第50話 激甘御曹司に変貌してしまった

「あの、オレから渡してもいいかな? たいした物じゃないから、恭一郞さんの後だと出しにくいというか……」


 手に持ったプレゼントを掲げて見せる。


「どうして? 君からの贈り物なら、なんだって嬉しいよ。私のほうこそ、喜んでもらえるか不安だ」


 顔を見合わせ、探り合う。

 だけど大人の彼が、先手を譲ってくれた。


「メリークリスマス」


 プレゼントを渡し、開けてみてと伝える。包みを開いた彼は、感極まったようにそれを手に取った。


「ありがとう。万年筆は常に持ち歩くよ。そして、これは……」


 ページを捲りながら、恭一郎さんは泣き笑いのように破顔する。オレを抱き寄せるものの、言葉にならないのか黙り込んでしまう。


 手作りだから、なんて言えばいいか迷ってる?


「困らせちゃったかな……」

 心の声が、ぽろっと口から出てしまった。


「いや、感動した──。理央が私との未来を考えてくれていることに」


 プレゼントを胸に抱き、喜びを噛み締める姿に、オレまで感動してしまう。


「写真があればよかったんだけどね。そうだ、今日の記念に撮ろう! で、このダイヤリーに貼ろうよ」


 オレの提案に賛成してくれ、スマホで数枚撮った。だけど、自撮りには限界がある。


「あとで沢木さんに頼んで撮ってもらおう」

「そうだね、いい記念になるね!」


 オレからの贈り物は、二人が出逢ってからの出来事を記したダイヤリー。そしてこれからも、二人のことを綴っていけるよう願いを込めたものだった。


「こんなに素敵なプレゼントをありがとう。ずっと君と恋人でいられるよう、努力していくよ。もちろん、身体も満足させられるように……」


 魅惑的な表情で性的なニュアンスを隠さず、唇をふさいでくる。深まるキスに、身体が熱くなってくる。これ以上は、身体が……特に下半身がヤバイことになってしまう。


 危険すぎるよ。身体も満足って、何⁉ 情事の勉強でもするつもり? オレの身がもたないんですけど!


 勤勉にもほどがある。もうBL小説を貸すのは止めておこう。言葉攻めを取得されては厄介だ。自分のためにも、そうしよう。


 オレは予防線を張ることを誓う。


「ん……ん、はぁ……もう、急にエッチにならないでよ」


 やっとの思いでキスから逃れ、不満を口にする。けれどそれより、彼からのプレゼントが気になった。

 視線をそこに向けると、察した恭一郎さんが苦笑を浮かべながら差し出してくる。


「メリークリスマス、理央」

「ありがとう。開けてもいい?」

「もちろん、感想を聞かせて」


 紙袋の中には、長方形の箱が入っていた。

 膝に乗せ、蓋を開けると──


「こ、これ……」

 震える指先で、そっと表紙を撫でる。


「日数不足でね、ノートのように薄いんだが……」

「嬉しい! 読んでもいい?」

「構わないよ、私は読んでいる愛らしい理央を堪能するよ」


 あぁ……真面目な御曹司が、激甘御曹司に変貌してしまった──


 顔を赤らめるオレを愉快げに見つめる彼に、読みにくいと苦情を入れるけど、気にせずどうぞと態度を改める気はなさそうだった。仕方なくオレが折れ、読み始める。


 ──そして二十分後、読み終えたオレは号泣していた。


「ううっ……ん、ず、狡いよ。こんな……こんな」


 泣かないでと狼狽える恭一郞さんにすがりつく。感激のあまり、オレは感情のコントロールができなかった。


 彼から贈られた物──


 それは、世界に一冊だけのBL小説だった。

 しかも、二人の始まりでもあった、「棘の公爵と森の花嫁」の、その後が描かれていた。

 

 以前、続きがあればいいのにと、一言呟いただけなのに、彼はそれを覚えていてくれた。


 このラストシーン、胸にグッとくるんだけど。


 ラストは歳を重ねた二人が死別してしまう。来世で、また逢おうと約束して。

 

 そこで既に涙目だったのに、物語には続きがあった。


 そこからは、イラストになっていて、どう見てもオレと恭一郞さんに似せてある。それは読み進めるうち、得心がいくものだった。


 オレと恭一郞さんの前世が、青年と公爵ってことなんだよね。


 生まれ変わっても、出逢い結ばれるというストーリーだった。いったい誰がこのメルヘンなストーリーを考えたのか──


「恭一郞さんが考えて、描いてもらったの?」

「いや、さすがに私では無理だよ。実は出版社に知人がいてね、交渉は自分ですることを条件に、作家との間を取り持ってもらったんだ。イラストも同様にね」


 また職権乱用かもしれないなと自嘲する。しかし、疑問は残る。イラストのほうの内容だ。女装姿の御崎に、ウエイター姿のオレ。


「まさかと思うけど、このイラスト描いてくれた人に、オレたちのこと話したの?」

「ああ、必要なことだったからね。ダメだった?」

「ダメっていうか、恥ずかしよ。ベッドシーンまであるんだもん」


 それは、自分の願望だったと臆面もなく彼は語る。


 まあいいや、こんな特別なプレゼント、他にはないもんね!


「質問してもいい?」

「何かな、言ってみて」

「このシーン、吹き出しに何も書いてないけど、どうして?」


 ラストシーンの見開き一ページ。夜景の綺麗な場所で二人が見つめ合っている。


「あぁ……それは実際に口にしたことを書き込めるように、空けてあるんだ」


 人とは変われば変わるものだ。現実主義の堅物で、仕事一筋に生きてきた彼が──


「恭一郞さんって、実はロマンチストだったんだね」


 そうだろうかと照れる彼に問いかける。今の彼ならどう答えるだろう。


「ねえ、恭一郞さん。大好きだよ、百年後も変わらず大好き」


「──理央……愛している。私は……千年先まで、変わらずずっと──。生まれ変わっても、何度でも君と出逢ってみせる」


 誓いを立てるように、恭一郎さんが優しいキスをしてくれる。そして次第に深まり……


 オレたちを包む甘く濃密な空気は、暫らくの間、薄れることはなかった──

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