3.(2)

 しばらく観光客よろしく門を眺めていた僕たちだったが、門の動く音がし、僕たちははっと我に帰った。


 甲高さと低さがあわさった金属の音は、かなり響く。これじゃあ、こっそり進入するというのも、やっぱり無理なんだろうな、そもそも犯罪だし、と僕がぼんやりと思ってたら、中から人が出てきた。

 こんな会話が聞こえてくる。


「お嬢様、本当に一人だけの護衛で大丈夫なのですか?」

「大丈夫よ。元々護衛がいるという方が下手に警戒されると思うの。でも、お父様がうるさいからこうやって一人はつけているのよ」

「しかしですね……」

「クード。いつから私の命令が聞けなくなったの? 全ての責任は私が取るから、あなたは黙ってなさい」


 鈴を転がしているような声で、やけにわがままなことを言っているのは、お嬢様と呼ばれているのを考えると、この家の娘なのだろうか。


 桃色のふわふわしたレース付きのドレスを着ている。僕には到底分からなさそうなやり方でアップにした金髪、大きめの青い瞳や透き通るように白い肌は、透明なケースに飾られた人形を思わせる。 

 年は僕と同じくらいだろうか。


 遠目だけど、少女の一挙一動を、僕は見逃さずにはいられなかった。

 作り物じみた美しさは、まるで何かのおとぎ話の登場人物のようで、目を離せない。単純に言うと物凄くめっちゃくちゃ可愛い。

 ただそれ以上に、彼女を見た時、胸の奥に魚の骨が刺さったような、妙なひっかかるような感じがした。


 そんな僕や女の子を見て、マチルダさんは口を尖らせた。同性の目から見ると、ああいう子にはあまりいい印象は持てないみたいだ。


 でも、妙な感じを除けば、異性の僕から見ると、中身はともかく外見についてはかなりいい。とてもいい。めちゃくちゃ可愛い。記念に写真を一枚撮りたいくらいに。

 僕は拳を握る。


「写真はやめておくんじゃぞ」


 僕の考えを見通していたらしいトリオの一言。


「やらないって。でも、めちゃくちゃ可愛いなぁ。一枚とりたい」

「ワレの反応はゆがんどるんじゃ」

「だってさあ、あんな可愛い子だよ?」


 僕の主張に反論するのはマチルダさんだった。


「そお? ちょっと可愛くてお金持ちなだけじゃない。何だか高飛車な感じだし。わたしはあなたの方がよっぽど可愛いと思うけど」

「いや……それは……」


 今の瞬間、ちょっと本気でこの人を拒絶したくなった。


「おい! 十代に手を出すのは止めい! 大体、おんどれだって充分高飛車じゃい」

「失礼ね。わたしはちょっとじゃなくてとっても美人でむしろ低飛車よ!」

「そんな言葉ありませんよ」


 この人も、同性の目から見るとどういう人間なんだろう? 異性の僕から見ると、まあ……うん。

 でも、やっぱり僕としては高飛車そうでも可愛い女の子はやっぱり好きだ。


 ただ可愛いだけではない。つやつやの金髪とか、大きめの青い瞳とか、陶器のようにつるつるした肌にふんわりと頬のライン等々を統合すると、僕の十五年間の人生ではついぞ見たことがないくらいの可愛さになるのだ。


 僕が写真集めしてたようなアイドルなんて比べ物にならないくらいに。いや、アイドルが可愛くない訳でなく、それはそれでめちゃくちゃ可愛いんだけど、この少女が規格外すぎる。


 そういうことで、妙な感じは無視して、僕は結構見惚れてしまった。が、そんな態度が気に入らないらしいマチルダさんは僕を睨んだ。


「あら、ユウ君もあんな子が好みなの?」

「え、えーと……」

「いいわよ、別に無理に否定しなくても。やっぱり男ってイヤよねー。ちょおっと可愛い女の子見ただけでデレデレするんだから」


 マチルダさんは「ちょおっと」の部分を強調した。そんなマチルダさんの尖らせた口を見ながら、トリオは「きょるきょる」と笑う。


「はっ、若い娘に手を出す気はないが、ワシだって串刺し女と比べるなら、あの嬢ちゃんのほうがええわい」

「あんたなんかに好かれたらゾッとするわ」

「そのまま返すわ。じゃが、見かけで騒ぐなんてよくあるじゃろ。若い女子言うんはワシが顔を出してちょいと町を歩いただけですぐ声かけてきちゃったぞ。あれはかなわんかった」


 トリオはうんうんと頷きながら言っている。

 真実は分からないけど、基本的に自分を主体とせず、引いたことしか言わないこの鳥のそのしみじみっぷりは妙に真実味はある。

 マチルダさんは冷めた声で言う。


「夢見るのそろそろよしなさいよ」

「夢じゃないわい! 思い出話じゃい!」

「それにしたって所詮過去の栄光。今のあんたは情けないバカ鳥だわ!」


 また始まった、と思い、僕はとりあえず一人と一羽の会話を無視することにして、もう一回女の子を見てみた。彼女は護衛と話している。人形のように可愛い彼女をじっくり見てみたいというのはあるが、彼女側から、屋敷に入れないのか、というのを調べたいのだ。護衛も少ないし。


 すると、少女は護衛の人をおいて、こちらの方向に小走りでやって来る。まさか、僕たちに用があるわけではないのだが、美少女を近くで見れるのは嬉しい。


 と、少女はぐんぐんと近づいてきて、予想外にも僕たちの前で止まった。

 少女は口を開く。


「……えーと、そこのきれいなお姉さんと鳥さんと――少年」


 少年と呼ばれた時、頭の中で生温い風でもあびてるような、いかにも何か起こりそうなざわざわ感を感じ、頭がきんとした。


 転がる銀色の鈴を思わせるように可憐な声質なのに、話しぶりは実に落ち着いていた。


「ん? 君、大丈夫かい?」


 僕が息を飲み込むのを気づいたらしい。僕が思わず首を縦に振るのを確認した後、二人と一羽を見渡した。


「あのさ、ちょっと来るのが早すぎだよ。少年もいるし……どうしようかな」


 女の子は小さく溜め息をついた。


「何の準備もしてない今日この時間に来ても会ってはくれない。門番に追い出されるだけさ」

「え?」

「とはいえ、私としては、やっぱりそちらの事情を鑑みなくてはいけないな。どうしようかな……」


 口元の片側を酷く歪ませて、少女は首を傾けて唸る。


「うーん、深夜帯だったら、何とかなるか? あと、裏道……」


 ぶつぶつそんなことをいう少女。


 ここまで僕らに向かって彼女の口から出た言葉は、門の近くでお付きの人に言っていたものとは明らかに違っていた。あの高飛車な感じとは全くの別人としか思えない。


 唖然とした僕たちの顔を半眼で見上げ、少女は歪めていた方の口角を上げた。

 それはお嬢様の顔には全く似合わない。

 僕の首元は、まるで何か冷たいものでなぞられたようだった。


「あなた方、私のこと怪しいと思ってるだろう。ただ、悪いけど、今は説明出来ない。どんな影響があるかちょっと読めないからね」


 影響。

 僕の頭の中にその言葉が認識されてから、胸の中にある魚の骨がちょっと大きくなった。


「ただ、私はあなた方をテービットに会わせる必要があるので、協力する。他の方法はないでしょ?」


 少女の口調は強かった。戸惑っている僕たちを尻目に、少女は肩にかけている赤いポシェットから手帳を取り出し、さらさらと何かを書き始めた。そして、そのページをちぎってマチルダさんに渡す。


「はい、どうぞ。美人できれいなお姉さん」


 マチルダさんは、目をぱちくりとさせながらも、おとなしくそれを受け取る。

 それを確認してから、少女はまた顔に似合わない不敵そうな笑みを見せ、一歩下がった。


「じゃあ、私は出かける所があるから、今回はこれまで。また会おうね」


 少女は手をひらひらと振り、護衛のところへと戻った。すると、少女の動作は最初見たときのような、いかにも育ちのよいお人形さんみたいなものへと戻っていった。


 向こうからお嬢様のもとへ、馬車がやって来る。ただでさえ高いのに、やたらめったら飾りつけられている。値段は倍増だ。

 馬車で外には出られない。町の中でしか使えないのに、お金持ちだなぁ。

 ぼんやり彼女が向こうへ行くのを見送ったあと、まず、マチルダさんが声を発した。


「何なの?」

「さあ。テービットさんの娘さんでしょうかね」

「そげなこと、後でと言うちょったから、ええわい。それよりもバクチク女。あの嬢ちゃんから何もらったんじゃ? 見せてみい」


 トリオに言われ、マチルダさんは紙を開いた。数本の線が引いてある。どうやら地図、それもこの屋敷の地図のようだ。時間がなかったせいか、かなり簡略化されているが、塀の一角にバツがつけられている。これが、あの少女の言った隠し通路なのだろうか。


 僕は一人と一羽を見た。


「信じていいんですかね?」

「いいんじゃない? わたしのこと美人できれいって言ってたし、とてもいい子よ」

「おい」


 トリオの低い声に、マチルダさんはフンッと息を吐く。


「冗談よ。どうせわたしたちだけでは何もできないし、きっかけが向こうから来てくれたんだから、流れにのっちゃった方がいいと思うわよ」

「ワシも串刺し女に賛成じゃ。経験上、こういうのは従った方がうまくいく。どうせ串刺し女の用事なんじゃから、失敗してもええじゃろ」


 マチルダさんとトリオの意見が合ったので、僕は軽く頷いた。

 トリオは翼を軽く動かした。

 ただ、気がかりなことの一つは伝えておきたい。


「あの女の子おかしくないかな」


 僕は言葉を続けた。


「僕たちと話しているときと、家の人に話しかけるとき、口調というか動作そのものが違ったよ。僕たちのときは少なくともお嬢様っぽくはなかったし」

「まあ、こちらが怪しいと思うても、世の中色々な立場のもんがおるからのぅ。お嬢様なんじゃろうから、いっつも、気取っていても疲れるんじゃろ」

「そうなのかなぁ」


 僕は、トリオとは違うように感じた。

 人形のように可愛かったあの女の子。

 落ち着いた態度、口調。

 よく分からないけど、彼女は――

 考えていると、ここ数日軽く痛み始めてた頭がずきりとした。旅の疲れと心労かな。

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