第51話 溺愛エロ魔人に激変してしまった

「おじゃまします」


 今日は、大晦日。

 二人で年を越そうと、オレは恭一郎さんの住むマンションへやって来た。


「広い部屋だね……」


 初めて足を踏み入れた彼の城は、これぞシンプルイズベスト。そう思わせる部屋だった。余計な物はなく、整理整頓がきっちりできている。


 そして部屋を見渡すオレが目を止めた先──


 広いリビングルームに大きな本棚が置かれていた。彼の身長と同じくらいの高さで、横幅は一メートル以上はありそうだ。それが、二台並んでいた。本もぎっしり収まっている。


「すごい本の量だね。見てもいい?」

「好きなだけどうぞ」


 許可を得て、本棚に近づく。


 うわー、難しそうな本ばっかりだ。おまけに分厚いし……


 英語で書かれてあるものまである。


 ひゃ~、こっちの棚には、物理学に宇宙科学、数学理論! 心理学の本まであるよ。もう、ついていけない……


 さすが勤勉な恭一郞さんらしい本棚だ。BL小説の一冊でも混ぜてやりたくなる。


 あれ、ここだけ違和感があるような気がする……


 端から順に見ていくうち、不自然な一画を見つける。


「何だろ、これ──。レコード……なわけないか」

 好奇心を押さえられず、手を伸ばす。


「なっ──なっ──なっ──!」


 開いては床に放り投げ、また手を伸ばす。


 それを繰り返すこと十回──


 その物音に、キッチンにいた恭一郞さんが顔を出す。


「どうかしたのか、物音がしたが──!」

 歩み寄って来た恭一郞さんは、オレの足下に散乱する物体に息を呑む。


「何これ? どうしてこんなものがあるの?」

「いや、これには事情があるんだ」

 取り乱すかと思いきや、恭一郎さんは冷静だった。


「へー、どんな?」

 オレはそれが気に入らなくて、目を据わらせる。


 足下に散乱する物体、それはお見合い写真だった。


「ちゃんと説明するから、最後まで聞いてほしい」


 ひとまずそれを片づけようと言う彼に従って、拾い集める。


 がしかし──


 また丁寧に本棚に戻すって、どういうつもりだよ!


 普通は捨てるんじゃないのかと、オレが仏頂面をすると、これにも理由があるんだと彼は言う。


 どんな理由があるって言うんだよ。オレの納得する理由じゃなかったら、どうしてくれよう。


 じっとりとした視線を向けると、コーヒーを入れるから落ち着いて話そうと諭してくる。


 ふん! これが落ち着いていられるか。着物姿の写真なんかを大事に保管するなんてさ! 目の保養にでもしてるのかよ! オレのほうが、絶対似合うのに。


 彼が望むなら、女装して着物を着るくらい造作もない。


「どうぞ、砂糖とミルクもあるよ」

 憤るオレに穏やかな声がかけられる。


 う……高そうなコーヒーの香りが──


 オレは香りに釣られるように、テーブルに着く。


「あのお見合い写真は理央が新城に襲われた日、実家で押しつけられたものなんだ」


 順序立てて説明を始める彼を無言で見つめる。


 一人だけでも選ばなければ、ここから出さないと迫られ、玄関に立ち塞がったのだそうだ。


「もしかして、一人選んだの? まさかお見合いするつもりじゃあ……」


 最後まで黙っていられず、口を挟んでしまう。


「そんなわけないだろう。私には理央がいる。他の人間なんて目に入らない」


 早く帰りたいが、選ばないと帰れない。どう切り抜けるか思案して出した答えが、すぐには選べない、持ち帰りゆっくり検討させてほしいというものだったという。


「それでようやく解放されたんだ。わかってくれたかな」

「うん。よくわかったよ。でも、お見合い写真を大事に取ってある理由は? 着物好きなの?」


 頬を膨らませると、苦笑しながらも真摯に答えてくれる。


「母がどう出てくるかわからないから、念のため保管しているだけだ。一度も見てはいないよ」


 オレさえよければ、恋人だと母に紹介したいくらいだと言われる。


「えっ! いいよ、いいよ、そこまでしなくても。疑ってごめんなさい」


 オレは焦って、首を左右に激しく振る。親に紹介だなんて、心の準備ができていない。

 彼のことだ、オレが頷けば、即行動に移しそうで怖い。


「ところで、理央は嫉妬してくれたのかな。そんな君もとても愛しいよ」


 はぅー、お願い、止めて。ストレートすぎだよ!


 頬を紅潮させ俯くオレに、あくまで自分のペースを崩さない恭一郞さんは、「今日は、一緒にお風呂に入ろう」なんて、ハードルを上げてくる。


 オレはもうタジタジだ。


「嫌だよ、恥ずかしいし」


 あのホテルでのことを思い出す。また隅々まで身体を洗われては、オレの股間がもたない。


「何が恥ずかしのかな」


 裸を見られたくないと返せば、後でどのみち見ることになるのだから時間の問題だと言われる。

 今となっては、性欲を必死に押さえていたころの恭一郞さんが懐かしい。


 オレだって、エッチが嫌いって訳じゃないけどさ。


 彼に抱かれるのは嬉しいし……気持ちいい。


 ただ一足飛びに、ぐんぐんテクニックを上げていく彼に置いていかれるようで不安だった。その内、オレでは物足りなくなるんじゃないかって。


 オレはその心情を、正直に告げた。


「そんな心配はしなくていいよ。スタートは同じ、置いていかれるなんて考えないでほしい。大丈夫、ちゃんと一緒に進んでいるよ」


 あれ? なんだか立場が逆転しているような……


 と思いながら、彼の言葉を信用した自分は愚かだった。

 この数時間後、オレは真面目な御曹司が、溺愛エロ魔人に激変してしまったことを、肌で実感することになるのだった。

      

    【完】


 *****

 理央君と鷹峰さんの物語は、これにて完結です。

 最終話までお付き合いくださりありがとうございました。

 楽しんで読んで頂けたなら幸いです。

 

 

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真面目な御曹司をBL小説で教育したら激甘ダーリンに変貌してしまった 美月九音 @ku-9

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