頭寒足熱
三鹿ショート
頭寒足熱
眠ることができない日々が続いていると話すと、彼女は安眠法を教えてくれた。
それを実行したところ、気が付けば朝を迎えていたために、彼女が告げた方法は間違っていなかったのだろう。
だが、それと同時に、自分が大した人間ではないということを考えるようになってしまった。
原因は不明だが、私の不眠は精神的なものから来ているのではないかと思っていたものの、彼女に聞いた安眠法で解決してしまったということは、私はそれほど何かに悩んでいたわけではないということになるのではないか。
私が彼女から聞いた安眠法を実行することなく、再び不眠の日々に戻るようになったのは、そのような些細な自尊心が理由だった。
***
ふらついていた私の顔を見ると、彼女は寝不足なのではないかと訊ねてきた。
私が首肯を返すと、自身の安眠法に効果が無かったのだと考えたのだろう、彼女は別の方法を探すと告げると、その場を後にした。
何故、彼女が其処まで私のことを気遣ってくれるのかは不明だが、感謝の念は抱いている。
しかし、彼女がどのような方法を伝えてきたとしても、私がそれを実行するつもりはない。
眠ることができない理由が、病気や精神的なものなどであろうとも、夢の世界に旅立つことがないということで、自分が特別な存在と化したような気分と化すからだ。
それは、病人と化すことで他者から気遣われたいなどという欲望などではなく、自分が他者とは異なる存在であるということを、この身で味わいたかったということなのだ。
その選択がたとえ身体に有害だったとしても、何も持っていない人間と化すよりは、良いことである。
***
気が付けば、私は見知らぬ天井を見つめていた。
室内が白色で統一されていることや、寝台の周囲に存在する機械などから、自分が病院の寝台で眠っていたということに気が付いた。
此処に運ばれるまでの記憶が存在していないために、もしかすると、睡眠不足のあまり意識を失ってしまったのだろうか。
立ち入り禁止と告げられている場所に入って怪我をしてしまったかのようなばつの悪さを覚えたが、このような未来が訪れるということは、予想していた。
ただ、想像していたよりも、恥を覚えている。
一人で顔を赤らめていると、不意に病室の扉が開いた。
彼女は私が目覚めたことを確認すると、涙を流しながら喜んだ。
其処で、私はかねてからの疑問を口にした。
「何故、きみは其処まで、私のことを気遣ってくれるのか」
私の問いに対して、彼女は口元を緩めると、
「あなたが大事な存在だからです」
「好意を抱いているということなのか」
「恋愛感情ほど強いものではありませんが、好意を抱いているのは確かです。迷子が涙を流しながら両親の名前を呼んでいる姿を見たときのような感覚です。そのような相手に対して親切にしたいと考えるのは、人間として当然のことではないでしょうか」
つまり、私が危なげな人間に見えているということなのだろうか。
確かに私は、愚かな行為に身を投じ、そして、このような愚かな結果を招いたが、其処まで情けない人間ではないだろう。
それでも、私が意識していないだけで、他者の目にはそのような人間として見えてしまっているのならば、どうしようもないことである。
だが、それもまた、良いことなのではないか。
私は、意識せずとも、彼女の注意を向けさせることができているのだ。
今後も同じような日々を過ごしていれば、彼女はこれからも変わることなく、私の面倒を見てくれるのではないか。
それならば、愚かな自分のままでも、悪くは無い。
ただ、どことなく情けなさを感じてしまっていた。
***
「彼が愚かな思考の持ち主だということは、明らかではないか。それを理解していながら、何故きみは、彼に関わろうとするのか」
「私が支えなければ、彼が駄目な人間と化してしまうからです。それを分かっていながら放置することなど、出来るわけがないでしょう」
「しかし、恋愛感情を抱いているわけではないのだろう。それならば、ますますきみの行動を理解することができない」
「私は、私のために行動しているのです。それが結果として、彼の役に立っているだけなのです」
「きみのため、とは」
「私が彼を支える限り、彼もまた、私を必要とし続けることでしょう。つまり、私と彼は、切っても切ることができない関係と化すということになるのです。それほどまでに必要とされているのならば、自分が生きている意味を実感し続けることができますから」
「それならば、彼ではなくとも良いだろう。彼よりも愚かな人間は、幾らでも存在しているではないか」
「彼が、丁度良いのです。彼よりも賢ければ自分でなんとかするでしょうし、彼よりも愚かならば、私の手には負えません。中途半端な彼こそが、私の相手に相応しいのです」
頭寒足熱 三鹿ショート @mijikashort
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