第4話 やまとへ
少しの時が経過した。
ツムグの埋葬はその日の内に行われ、シノの埋まっている隣に埋められた。
幸い、畑は雪の下であった為、そこまで荒れてはいなかった。しかし、代わりに墓石が二つ並ぶこととなり、その光景が村人達の心を沈ませていた。皆、ツムグが息を引き取る瞬間を目撃していた。
暫くの間、ヒユウは夜に一人で泣いたりしたが、やっとそんなことをしなくても普通の生活を送れるようになった。
ただ、表情に――笑顔に無理がある雰囲気が何処までも拭えなかった。
流石のオババも心配して、生活の様子をよく見ていたが、寧ろこれまでより普通に生活していた。
何より変わったのは、法術の修業の熱心さであった。
オババが教えた術は全て1日で覚え、法力の扱いも以前と比べて格段に上手くなっていた。どれくらいかと言えば、オババが感心する程度である。
そんな中、オババは少し決めた事があった。
「ヒユウ、ちょっと来なさい」
「うん」
オババは夜にヒユウを呼び出した。ヒユウは何の文句も言わずにそれに従った。
オババは家の文机に向かっていた。何か、手紙らしき物を手に持ち、ヒユウの方へと向き直った。
「お前さんは法神になりたいと言ったな」
「うん」
「法神がどんなものか見る気はあるか?」
「……はい?」
神妙な顔で頷くヒユウにオババは問い掛けた。その問い掛けの意味が掴めず、ヒユウは思わず腑抜けた声を出してしまった。
しかし、オババの顔は真剣で目が揺れることはない。
「それは……どういうこと?」
「実はな、あたしの知り合いなんじゃよ。今の法神は」
「は?」
混乱した頭で質問を捻り出すと、オババはふぅと息を吐きながら、目の前の窓の外をチラッと眺めた。ヒユウはまた、間抜けな表情を前面に押し出した。
オババの部屋は簡素なものだが、造りは意外にも洒落ており、窓の形は丸で普段は障子で塞がれている。今は開けられており、綺麗な三日月が窓から顔を出していた。
「今の法神の名前はジュンと言ってな、あたしと同い年じゃ。あたしが暫く外の世界を見て回ってた時に会ってね。あたしはその後キリオ村に戻ったが、ジュンは自分の故郷に帰らず、放浪してたようじゃの。
そして、その時に前法神が崩御した。ジュンはいつの間にか力を付けていたようでの、あっちゅう間に法神になっとった。文が届いて驚いたこったわ」
オババは快活に笑った。昔の友を思い出しているのか、はたまた――――。
何れにしても、非常に懐かしそうではあった。
ヒユウはオババがこんなにも笑うのかと、少々の衝撃を受けたが、話の内容の方がよっぽど衝撃が大きかった。
色々な言葉が頭の中を渦巻き、段々と脳内が闇で侵食されていっている感覚すらあった。
「まぁそう目を回すな。要は、あたしから通して現法神に会ってみんかっていう話じゃ。あたしも正直なところ、死ぬ前に一度会いたかったところじゃ。お前に関してはついでじゃ、ついで」
オババは強制はしなかった。ヒユウの心を最大限に慮っている。ツムグが死んでいなければ、当日に行くぞと告げて、数日かけて向かったことであろう。
しかし、今は違う。
ヒユウの精神的支柱であるツムグはもう居ない。急に足を支えていた地面が無くなるに等しいことだ。放っておけばヒユウは何処までも落下してしまう。それならいっそ、別のことで足場を作って、その落下を止めてしまおうという考えはあった。
また、ヒユウが法神になるのを止めたいという考えもあった。実際の体験談を聞けば、諦めてくれると思ったからだ。
「お前が法神になりたいのなら、行った方が良いじゃろうな」
「なら行く」
オババがヒユウの目を見つめてそう言うと、ヒユウは真っ直ぐな目で返した。
オババはヒユウの即答に目を丸くすると、破顔した。笑ったというよりは、諦めの表情に近いだろうか。
「そうかい……まぁ、ヒユウが決めたなら良いの。一週間後、やまとに行くよ」
「うん」
オババは、文に視線を戻すと、ヒユウに部屋に戻るよう手で追い払うような仕草をした。ヒユウは軽く頷くと、ゆっくりと歩いて戻って行った。
木造の床はギシギシと音を立てた。
オババは一人になった部屋で、三日月を見上げた。
「どうやっても、なっちまうもんなのかね……」
オババはどうすれば良いか、天に居る筈のツムグとシノに問い掛けたい気持ちだった。
しかし、彼等は恐らく困っているオババを見て、笑っているかもしれないと思い、考えるのを止めた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
――一週間後、オババとヒユウはやまとに向けて旅立った。
約二週間程掛かると予想している旅路だった。
オババは出掛ける前に、村を見て回った。もし、怪我人だったり病人だったりが居るのなら、出て行く前に治さなければならないからだ。
幸い、皆は健康ですぐに出発出来るようだった。村の皆は、オババとヒユウを見送る為に、わざわざ村の外まで出てきた。
村は、大して柵で囲ったりはしていないが、家が集中しているので、家が無くなった辺りが村の外であるという認識が村民に共通であった。
「それじゃあ、お主等、息災でおるんじゃぞ。怪我しても治せる者はおらんでな」
「行ってきます」
オババは見送りの村人に、念の為の釘を刺した。法術士が居ない間に、大怪我でもされてしまったら生きれるものも生きれなくなってしまう。
ヒユウは軽く会釈した。
後は特に足を止めることは無く、そのまま歩いて行った。
道はしっかりと踏み固められていた。
オババに聞けば、やまとまでの道は何処の村から出ても固められているという。
やまとは名前の通り、やまとの国の中心部であり、法神が仕事を行う場でもある。故に、やまとは法神のお膝元という訳で、商人や技術職が多く集まっている。
やまとの国では一番人口が多い都市ではあろう。
キリオ村は、やまとから見て東に少し行ったところのようだ。ヒユウはこれを聞いて、初めてキリオ村の地理を知った。
同時に、やまとの国は自分が思っているよりも広いということが分かった。
村から全く出たことのないヒユウにとってみれば、大発見だった。
法神になる為には、色々な所に出向くことになるかもしれないと、密かに心舞い上がらせたヒユウだった。
「さて、今日はここらで休もうかね」
オババがそう言い出したのは、日がすっかり沈んで真っ暗になった時だった。灯りは一応提灯を持って来ていたが、蝋燭も油も限りがある。出来るだけ節約していこうという考えだ。
辺りは木々に包まれた森の中だ。何やら鳥の鳴き声が響いて、おどろおどろしい雰囲気である。
ガサガサと茂みが揺れる音を聞いて、ヒユウは肩をビクッとさせた。
「あっはっは! 法神になると言った男がそんなもんで良いのかい!」
怖がるヒユウに、大声で笑い飛ばしたオババだった。ヒユウは顔を顰めたが、反論することも出来ず、ただオババの顔を睨みつけるだけになってしまった。
ヒユウがそうして怒っている間に、オババは岩陰に移動して、火打ち石を使って火種を草に移した後、木の枝を乗せたりして火を起こしていた。
随分と手際が良く、旅慣れた雰囲気があった。
若い時分に旅に出ていたというのは嘘ではないのだろう。
火が付けば、辺りは十分明るくなったが、二十歩動けば何も見えなくなりそうだった。
そんな中、ヒユウとオババは手頃な倒木を法力を使って動かし、椅子代わりにして座った。
持ってきた携帯食を手早く食べて、その日は早く寝ることにした。オババが寝ずに見張っていてくれるらしく、木の枝を大量に拾ってきて火の番も同様に行うのだろう。
ヒユウは厚意に甘えて、寝ることにした。
意外にも身体は疲れていたのか、すぐに意識は落ちた。
翌日、ヒユウはかなり早く目覚めた。太陽はまだ昇っておらず、少し薄暗い。やはり肌を突き刺すような寒さが、ヒユウの顔を襲った。
オババは起きたヒユウに目を向けると、
「あたしは今から寝るから。飯でも食べてな」
とだけ言って、上着を身体に被せるとすぐに寝息を立て始めた。
ヒユウは太陽が昇るまでの短い時間、小さな炎に木の枝を適当に投入しながら過ごした。火を絶やさぬように、それだけを気を付けて。
やがて、日は昇ったが、オババはまだ起きる気配は無い。ヒユウはすっかり固まってしまった身体を立ち上がって捻ったりしながら解した。
冬は身体が固まりやすく、バキバキだった。
白い息をふっと吐き出して、ぼうっと空を眺める。
空は青く、広い。
自分はあまりにもちっぽけで、自分が今から為そうとしていることは、意味が無いような気がした。
そんな雑念を頭から振り払うように首を振ると、ヒユウは法力を操り出した。
修行だ。
静かな環境は、よく集中が出来る。家ではこんな事出来ないなと、自然に口角が上がったが、自分の家がもう既に無いことを思い出した。
込み上げそうな感情を、唇を噛むことで断ち切ると、何人も邪魔出来ない程の集中を始めた。
森は静かだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます