10.(4)

 思ってもなかったであろう僕の言葉にトリオは叫んだ。


「何じゃそれ!?」


 ばたばたと翼を動かして僕の右頬をもしゃもしゃさせるトリオだが、僕の周りに立っている三人は否定しない。くすぐったいし、顔をしっかり確認したいので、僕はトリオを右腕にとまらせた。おとなしくとまったトリオだが、まだバタバタ翼を動かしている。


「何言ってるんじゃ! ワシがそんなわけないじゃろ!」

「だってさ、マチルダさん視点とはいえ、どう考えても、トリオのが動いてるし、トリオのが選ばれている感じだろ。マチルダさんよりも。それに昨日の」


 マチルダさんは僕の右腕に近づき、顔を寄せた。次の言葉を言いかけていた僕は、近づいてくる顔に息を飲み込んで、口をつぐんだ。


「その通りよ。あんたよ。あんたが勇者に選ばれるはずだったのに、逃げた」


 マチルダさんはすっと祭壇の方を指さす。


「あの時、そこの祭壇の前に二人で立ってたのに、力を得る瞬間に飛び降りて、だからわたしがあんたの分も全部受け取った」

「何やってんだよ。トリオ」


 率直な言葉が口から出た。トリオはゆっくりと翼と首を振る。


「いや、上りにくそうじゃから、ニルレンを引き上げようとしただけじゃし、何か始まった時に、突然クラクラしよって、しゃがみたくなったし、邪魔かなと思って降りて休もうと思ったんじゃけど、まずかったのか……?」


 体調不良。


 そう。トリオは昨日僕に言ってた。この場所はフラフラするから気をつけろと。

 マチルダさんに言うと怒られそうだから言わないけど、それは状況によっては僕も降りるかもしれない。僕が絶対関係ないという確信がある場合は。

 トリオは基本的に、こういうことは自分は関係ない。ニルレンだろうと判断している。他人事で、当事者意識は皆無だ。


 ……起こるべくして起こったような。


 マチルダさんは腕を振ってトリオを睨んだ。


「わたしだってクラクラしたけど頑張ったのよ! まったく、トリオ、いっつもわたしを優先して退くのよ」

「……そうじゃったか?」

「そうよ。この人、いっつもそう。自分は引っ込んでばっかり。それでこうなるとは思わなかったわよ!」


 深いため息をつくマチルダさん。それで終わらせていい話には思えないけど。一ヶ月くらいの付き合いの僕にはまだ分からない境地だ。別に知りたくはないけど。


「考えてみなさいよ! 聖剣扱えるのあんただけじゃないの!」


 また、新情報出てきた。トリオはきょとんとする。


「わたしは使えないのよ! 疑問持ちなさいよ!」

「え……、やっぱり普段杖だと剣は重いんかなぁと」

「研究所のときからもっと重いもん日常的に持ってたの知ってるでしょうが! あんたね! 聖剣に雷まとわせて戦う男のどこが勇者以外の存在なのよ!」


 何かそれ、言葉だけでもめちゃくちゃ勇者っぽいな。

 マチルダさんはぶんぶん腕を振る。そこに戸惑うトリオの声。


「え、今回は魔法使いが勇者じゃから、一応剣が使えるワシが代わりにやらないとマズいんかと……」

「邪を斬ってるのに! 斬ってるのにバカー!」


 両手で頭を抱え、首を振りまくり始めたマチルダさんの気持ちはわかるが、ここまで徹底して、他人事のトリオはむしろ尊敬できる。

 僕はトリオを右腕から右肩に戻した。


 落ち着いたマチルダさんは息を吐く。


「まあ、そういう感じで、トリオがあまりにも他人事すぎた結果のちょっとした事故によって、わたしが一人で二人分の力を得たの。勇者の力とそのサポートの魔法使いの力をね」

「ちょっとした事故……」


 うん、事故か。人災か。

 ……体調不良か。


「いやー、あれは焦ったよ。神から力を得た直後のマチルダが凄い顔でこっち見てくるしさ。トリオさんは水飲んですっきりしてるしさ。今考えるともの凄く面白かったけど、当時はそんな余裕なかったよ。あはははは!」


 鈴を転がすような声で笑いながら、アリアは口元を手で押さえた。マチルダさんは腰に手を当てた。


「だって、力きた瞬間、これ絶対わたしじゃなくて、トリオのだって、気付いたんだもの。アリアだってかなり酷い顔してたわよね」

「いやぁ、ずっとおかしくなってるのに、今度はこれかとどうやってごまかそうとそれだけ考えてたよ。まあ、合計値で言えば変わらないから、結果的にはそれ以外は特に問題なく、マグスは倒せたけどさ」


 アルバートさんはうんうんと深く頷く。


「その時のマチルダさんの力は凄かったな。儂なぞあっという間だったよ。しかし、トリオルース君も力はなくとも、やはり機転が利いていたとは思うぞ」

「トリオ、頭はいいから。あのときは、トリオもアリアもどうやってわたしにとどめを刺させるかで戦術考えてましたからね」

「だって、私もトリオさんも力がないからね」


 倒す側と倒された側の合計三人で、当時のことをきゃいきゃいと語り始めた。うん、仲が良いのはいいことだとは思う。


 でも多分、今話すことじゃない。

 ちなみに、引き続きトリオはただ黙って、僕の横で首を落としている。


 ……僕がやるか。


「あのさ、アリア」


 僕が話を戻すことにした。


「勇者がトリオでもマチルダさんでも、何だか三人としては問題なさそうな感じだけど。でも、実際は何か問題があったんだよね? だから、アリアは今ここにいるんだよね?」


 聞いた相手はにっこりと微笑んで人差し指を立てた。トリオは顔を上げ、僕を見た。


「ご名答。結果が良ければ全て良しではダメだと、本来の勇者が魔法使いの後ろに引っ込み、魔法使いが英雄になることを許さない存在がいたのさ。さて、そんな存在は、誰だと思う? ユウ」


 僕は唇を噛みしめた。肩にいるトリオは、心配そうに僕を見る。

 このことを考えると、いつも頭が痛くなった。それを口に出して倒れたこともある。だから、あまり深く考えないように努力をしていた。


 でも、今までと違った。

 僕の頭は痛くないどころか、非常にすっきりとしていた。

 だから僕は軽くトリオに笑いかけ、それから大きく息を吸って、言った。


 答えは分かってる。 


「魔王と勇者の話という舞台を望んでいた存在。多分、創造神」


 アリアは目を細め、口元を柔らかく上げた。


「やっと言える環境に連れて来ることが出来て、良かった」


 銀色の鈴のような声がふんわりと空間に響いた。

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