10.(3)

 マチルダさんは、いつもと違って手は出していないけど、今までにないほどの剣幕でトリオを睨んだ。僕も右肩がびりびりする。それに退いたトリオは、言い返しもせずにおとなしく黙る。

 ……やっぱり、尻にひかれてたのかな。何となく緊張感がないことも考えてしまう。


「それから、数年後、こいつは国からの指示を受けて、わたしを連れてマグスを倒す旅に出た。あんたは止めるけど、もともとわたしはマグスを倒すために、旅立ちたがってたし、無理やり着いていったわね」

「……あれは、本当に無理やりじゃった」

「だって、一緒に行きたかったんだもーん」


 当時のことを思い出したのか、トリオはやれやれと首を振る。マチルダさんは明るく笑う。


「ま、それはどうでもいいことよ」


 この人、大体のことがどうでもいいみたいなんだよな。その中で、どうでもよくないことが今回ということで。


「王命を受けたということで私達は旅に出た。ただ、あんたは寄り道ばっかりした。どうせ、私をマグスに近づけたくなかったんでしょうけど、適当な嘘ばっかりついて、反対方向ばっかり向いて、わたしは途中まではあんたを信用して言われるがままついて行ってた」


 ん?


 トリオがそうしてたことは知っている。

 ただ、マチルダさんのこの物言いが気になった。

 でも、トリオがマチルダさんに恐る恐る確認し始めたので、気にすることをやめて、それを聞く。


「……それも気付いちょったのか?」

「あんたさぁ、わたしたち、どれだけ一緒にいると思ってる?」

「六年……」

「いや、素直に答えなくてもいいけどさ」


 ため息をついた後、マチルダさんは低い声で続けた。


「……ま、近付けさせないようにしてることについては、このまま二人で旅して、手出される年齢になったときに、サクッと既成事実作って終わらせちゃうのもそれはそれでアリかなとか思ったけど。負い目も利用して」


 今さらりと怖いこと言った。


「何言うちょるんじゃ!」


 叫んだ後、トリオは震え始めて翼で頭を抱えている。


 可哀想に。


 今までのトリオの口ぶりからして、年下のニルレンを恋愛対象以前に、庇護対象として、かなり可愛がって面倒を見ていた気がする。そんな元少女に「既成事実」とか言われるのは衝撃的だろう。多分。

 ま、どちらにせよ今はもう作っちゃった後だから手遅れか。

 へらへらとアリアが笑った。


「二人きりを邪魔してゴメンねぇ」

「何言ってるのー。アリアとタマとベンがいないなんて考えられないわよー。アリアとは色々と盛り上がったものねー」


 何をだ。


「あはは、懐かしいね」

「うふふふふ」


 微笑み合う女性二人が恐ろしい。

 僕の背筋はひんやりする。

 僕の肩にとまっているこの震えた鳥に、僕は同情した。この二人のお守りは大変だったろう。

 今は僕がいて良かった!


 そんな中、アルバートさんは微笑ましそうに女性陣を眺めている。当時のニルレンと同じくらいの年の女孫とうまくやっている年配の方の余裕は凄い。尊敬できる。


 微笑みあうのに満足した後、マチルダさんは再び凛とした声を出す。


「で、話を戻すとして、こいつはとにかく逆張りして寄り道しまくった。マグス倒せないまでも、給料分は働くと人助けしまくってた。結果的にタマとベンと出会った訳でそれはいいんだけどさ」


 僕は首を捻った。


 続ける言葉に、また、気になることがあった。

 マチルダさんの主観があるとはいえ、寄り道や人助けしているのは誰だって?

 違和感を抱き、僕は肩にとまったままのトリオをちらりと見た。震えるのはようやくおさまっている。

 ちょんまげがもしゃもしゃするのも終わった。


 話はまだ続いていく。


「そして、こいつは逃げまくってた訳だけど、結局アリアの導きで結局マグスを倒す一年弱前に、ここコヨミ神殿に連れて行かれたわけ。結果的にはわたししか力を得なかったけど、当初はこの祭壇にこいつも立ってたわよ」

「え、そうなんですか?」

「単に上るのを手伝っただけじゃ」


 その言葉に、飴でも貰うような話じゃないと、トリオが言ってたのを思い出す。


 それと、もう一つ。


 僕は左手でこめかみを押さえてみる。

 二百年後の今だからかもしれないけど、トリオが昨日言ってたことは起こっていない。

 今まで僕を苦しめていた頭の痛みは全く感じないし、地下で空気がこもっているはずなのに、全く苦しくもない。空気は悪くない。


 マチルダさんはトリオに近づいて、にやりと笑う。


「あとね、ユウ君。こいつ、この姿だとわからないけど、冗談じゃなく本当に見かけはいい。伝説の民というのが納得するくらいにね。この姿だとわからないけど……」


 口元に手を添え、マチルダさんは軽く吹き出した。この姿にしたのこの人だよな。肩でため息が聞こえる。


「……やっぱり、笑いのツボが分からん」


 トリオは首を横に振ったため、僕の右頬にちょんまげが触れくすぐったくなった。


「うっさいわねー」


 マチルダさんは口をとがらせる。


「で、ここまできいてどう思う? ユウ君」


 突然回答を求められ、驚いた。


「え、と、トリオって、僕と違って、随分情報量が多い人生だったんだなぁと。何か知らない重要そうな設定あったし。……というのと」


 先ほど違和感を抱いたことが、本当にその通りなのかが分からない。ただ、それ以外にももう一つ、トリオがフミの町で魔法を使えるようになった当初、気になったことがあった。


 さっきマチルダさんが言った神の子の話だ。

 興味もそんなにないので、固有名詞は全然覚えていない。これは、この国の誰もが聞くか、読むかしたであろうおとぎ話だ。

 ニルレンよりも遙か遠く昔の伝説だか神話の時代、世界を滅ぼそうとしたなんたらに何度も立ち向かったなんたらの民は雷を使えた。


「神の子というので思い出したんですけど。毎日毎日当たり前のように使うし、昔の人だし、勇者の仲間だし、そんなものなのかなって思ってた」


 でも。


 僕は一ヶ月前までの常識を伝える。


「雷の魔法って今、使える人いないはずですよね。古代の選ばれしなんたらの民が使う魔法ですよね。雷をそのまま打ち付けたり、剣にまとわせて何かするやつ」


 僕の言葉にマチルダさんは頷いた。


「そうそう。それがさっきいった神の子ナセルの民。雷を打ち付けるのは今もやるし、剣にまとわせるのはこいつの人間の時の得意技。結構見栄えいいわよ」


 それが、トリオが言う剣の邪道な使い方か。

 彼しかできないこと。


 僕は呟いた。


「……トリオルース・ナセル。ナセルの民」


 すっかり忘れていたやたら長い彼の本名を思い出した。民族の名前だったのか。


 マチルダさんは口元を緩ませ、右手の親指と人差し指で丸を作った。

 僕は先ほど感じた違和感も口にすることにした。


「で、マチルダさんの主観もかなり入っているんでしょうけど、どう考えても、当時のマチルダさんよりも、トリオの方が主体的に動いている」

「そうねぇ。わたしはマグスを倒したいと言いつつ、旅慣れたトリオを信じて付いて行っただけね」


 神の子の一族は世界を何度も救い、救世主と呼ばれた。

 他の呼ばれ方もしている。

 ということは。

 そのままマチルダさんが誘導する結論に流れていく。


「……トリオが世界を救う勇者になるはずだった?」


 僕は、思ったことを口にした。



☆☆☆


勇者といえばライデインだと、ロト紋とダイの大冒険で学びました。


この辺は10章の情報なくても導けるように情報はいれてましたが、そこまで読み込む人もいないかなとも思いました(笑)

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