第3話 法神闘争、始まる

 ヒユウはそうして、オババと少しずつ法術の勉強を積み重ねて行った。

 そんなヒユウ十二歳、冬のある日だ。


 キリオ村に二人の法術士がやって来た。それは訪ねて来たというよりも、戦闘中に偶然やって来てしまった、という表現の方が正しいだろう。

 法神自体はまだ存命ではあるものの、あまり先は長くないという噂の先走りから、法神闘争が始まっているということが嫌でも分かる事件だった。


「ちっ……! 人里まで下りてきちまった!」

「一旦停戦だ!」

「当たり前だ!」


 二人の法術士はそう言って、キリオ村を別々の方向へと出て行った。片方の法術士は刀を腰にぶら下げており、片方の法術士は手には何も持っていなかった。


 オババはわざわざこの二人の姿を見せて、ヒユウに向かって指差した。


「ほら、あの二人を見て、お主は何を思う?」


 ヒユウにそう尋ねた。


「うん。刀を持ってるおっさんは、刀を操の法・強具きょうぐで強化して戦う剣術型で、手ぶらのおっさんは、護の法・体守たいしゅで拳を強化して戦う体術型だね?」


 ヒユウが確かめるようにオババに視線を送った。


「そうじゃろうな。あやつらの戦いぶりを見ておると、恐らくそうじゃ。そして、二人は遠距離戦が苦手であることも分かる。戦闘中に一度も離れなかったからの」


 オババは去っていく二人の法術士を見ながら、ヒユウに教えた。


 ちなみに、その法術士たちは見に来たこの二人の姿を見たが、白い衣服を着けていたのを見て、すぐに注意を払うのを止めた。

 探の法・力計を使って、法力を持っているかどうかを確かめていたようだった。


 残念ながら、ヒユウにはいつそれを使ったかが分からなかったが、どうせこの闘争には参加しないのだからいいやと、気にしなかった。


「それじゃ、戻って修行の続きでもするかね」


 オババはそう言って、村の通りから自分の家へと歩き出した。

 ヒユウは少しだけ村を歩いて出て行った法術士たちに視線を送ると、すぐにオババの背中を追った。



「さて、今日は治癒をやるかね」

「むずいよ〜」


 オババが少し笑みを浮かべながらそう言うと、ヒユウはうえっと顔を顰めながら文句を言った。


 オババの家に着くと、すぐにオババは治癒を使うようにヒユウに言った。


 ヒユウはその言葉に従い、自分の手に法力を集め出した。オババはその間に、ヒユウの手元に少しだけ傷付いた木の枝を持っていった。


「護の法・治癒」


 ヒユウは自分の手を包む光を手元の枝へと移した。木の枝は少しの間光って、少しだけ見えていた白い木の中身が逆再生のように木の皮によって覆われた。

 ヒユウは目を開けて、木の枝を確認すると、


「よっしゃー! 成功だぁ!」


 と飛び跳ねた。


「おおっ! まさか成功するとはのぉ……しかも半月でか」


 オババも目を大きく見開いて、驚いてみせた。

 ヒユウが護の法・治癒の練習を始めたのが半月前。法力を使って法術に変換出来るようになったのが、二年前のことだった。


 護の法・治癒は基本的な法術の中でも、トップクラスの難しさを誇るものだ。再生、もしくは複製に近いイメージを持つ為、それを想像すること自体が難しくなるからだ。


 オババが言うには、コツを掴めばあっという間とは言うものの、簡単に出来るとは思ってもいなかった。ヒユウの意欲の度合いから考えて、半年掛かってもおかしくはないなと思っていた時にヒユウは成功した。


 オババの予想をヒユウは知らず知らずの内に超えたのだった。


 そんな裏を少しも知らずに、ぴょんぴょんと兎のように飛び跳ねているヒユウだった。


 そんなヒユウに一つ溜息を吐いて、


「ヒユウ、よくやったの。今日はこれで終わりにする。よう頑張った。家でも軽く法力を扱うんじゃぞ」


 とオババは告げた。顔には苦笑が浮かんでいた。


「うん! 分かった!」


 ヒユウはそんなオババの気持ちを一切気にも留めず力強く頷いて、さっさと走り去ってしまった。


 やれやれといった様子で嘆息したオババだった。



 一方の田んぼに囲まれた帰り道を走るヒユウの表情は非常に明るいものだった。

 護の法・治癒は単純に村の人たちの生命にも関わる大事な法術だ。これが上手い法術士が居るかどうかで病人や怪我人の生存率が変わってくる。


 特に、やまとの国では医療が発達しておらず、病気の原因等も分かっていない。怪我も汚れ等を気にせずに、無理矢理法術で治している状況だ。

 大抵のものはそれでも治るが、傷口から菌が入ることによって起こる病気は防げていなかった。


 ヒユウにとってはそんなことはどうでもいい。ただ、村の人を自分も救えるようになったということが嬉しかった。

 何より、自分の母親を亡くしているヒユウが分かることは、人が死ぬことは周りの人に多大な影響与えるということだ。


 ヒユウは未だにツムグはシノが亡くなったことを悲しんでいることを知っている。

 家の畑の隅にある墓石代わりの少し大きめの石に向かって祈ったり、涙を流しているのを隠れて見たりしていた。


 今のツムグのような人を少しでも減らせるような、そんな法術士になりたいというのが、今のヒユウの願いだった。


「父ちゃん! 治癒が始めて使えた!」


 ヒユウは家の扉をドタドタと開けて、そう叫んだ。もう既に冬場に入り始めたところで、畑で育てるものは無く、家で少しのものを作る程度のことしかやっていなかったツムグはすぐに顔を上げて、ヒユウの顔を見た。


「おっ、良かったな。村の大事な法術士に一歩近付いたか」

「うんっ!」


 ツムグはヒユウの頭をガシガシと撫でて、ヒユウはそれを笑顔で受け入れた。


「なんか他の法術士が村に入ってきて、大変だったね」

「そういえば、音が鳴ってたな。あれ法術士が戦ってる音だったか」


 ヒユウが思い出したかのように今日あったことを話すと、ツムグは少し首を捻りながら返した。


「まだ法神は死んでないのにね」

「それだけ法神様の容態が悪いんだろうな」

「ふ〜ん」


 ヒユウはやはり興味なさげに返した。事実、自分が法神闘争になんて関わる未来が見えていなかったし、面倒臭そうとも思っていた。


 その日はその程度で終わった。

 事態が変わるのは翌日のことだった。



 ヒユウはいつも通りオババの家へと、法術の修業に出掛けた。ツムグはそれをいつものように送り出し、家で小物を作っていた。


「オババ。今日は何するの?」

「治癒をもう少しやるかね。今日は完全に折れた木の枝を持ってきたから、これを治しなさい」

「うん!」


 ヒユウが昨日よりも目を輝かせて尋ねると、オババは少し嘆息を吐きながら折れた木の枝を差し出した。ヒユウはそれに頷き、法力を自らの手に集め始めた。


 その時、爆発音のようなものが村中に響き渡った。


「また法術士か……懲りんの」

「オババ……これ、うちの方向だよね」

「……まさか?!」


 二人は示し合わせた様に走り出した。

 二人の頭の中には嫌な想像が出来上がっていた。


 ヒユウとオババはわざわざ護の法・体守で身体を強化して、物凄い速さで走っていた。

 オババは途中で息が切れて失速しだしたが、ヒユウは雪で走り難い悪路を同じスピードで走り続けた。


 嫌な想像は当たっていた。

 家は半分程崩れていた。


「ヒユウ! ツムグおじさんが……!」


 横から声が聞こえた。

 ヒユウの友達であったリョウだった。よく笑う子であった筈なのだが、今その顔は悲しみと焦りとで綯い交ぜになっていた。


「リョウ……? 父ちゃん……?」


 ヒユウの頭は現実を受け入れるのを拒否していた。自分の白い息ははっきりと認識していた。だから、ツムグの身体はぼやけてよく見えなかった。そう思いたかった。


(何で……何で父ちゃんの腹に、木の板が刺さってんだよ?!)


 ヒユウはその事実をしっかりと認識してしまった。思わず涙が溢れそうになった。

 頭をいくら掻いても答えが出ない。自分は何をすれば良いのかが分からない。

 雪が積もった畑は――ツムグがよく手入れしていた畑は、今では只の戦場となっていた。


 闘っている二人は、昨日見た法術士とは異なっており、村に入ったからといって戦いを止める者ではなかった。


 ヒユウは分かった。

 くだらない法神闘争に巻き込まれたのだと。そのせいで、自分と父親の家は壊され、畑は荒らされているのだと。


 拳をぐっと握り締めた。


「……ヒ、ヒユウ」


 息も絶え絶えといった様子の声が、ヒユウの耳に入った。ヒユウはバッとその方向を向いた。

 ツムグが口から血を出しながら、ヒユウを見ていた。


「……ツムグ」


 後ろからオババも追い付いたようで、静かな声が響いた。


「……オババ、ヒユウを、頼みます」

「分かっとる」


 ツムグは少しだけ笑みを浮かべた。オババはそんなツムグに静かに頷いた。


「オババ! まだ父ちゃんを治せるよね?! 治せるんだよね?!」


 ヒユウはオババの腕を掴んで、そう叫んだ。

 オババは視線を動かさずに、ただ倒れているツムグを見つめた。


「無理じゃ。内蔵が何個か潰れてるじゃろ。今生きてるのだって奇跡じゃ。話してきなさい」


 オババはゆっくりと首を振り、ヒユウの手を自らの腕から剥がした。そして、ヒユウの肩を掴み、ツムグの方へと向ける。


 ヒユウはフラフラとした足取りで、ツムグの傍らへと向かう。リョウはオババの横へと移動しており、そこで目を伏せていた。村人もその周りに人集りが出来る程集まっており、皆が共通していた事として、見ていられない様子で目を伏せていたことだった。


 ヒユウは村では元気の固まりと村の皆からは思われていて、そんなヒユウがここまでになっているというものは、村人達からしたら余りにも可哀想だったからだ。


「と……父ちゃん……」

「ヒユウ。俺はもうダメなことは分かるな」

「うん……」

「オババと一緒に、仲良く、良い子に暮らすんだぞ」

「ん……」

「後は……法力の修業、頑張れよ」

「……ん……」

「お前は、俺の、気持ちなんて……分かるだろうからな。シノが死んで随分経つのに、未だに泣いたりしてたのも気づいてたもんな。ヒユウ。お前は優しいから、このことを悔やんで何かしらしようとするかもしれない。だけど、そんな義務は無い。……自由に生きろよ」

「…………」

「それが俺からの……ね、がいだ……」

「…………………………」


 ツムグはゆっくりと薄く開いていた目を閉じた。ヒユウの手を握っていたツムグの手はゆっくりと開かれていき、力を失った。

 ヒユウは変わらず強い力で握っていたが、反応が返ってくることは無かった。


 ヒユウはやがて、覚束無い様子で立ち上がり、オババを向いた。

 ゆっくりと頭を下げて、「これからよろしくお願いします」とだけ告げた。


 村人の皆は堪え切れず、手で目元を覆ったり、嗚咽を漏らす者もいた。

 オババは杖を強く握った。


「分かった」


 オババは簡潔にそう言った。


 次第に杖を握る力が強くなり、法力がいつの間にか手に加わった。

 杖の持ち手は、バギッと音を立てて破壊された。


「少し、おいたが過ぎるようじゃの」


 オババは白い首巻きをリョウに手渡した。これは、今から戦闘に参加するということを表す。


 畑で尚、戦闘を続ける二人の法術士は、法力を感じてオババの方を向いた。

 そこには怒りで凶暴に彩られた眼光だけがあった。法術士達は怯み、思わず戦闘態勢を取りながら後退る。


「お、おい! この村、キリオ村じゃねえか?」

「あの“鬼婆”が出る?!」


 法術士達は困惑したように目を泳がせ始めた。


「そうじゃの。お前さん等は、その鬼婆を怒らせたんじゃよ」


 オババは静かに二人へ歩いて行く。法術士達の足は震え出した。

 オババの身体には、法力が纏わり付くように宿っていた。糸が絡み付き、蛇のように見える。


 法力で形を作れる程の練度。

 正しく、オババの法術士としての力量を示していた。


 オババは護の法・体守を使用し、二人の腹に拳を叩き込んだ。その後、すぐに飛んで行った二人に攻の法・爆塊ばくかいを撃ち出し、追撃した。

 村の外まで飛んでいった二人に向けて、砲弾のようなものが狙い撃ちされた様に投下された。二人は逃げることすら出来ずに爆散した。


 一方のオババは、リョウから白の首巻きを受け取って身に着けていた。


 ヒユウはその光景をただ眺めていた。感情の感じられない目で。


「オババ。俺、法神になる。なって法神闘争を無くすよ」

「……そうかい。だったら修業を頑張るしかないね。少し厳しくなるよ」

「うん」


 ヒユウはオババの方を向いてそう言った。今にも泣き出しそうな顔だったのが、決壊して涙が溢れていた。オババは首巻きを少し上に上げて顔を隠した。


 二人はゆっくりと歩き始めた。


 二人の背中の家は、丁度音を立てて全壊した。


 ヒユウの物語は、ここから動き始める。



―――――――――――――

あとがき

 予想通り、しっかりと更新が遅れてしまった。も少し早く出したいところですね。

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