最終話

 放課後、昇降口で瀬野に声をかけられた。

「珠生」

「……なに?」

「俺も一緒に帰っていい? ひなた、どっか行っちゃってさ」

「部活は?」

「今日水曜だよ。部活は休み〜」

 ため息をつく。

「……好きにしたら」

 ぶっきらぼうに返すと、瀬野は小さく微笑んで、私のとなりに座った。

「この前は、ごめんな」

「……なにが」

 ローファーを履きながら、ちらりと瀬野を見やると、

「俺、自分が腹立ったからって、お前の立場とか考えもしないであんなこと言った。今日のクラスの雰囲気見て、すごく反省した。本当、ごめん」

 申し訳なさそうなその顔と目が合い、思わずどきりとした。

「……いいよ、別に。もともときらわれてたのが露見したってだけでしょ」

「そんなことない」

「は?」

「お前、あいつらといるときでも絶対人の悪口とか言わなかったじゃん」

「それは……ただ周りに自分をよく見せたくて言わなかっただけだし」

 いやなことをされたときは、内心でボロクソに言っているし。

「まぁ、そもそも性格の違う人間が何百人も同じ場所で生活してるんだから、合わない奴がいるのは当然だと思うんだよね」

 まぁ……たしかに。

 考えてみれば、当たり前のことだ。

「悩んでもがいて、苦しくてもこうやって学校に来るのは、その何百人の中から一生ものの好きなやつを見つけるためなんだよ、きっと。あいつらに刃向かった珠生を見たとき、唐突にそう思った」

 そのときだった。

「おーい」

 校門を出たところで石野の声がして、振り返る。

「もう! 先帰るなんてひどいじゃん」

「いなかったひなたが悪い」

「いや、私は関係ないし」

「ひどっ」

 石野は私の腕に絡みついてくる。

「そんなこと言わないでよ〜」

「で、お前はどこ行ってたんだよ?」

「あぁ。田中(学年主任)に辞めるのやめるって言ってきた」

 足を止める。

「それで? タマちゃんと湊はなに話してたの?」

「別になにも……」

「あぁ。実はな、珠生がひなたと俺にめちゃくちゃ感謝してて、これからはずーっと一緒にいたい! っていう告白をしてたとこ」

「はっ? 違っ……」

 すると、石野はおもむろに足を止めた。

「そうだよっ!」

 私は石野を振り返る。

「私、タマちゃんのために学校辞めるのやめるんだから!」

「重いわ」

「軽いよりいいだろ」

「どっちもいや」

「ワガママだな」

「タマちゃん! 明日もお昼ご飯一緒に食べようね!」

 石野は小さな白い歯を見せて、にっと笑った。

「……ついさっきまで学校退学しようとしてた人がなに言ってんだか」

「えへへ。私過去は振り返らない主義〜」

 その瞬間、唐突に石野と瀬野が美しい理由が、分かった気がした。嘘がないからきれいなのだ。言葉にも、生き方にも。

「……あんたらって、物好きだよね。私と仲良くしたいなんて」

 でも、そんな物好きたちが、私は結構好きかもしれない。

「……ねぇ、今度私に化粧教えてくれない?」

 頬を紅潮させた石野は、パッと花の咲いたような笑顔で頷いた。



 ***



 そして、終わりの季節がやってきた。

 私たちは今日、三年間通った高校を卒業する。

「卒業証書、授与」

 着古した制服に赤い花をつけて、少し埃っぽい体育館に立つ。

「卒業おめでとう」

 窓の外では、まだ少し冷たい風に薄紅色の桜の蕾が揺れている。

 もう少ししたらきっと、あの木は薄桃色の花を咲かせて、私たちを新しい季節へと連れていく。

 式が終わり、学校を出る。それぞれ、仲良しの子たちと写真を撮っている。その様子を横目に、私はひとりで校門を出た。

 ――と。

「タ〜マちゃんっ!」

 あの子が腕に絡みついてきた。

「ひなた」

 そのとなりには、湊もいる。

「湊も」

「ねぇねぇ、このあとどうする?」

「俺は荷造りしなきゃ」

「私たちもやんないとだね」

「お前らルームシェアするんだっけ? いいなぁ」

「湊だって隣町でしょ。すぐ近くじゃん」

「新しい学校かぁ……やだなぁ」

「私がいるじゃん〜」

 私とひなたは、春から美容の専門学校に行くことになっている。

「ん……そうだね」

 ひなたのお母さんは昨年秋に無事退院し、今はしっかり働いている。

 あれから、ひなたは進学したいと母親に相談し、了承を得た。

 ひなたの弟、空太くんも今年の春から小学生になるため、学童に通えることになったのだ。

 進学できることになったのはいいが、ひなたも私も余裕はないため、少しでも家賃を安くしようとルームシェアをすることになったのである。

「あっ、見てみて桜! まだ蕾だねぇ。いつ頃咲くんだろ〜」

「そろそろだろうけど、まだ寒いからなぁ」

 校門脇にある桜を見上げるひなたと湊を見つめる。

 このふたりとこんなふうに仲良くなる日がくるだなんて、一年前の私に言ってもきっと信じないだろう。

 でも、それでいい。

 人生は、生きてみなきゃ分からない。

 空を見上げる。視線の先には、青々とした空が広がっていた。

 もうすぐ新しい季節が来る。

 新しい学校は、どんなところだろう。どんな人たちと出会うのだろう。

 変わることは、やっぱり少し怖い。

 でも、私は私。

 だれになにを言われても、私はもう大丈夫。

 だって、ありのままの私を受け入れてくれる人がいるから。

 今の私にはもう、迷わずに帰れる場所――居場所があるから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

私だけの王子様 朱宮あめ @Ran-U

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ