眼前に浮かぶ球体を観察していると、イトラが答える。


(これが聖術。その直線・文字・記号すべてに意味があり。魔力を流すことで発動する。さぁ、覚えられたかしら?)


 覚えられるわけがなかった。まだその一部ですら理解しきれない。


(冗談よ。聖術は形をイメージできれば、魔力だけで発動する魔法。呪文も刻印も必要ない。ただし形がイメージ出来なければ発動しない。試しに私の作ったそれに込められるだけ魔力を込めなさい)


 言われるがままに、その球体にそこそこの魔力を流し満たす。



 ―――魔法が発動した感覚があった。



(イトラ、この魔法は何の魔法?)

(物質に今の状態を維持させる魔法。今回は、あなたが勿体ないと思った夕食を、明日の朝まで温かい状態を維持する構成を組んだわ。聖術の良い所は、融通が利く所。悪い所は、構成を正しく作らないと、魔力が上限無く使われる所。必要のない効果や時間などは除かないと必要魔力量が多くなるわ)


 イトラは少し得意げに説明する。

 私にあの魔法が……聖術が使えるようになるのかな。

 少し聞いただけでもわかる。さっきの魔法がどれほど高度なものだったのか。


(イトラ…本当に私に聖術が使えるようになるの?)

(なるわよ、さっきのは私が使うような完成形だったけど。そんな難しい事しなければ簡単に使えるわよ、ほら)


 また私の前に球体が現れる。

 しかしその中身は先程とは全く違う物だった。


(あれ? 直線が数本と記号が1つ?)

(魔力を流してみなさい)


 さっきと同じ感覚で魔力を込める。すると一瞬で魔力が入らなくなった。

 そして部屋の中で風が吹いた。


(一応、今のも聖術よ。近くの空気が少し動くっていう魔法)

(だからそんなに簡単な構成だったんだ)

(そう、つまり聖術は複雑な魔法を使おうとするほど複雑な構成になり。ない物を作る、状態を書き換える物ほど魔力が多く必要になる、これが原則。あとは工夫次第ね)


 そう締めくくるとイトラは黙ってしまった。


 私は寝る準備をしてベッドに入る。料理は本当に温かいままだった。

 横になった私は空中に手を伸ばし、手の中でさっき見せてもらった風が吹く聖術を再現する。

 直線の数、記号、位置。それらを思い浮かべて自分の魔力をその形に変形させる。

 構成を作るのに時間がかかったけど、満足のいく形ができた。


 そのまま魔力を流すと手のひらから風が吹く。


 (出来た……!)


 ほんのそよ風だったけど、初めて自分で聖術が発動できた。

 達成感を感じながら、私は眠りについた。


(よくできました)


 イトラが私の頭を撫でてくれた気がした。


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