第9話



 ヘムロックがこの町を訪れたのは、さらに5日後。

 この町に来てから8日目の事だった。





 いつも通り、私はトムじいから勉強を教えてもらい、1人で宿屋へ帰っていた。

 しかし宿屋の前には、まだ開店前なのに人だかりができていて、騒がしかった。

 そしてまだ少し離れているのに宿から声が聞こえてくる。


「あんたが本当に騎士団の騎士様なら、どうして直接この宿に来るんだい? 本来なら町役場の人間が呼びに来て騎士様は町役場で待つのが普通だろう。あんた、自分が怪しいって思わないかい?」


 ミレーヌさんのドスの聞いた声が聞こえた。


「待ってくれ! 今回は重要な要件のため、町役場の役員から直接宿を聞いて訪ねてきたんだ! 怪しいのもじゃない!」


 ほんの少し逃げ腰になっている様なヘムロックの声が響く。

 気になったので、隙間から店内を覗いてみる。



 食堂では、喧嘩腰のミレーヌさん、横でいつでも動けるように備えているダルフさん。店の奥に隠れているフィル。

 対面に略式の騎士鎧を纏った騎士が3人。


 先頭にヘムロック。後ろに赤い髪の男性とまだ幼く見える灰色の髪の少女? がいた。


 赤髪の男性はヘムロックより少し身長が高く、体格もいい。きっと一番強いのは彼だろう。

 今も表情は柔らかいままヘムロックにすべて任せているように見える。


 そして、灰色の騎士からはうっすらと魔力の流れが見える。

 魔力持ちだ。

 魔力の量だけならトムじいに並ぶくらいの魔力を保持しているのを感じた。

 しかし表情に余裕がなく、顔色をコロコロと変化させ落ち着きがない。

 どうにも場の雰囲気に当てられているようだった。



 きっと、ミレーヌさんはヘムロックや少女の騎士が騎士様らしくないから疑ってかかっているのだろう。

 たしかに騎士団の騎士を名乗られても怪しいと感じる。


「じゃあ、伝言を聞くから伝えたら町役場で待つんだね。それが嫌だとは言わせないよ」


 おぉ。ミレーヌさんかっこいい!

 それにダルフさんの存在感も大きい。身長だけでもヘムロックより大きく。全身の筋肉が膨張して普段よりも2回り以上大きく見える。狩りをする獣のような威圧感がある。この威圧感なら、ヘムロックも怖いだろう。


 可哀想に思えてきたので、顔を出すことにした。


「あ、ヘムロックさん? こんばんは、お久しぶりです」


 今帰ってきました。と言いたげな口調で告げる。


「あ、リタさん! ちょうどいい所に……大事が無いようで良かった。それと、その…お父さんの事はご冥福をお祈りします」

「…リタちゃん、おかえり。それでこの騎士様は知り合いってことで大丈夫かい?」

「はい、お騒がせしてすみません。まさか宿に直接来るとは思っていなくって、伝えそびれていました……」


 本当だ。まさか騎士様が直接宿に顔を出すなんて全く想像していなかった。


「本当にリタちゃんのお客さんだとは思わなかった。騎士様、申し訳ございません」

「申し訳ない…」


 ミレーヌさんとダルフさんが頭を下げる。

 私の事を守ろうとしてくれただけなのに…ごめんなさい…。


「いえいえ! 俺の方が非常識でした、頭を上げてください!」


 そして、ヘムロックが代表して事を収めたので事態は穏便に終息した。


「ミレーヌさん、ダルフさんありがとうございます。騎士様を相手に私を守ってくれて……」


 正直、ミレーヌさん達が危険を顧みず私を助けてくれた事が嬉しかった。


「いいんだよ、もしこれで大人しく会わせていたら、この宿に誰も泊ってくれなくなっちまう」

「あぁ。もし問題があったとしても、別の町や国に行けばいい。大事なのは土地じゃなく、家族だ。何の問題もない。それに子供が気にすることじゃない」


 ミレーヌさんもダルフさんも既に普段の見た目に戻っている。

 きっと冒険者時代はあんな感じで戦っていたのだろう。とても強そうだった。

 しかし、騎士様が来たのなら話し合いをしないといけない。お手伝い大丈夫だろうか……。


「はい…。ありがとうございます。それで、騎士様と話すので、お手伝い少し遅れてもいいですか?」


 少し前にも休んでいる身からすると、非常に言いにくい。だが仕方がない。

 もしこれが本当に職場なら、クビにならないまでも減給は確定しそうな欠勤率だ。



「いいんだよ。宿の手伝いで騎士様を待たせる方が問題だ、気にしないでいってらっしゃい」

「今日は大丈夫だ。余裕があったらでいい。賄いを作っておくから、夕食の時に厨房に顔を出してくれ。場所はどうする? 必要なら待合室を用意するが」


 2人から快く許可が出た。

 場所については決めていなかったが、今はお母さんがいないので急ぐなら店へ。待つなら待合室を使わせてもらうことにする。


「騎士様、話し合いですが。まだお母さんがいないので、帰ってくるまで宿で待ちませんか? もし急ぐのならお店まで案内します」

「あぁ、こちらから押しかけたのだから待つことにするよ。お店まで押しかけたらさらに迷惑をかけてしまう」


 ヘムロックさんが代表して答える。


「わかりました。ではそういうことで。ミレーヌさん、待合室を借りてもいいですか?」

「わかった。準備するから食堂で少し待っていてくれ」



 その後ミレーヌさんの案内で待合室へ向かう。



 初めて入った部屋だが、シンプルな部屋だった。

 大きなテーブルに布を張ったソファが対に置いてあり、壁には簡単なティーセット。窓はなく外から室内の様子がうかがえない造りになっている。


 テーブルには既に焼き菓子やナッツ類が用意してあり、お茶は各自が用意する仕組みらしい。


「それでは何かご入用でしたらお声掛けください」


 そう丁寧に言い残すとミレーヌさんは退室し、部屋には騎士3人と私1人になった。


「「「………」」」

(どうしよう、誰が仕切るのだろう…)


 沈黙がこの部屋を支配する。


 誰から声を出すか全員様子見していた。

 本来ならヘムロックが話すべきだと思うが、私を前に緊張して役に立たない。


 私も、ヘムロックさんだけなら会話できる。が、初対面の若い騎士がさらに2人。あちらもフードを深く被った私に、どのように声をかけるか考えては行動できないでいる様子だった。



 仕方がない。私から動くか……。



「お久しぶりです、ヘムロックさん。騎士様も初めまして、私、リタと言います。よろしくお願いします。すぐ紅茶の用意をするので、そのまま休んでいてください」


 ここまで一息で言い切った。

 まるで読み上げるような声になっていたかもしれないが、上出来だろう。



 被っていたフードを下ろし銀髪をさらす。

 さすがにこの状況でフードを外さない選択は難しかった。

 そのまま壁際のティーセットを使い紅茶を入れてみる。正直本で読んだことがあるだけで実物は初めてだった。


 用意されている紅茶の葉をティーポットに適当な量入れ(本当に適当)、魔道具コンロに火をつけ、水を沸騰させる。

 沸騰したお湯を4つのカップとティーポットに注ぐ。その状態で5分程置き、カップのお湯を捨て紅茶を入れる。堂々とした態度と雰囲気で押し切った。


 お茶を用意するのにある程度の時間がかかった筈だが誰も声を出さない。

 しかし背中に視線だけ感じる。

 まるで採点されている気分になりながら、見かけだけの美しい所作で紅茶を用意した。



「お待たせしました。お熱いので気を付けてください」



 紅茶を配り一言添える。そして優雅に一口飲んでみる。


(……うわ、 苦っい)


 声が出るほど熱く、とても苦い紅茶が出来上がった。

 淹れなおした方がいいかな?


 うーん、大丈夫だよね…きっと。


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