10.(2)

 僕の肩に戻ったトリオはアリアを見た。

 しゃがみ込んでいたマチルダさんは立ち上がった。アルバートさんは腕を組んでいる。マチルダさんの側に立っていたアリアは、トリオの目の前に立ち、拍手をした。


「流石だ。トリオさん。最初から説明する手間が省ける」

「わざとらしいの」


 トリオは胡散臭げにじろりとアリアを見る。


「ワシだけの力じゃないわ。ユウもおったからの。ユウと話し合った結果じゃ」


 この場には必要な情報を持っている者と、持たざる者の二つに分かれていた。一番持っていないマチルダさんは神殿で記憶を取り戻すと仮定すると、最終的に持たざる者は僕とトリオだった。

 中途半端に手段だけ渡されて、情報を持たされた、持たざる者は必死で考えることにした。


 主にトリオが。


 彼ほど頭の回転が早くない僕は、話を聞いてあーだこーだ言うだけの担当だ。


 トリオはアリアに向かって聞く。


「ワシが何も分からん状況にしたい。ワシをこの姿に変えた。アリアはこの前ワシの頭を鈍らせた状態にしたいと言うちょった」


 小さく息つぎをする音が聞こえる。


「つまり、ワシが元々の姿でワレのしたいことを把握しちょったら、具合が悪い言うことは想像がつく。フミとハヅでユウが倒れた時のようになるんじゃな?」


 そんなトリオの質問に口を挟んだのは、マチルダさんだった。


「それはわたしが答える。あのね、高確率でもっと酷いことになると思うわ。ユウ君と違って、あんたは影響力があまりにも強すぎるから」


 さっきは大混乱でトリオを絞め上げたり、赤くなってしゃがみこんでいたりしたマチルダさんだったが、落ち着いたらしい。今はトリオをしっかりと見ている。


「わたしは、あんたをそんな目に遭わせたくなかったし、ずっとあんたと一緒にいたかった。ずっとずっと好きだったし、プロポーズされて嬉しかったし、そのまま結婚したかった」


 マチルダさんはトリオに対して結構盛大に好意を伝えている気もするけど、言われた側はそこにそんなに反応していない。あれか? 婚約中ともなるとこれが通常運転になるのか?


 男女の仲が分からない。


 ひっそりと混乱している僕をよそに、マチルダさんは言葉を続ける。


「だから、アリアのやりたいことにのった。あんたがやらかしたツケを払おうと思ってね」


 言われたトリオは首を捻っている。


「ワシが? 何を?」


 答えが出てこないトリオを見て、マチルダさんはため息を一つつき、話し始めた。


「あんたの話をしましょうか。わたしじゃどうも感情が入り過ぎてしまう。客観的な意見が欲しいわ」

「どういうことじゃ?」


 聞き返すトリオを軽く流して、マチルダさんは少し視線をずらし、僕に声をかけてきた。


「ユウ君。世界を救った神の子の一族は知ってるわよね?」


 そのはきはきとした物言いに、僕はただただ頷いた。


「はい。まあ、それは一応常識ですし」


 遥か古代の時代、神の子と言われた一族がいる。伝説という訳でなく実際に存在したらしいけど、近年子孫は絶えたらしいし、詳しくは知らない。

 ただ、この国に住んでいる存在でこの話を知らない人はほとんどいないんじゃないかなとは思う。寝物語でよく聞くおとぎ話だ。

 マチルダさんは僕の肩を指さす。


「こいつ、そこの出身」

「え!」


 僕は黄緑色の鳥を見た。

 そういえばこの鳥は近年の生まれではない。指をさされたトリオはきょとんとする。


「確かにそうじゃけど、そういう風習どこにでもあるじゃろ? 昔仕事で行った先でもよく聞いたぞ」

「本物だってば! ったく、いっつも面倒くさい男なんだから!」


 黄緑色の婚約者に冷たい言葉をぶん投げて、マチルダさんは話を続けた。


「こいつはそういう少数民族の出なんだけど、流行病のせいで同じ一族は亡くなって、一人残ったのよ。……元々、増えにくい一族だったみたいだしね。昔、調べた感じ」


 最期の言葉を言った後、マチルダさんは目を伏せる。

 西側の国境の間際にある、一人称が「ワシ」の、外見がとても良い、世界を救った神の子といわれる少数民族。


 想像はつかない。


 マチルダさんはもう一度僕を見た。


「で、こいつは頼るものもないし、生活するために、ワシスで騎士学校に入って騎士になった。情報部に配属になって、各地の新興宗教団体の調査するために各地を巡ってたの」


 冒頭以外は、僕も聞いたことある話ではあった。以上を淡々とマチルダさんは説明していたけど、次の言葉を続ける前に口角を上げた。アリアみたいに。


「その中の一つで、強い魔力によって生き神と祀られたのがわたし。力を暴走させて、施設を滅ぼしたわたしを助けてくれて、それからずっと、身内がいなくなった理由をマグスのせいと言って、わたしの面倒を見てくれたのがこいつ」


 こいつと言った時に、今度は右親指でトリオを指さした。


 トリオは飛び跳ねた。


 僕はその時、トリオがずっと何か含んでいたのはこのことだったのかなと感じた。トリオはニルレンを旅立たせることについて物凄く消極的だった。彼のその言葉があったからニルレンはトリオにくっついて旅に出たと思ったのかもしれない。

 上がった勢いのまま、トリオは叫んだ。


「ちょ……知っちょったのか!」

「馬鹿にするな! 知ってたわよ!」


 荒い口調のまま、マチルダさんは続けた。


「あんた、わたしをいつまで十四歳の小娘だと思ってんのよ! 最初はそりゃあマグスのせいだと思ったけど、後で気付いたわよ! そんなことよりも、黙ってわたしの話を聞きなさい! このバカ鳥が!」


 トリオがずっと抱えていたことは、ただ、マチルダさんには「そんなこと」で終わる程度のものだったようだ。

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