10.(5)

 以前もアリアに伝えたことがあるけど、旅に出てから違和感を数え切れないほど抱いた。

 首都に近い村からさほど遠くに行ったことのなかった僕の常識と、僕が想像する普通の暮らしをしたことがないトリオやマチルダさんの常識が違うのは分かっている。

 家族旅行でない、冒険者がするような旅に出ることなんて初めてだったし。


 ただ、僕を育ててきた両親とトリオの意見は概ね一致していたから、トリオは多分僕が期待するような普通の大人の良識は持っていると感じていた。


 だから、余計に納得できなかった。僕が抱いた違和感について、トリオが全く気にしていないことが。


 そして、思った。


 本当は、僕が抱くような違和感に気付かない存在が旅をするものなんじゃないかって。


 本来ここにいるのは僕じゃないことは分かっていた。だから、トリオとマチルダさんと、もしかしたら本当のフミの町のお嬢様、もしくは他の誰かが旅をするんだったんじゃないかと思った。


 ただ、だったら、それを誰が決めているんだ?


 アリアにお守りを貰ってから、僕はひっそりと考えていた。アルバートさんに助けてもらうまでは、夜更けまで受験勉強をしていたときよりも酷い、妙な偏頭痛と友達だった。多分それは、余計なことを考えると、創造神に酷い目に合わされるぞと言う世界からの警告だった。


 一昨日なんかは、うっかりトリオとマチルダさんに言おうとして倒れてしまった。でも、それによって、僕の考える方向性は間違っていないんだろうなという確信は持てた。


 僕たちの世界は誰かが作っている。マグスと勇者の戦いも、僕が過ごしている今も、誰かがそうしようとして決めた。それに、僕みたいなその辺の普通の人間が逆らおうとすると、するっと世界から追い出されてしまう。

 多分、その誰かが、いわゆる創造神。


「トリオがやらかしたのは分かったよ。要はそれで僕のようになってしまうのを、マチルダさんとアリアは食い止めようとしたわけ?」

「そうだけど、それだけではない」


 僕の問いに、アリアは首を振った。


「私は、他の選択肢が取れるんじゃないかと気付いたんだ。ずっと、創造神の意向をのんで、彼女がその都度好んで望んだ展開にただただ必死で沿わせようとしていた。でも、そうじゃない選択肢を作ってもいいのじゃないのかなと」


 人形のように現実離れした美貌をもつ少女は両腕を広げた。舞台の中心で、主役としてこの物語を演じるかのように。 


 何となく、入試で詰め込んだ、音楽用語を思い出す。

 独唱のジャンル。

 興味がないのに覚えていたのは、好きな女の子の名前だからだろうか。


「期せずして、トリオさんは自分が勇者にならない道を作った。マチルダは本来持ち得ない、世界の理を無視できるほどの力を得た。そして世界に干渉できるようになったおかげで、事情を把握できた。これは全て創造神が望んだ展開ではない訳さ」


 そこから、いつも通りの彼女に戻る。


「まあ、トリオさんについては誤魔化しながら、話を進めたけどね」

「誤魔化すって、アリアやアルバートさんが僕にやったようなことをトリオにしたわけ?」


 確認してみたら、アリアは頷いた。


「大まかな仕組みとしてはそう理解してもらって構わないよ。さすがに勇者が交替するのは舞台の影響が大きすぎるので、創造神と会話して、魔王を倒して一区切りつくまではこのままでいかせてもらうように、頭下げまくって調整した」


 トリオがはっと息を呑む。


「そういえば、あれ以降、マチルダがやたら何かかけてきたり、アリアが何やらようけ身につけさせてきちょった……」


 僕は軽く首を傾ける。


「それ妙に思わなかったの?」

「いや、まあ、二人共元々おかしいから、共鳴し合ったんかなと……」

「へぇ。あと、頭痛いとかなかったの?」

「心労かと……」


 うん。

 トリオ苦労してたんだな!


 芸術的に思えるほどの当事者意識の欠如と、ことなかれ主義が素晴らしい。

 トリオは翼を合わせて、マチルダさんを見た。


「ん? そういえば一緒に住み始めた時のあの態度も関係あるのかのぅ?」 


 聞かれたマチルダさんは「あー」と言いながら、軽く頬をかく。


「あれはねぇ、まるで関係なくはないんだけど、あそこまでする必要はなくて、単純にちょっと幸せすぎて浮かれすぎてただけね」


 ……何やったんだろ。

 トリオはやれやれとため息をついた。


「そうか……。長かったな」


 そのため息に不安になったらしいマチルダさんの表情が曇る。


「え、トリオ……。もしかして迷惑だった? いやだった? やめてほしかった?」

「いや、そうじゃなくて! まあ……、悪い気はしなかったんじゃけど、最初は」

「そうよね! トリオも結構ノリノリだったわよね!」

「いや、じゃからそれは最初だけで……!」

「えー、でもわたしがさぁ」


 何か始まった。

 人の右肩で、何か二人で凄く内輪の話し始めた。トリオは物凄く止めているけど、マチルダさんは、何か絶対聞きたくないトリオの恋人に対する態度の話とかし始めてる。


 ああ、こいつらデキてたときの話してるわ。


 とりあえず、この二人が過去に限りなく近しい関係だったというのだけは物凄く理解した。

 右肩でベッタベタな話をするお姉さんと焦る鳥を見てられなかったので、僕は左側にいるアリアとアルバートさんを見ることにした。アルバートさんはいちゃつく一羽と一人を微笑ましく見ていて、相変わらず余裕が凄い。

 アリアは片側の口角を上げながら何かを言おうとしていたけど、ふと僕と目が合い、はっとしてその口を閉じた。


「どうしたの? アリア」

「……別に。バカップルは放っておいて、話を戻すよ」


 僕が聞き返すと、アリアの頬のピンク色が少し強まったけど、再び淡々とし始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る