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 その後、聞き込みにより、あの女の子はテービットさんの一人娘だという説が有力となった。年は僕の一つ上の十六歳で、今は亡き彼女の母親と顔立ちがよく似ているので、余計に父親から可愛がられているらしい。


 その結果、とても可愛いけれど、爪先から頭のてっぺんまでお嬢様色で染められた少女になってしまったとのこと。


「この前、うちの隣のミキちゃんが転んだ時なんか、本当に丁寧に手当てしてくれたし、悪い子じゃないんだけどね、甘やかされすぎたのかな。最近は落ち着いてきてるけど、たまにちょっとワガママがすぎるかな、っていうのはあるね」

「お父さんはあんなに親切な人だけあって、ワガママなところはあるけど悪い子じゃないのよ。最近、結構親切だしね」


 聞いているときに、ちょっと首を傾げるようなこともあったんだけど、少なくとも悪い子ではないらしい。彼女のついでに、彼女の父親の評判もどんどんと耳に入ってくる。色々な寄付をしているという話。これはさっきも聞いたけど、町の人たちが言ったことの中で僕たちには当てはまらないことがあった。


「町の人でも、旅の人でも関係なく、門を開けて助けてくれるんだよ」


 もちろん、物騒な人が来ては困るから、門番はちゃんといるのだけど、物騒な人でなければ開けてくれるはずなのだ。それなのに、門番は僕たちを門前払いにした。二十過ぎのお姉さんと、黄緑色の鳥と、十五歳の少年なんて、そんなに物騒には思えないんだけどなぁ。

 そう思い始めたら、都合良くすぐにこんな声が聞こえてきた。


「そういえばね、テービットさん、この前から様子が変なのよね」


 いつもにこにこと優しそうな笑みを絶やさなかったテービットさんが、以前まるで人が変わったかのように使用人を殴ったという。


 そんな情報に耳を傾けてみると、カチリとスイッチでも入ったかのように、随分と情報が増えていった。本当に急に『最近親切になった』彼女の娘とは正反対になった父親の情報が。

 さっきは全くそんなこと聞かなかったのに。


 花屋さんが使用人の友達から聞いた話らしいけど、テービットさんは最近やけに魔法の研究室に籠もるようになったとのこと。


 他にも門と塀の進入防止の魔法は最近になって強力でかつ恐ろしいものがかけられたということや、門番の人が突然見かけと中身の一致したコワモテの人に変わったなど、あまり好意的とはいえない噂もちらほら現れてきた。


 僕とトリオの部屋で、宿屋の食堂で買った弁当を食べつつ、今まで集めた情報をまとめていた。


「怪しいですね」


 僕の言葉にマチルダさんは頷いた。


「そうね。もしかしたら、何かタチの悪いもんにひっかかったのかもしれないわ。いずれにせよ、気になるところよね。正義の味方、マチルダとしてはね」

「え、えーと、いつ正義の味方になったのかは知らないですけど、だったら、やっぱりセ……? じゃなくてア……?」

「仮称でええじゃろ」

「あ、そう? じゃ、仮称テービットさんの娘と思われる子の言うとおりに行ってみるの?」


 トリオとマチルダさんは頷いた。


「すぐにやれる方法はそれしかないからの」

「バカ鳥と被るなんて悔しいけど、同じ意見。胡散臭いけど、他に方法もないしね」


 マチルダさんはじろりとトリオを見る。


「それに、言うとおりにしたら、あの女の子のことも詳しく分かるかもしれないわ。わたしのことを稀代の美女と絶賛するいい子なのは分かるけど、あの感じ、正義のスゴ腕美人短槍使いとしても、気になるところなのよ」

「そこまで言われちょらん自画自賛のうぬぼれ女が正義ちゅうのも胡散臭いんじゃが、そうじゃな。あの娘、ただのお嬢様には見えんしのう」


 こくこく、と一羽と一人はもう一度、同じタイミングで首を振る。


「じゃ、じゃあ、テービットさんの娘と思われる子の言うとおりにする、で決まりだね」

「そういうことね。そういうわけで、今日は夜に向けての準備と、休息にあてましょう。何がどうなるか分からないもの」

「はい。じゃあ、僕は買い出し行ってきます」


 僕は荷物を持ち上げた。トリオは僕の肩に飛び乗った。


「ワシも行くか?」

「大丈夫。トリオ、ずっと飛んで疲れているだろ。僕も肩重くなるから休んでいてよ」


 旅立ってから気付いたが、飛ぶ行為は結構疲れるらしい。彼は頻繁に僕の肩で休んでいた。トリオは申し訳無さそうに言う。


「そうか。すまんな」


 マチルダさんは立ち上がった。


「わたしはこの前買ってから特に減っていないから大丈夫よ。宿屋の人に伝えてから、ちょっと寝てくるわ。困ったら声かけてね」

「ユウ、串刺し女に声をかけるときは、ちゃんとワシも連れて行くんじゃぞ」


 この鳥は、危機管理が凄すぎる。過去の自称とんでもない美形時代に何かあったのだろうか。


「なによ、心配しなくても鳥なんかに手出さないわよ」

「ワシに手を出さんとしか言っちょらんじゃろうが! 大人として、ユウに降りかかる危険を守らんといかん!」

「なによー、黄緑色のバカ鳥が。独占欲丸出しね」


 二人はそれからしばらく言い合い、マチルダさんは部屋を出ていった。トリオは頭にピンと立っている羽を細かくと震わせた。


「あ、あのぉ……。トリオ……」


 その言葉は届かず、トリオはぶつぶつと呟いていた。


「まったく、何なんじゃ、あんアマは! 子供にぐいぐい行こうとしちょるし、短槍以外は全然ダメじゃい。まあ、それだけならギリギリ許してもええんじゃが……」


 トリオの表情が変わった。


「と」


 ずっとトリオの名を呼んでた僕だが、トリオのその表情を見て思わず口をつぐんでしまった。


 何故なら、今のトリオは、マチルダさんと低レベルな口ゲンカをしている時とは雰囲気が違う、とても深刻そうな表情だったから。鳥類の表情が、僕が判断した通りの意味でいいのだったらなんだけど。

 トリオは溜め息をつき、俯いた。


「……何で、あんなにニルレンに似ちょるんじゃ」


 僕は息を飲み込んだ。

 今だに僕が部屋にいるということが頭から抜けているトリオは、そのまま布団の中にもぐり込み、そして眠ったらしい。寝息が聞こえた。

 僕はそっと部屋を出ることにした。





 まずは怪我に効くイルスコ草の確認。今までバールーン以外の魔物に会ったわけではないから、全然消費していない。母さんが社割で沢山買い込んでいるし、これは買い足す必要ないな。同じ理由で魔法の札も買わないで良さそうだ。


 でも、ホハムの実は買っておいたほうがいいだろう。ホハムの木は魔力が蓄えられやすく、その実にも濃度の濃い魔力が蓄えられているのだ。そして、それを食べると木の実の魔力を自分のものとして使うことが出来るようになる。


 僕は、面倒な呪文を必要とする魔法の札を使わないで、自然界にある魔力をそのまま使えるほど、魔法の知識があるわけではなく、ちょっとした魔法でもすぐに自分の魔力を使い切ってしまう。だから、母さんが買い込んでいるとはいえ、追加で買っておきたいところなのだ。


 僕は棚に並んだ商品を見てみた。


「でも、干したのだけっていうのも、飽きるんだよなぁ……。あ、ゼリーキャンデーは初めて見た。美味そー。これも買おう」


 ホハムのジャム、ジュース、パン、クッキー、乾麺、ふりかけやその他たくさん--さすが都会。ホハム関連だけでも、色々な商品か並んでいる。いくつか試食してみたが、けっこう美味しい。ホハム茶っていうのもあるけど、これは美味しいのかなぁ……?


 その他使いそうな物、主に食料と消耗品を適当に買ってから、僕は雑貨屋を出た。次は余計なものを処分しておかなくてはならない。

 荷物入れには圧縮の魔法がかかっているとはいえ、邪魔なものは邪魔なのだ。


 つまり、あの剣――


 魔物を攻撃できない剣は金物屋さんに引き取ってもらった。処分料はちゃんと払った。

 それにしても、僕の周りには物を売っていた冒険者たちがいたけど、馬のフンとか水鉄砲とかどこで手に入れたんだろう。そしてどうして売る気になれるんだろう……。


 重そうな鎧をつけた戦士の人や、ベールを被ったきれいな魔法使いのお姉さんを見ながら様々な疑問が生じたが、気にしないようにした。全然関係ないことを考えて気がそれたのか、突然疲れてきたし。


「こんなモノかな」


 元々、食料を除けば、まだそんなに物を消費するようなことはやっていない。僕が思いつく準備はここまでだ。後、何が足りないと言われても、僕には分からない。


「ただいまー」


 フミヅキ亭に戻り、僕は部屋の扉を開ける。

 まだトリオは眠っているのだろうか。

 そんな疑問を抱きながら、僕はトリオが俯いたときの様子を思い出した。


 幸福なことに、僕は同じような目には今まであっていない。でも、大切な人の姿をしているのに、全くの別人と、一緒に旅するというのは――その人じゃないと思おうとして、あんなに目茶苦茶なことを言っているのかもしれない。

 基本的には結構いい人? 鳥だとは思うんだけどね。


「トリオ!」


 僕は毛布のこんもりとした部分に声をかけた。動かない。

 しょうがないので、何回か大声で言う。そうしたら、もぞもぞとして、トリオは毛布から黄緑色の頭を突き出した。


「……戻ってきたか、ユウ」

「買い物行ってきたよ」

「そうか。すまんな。夕飯までワレも寝ときい。どうせ今日は徹夜じゃろうしな」

「そうだなぁ」


 僕は軽く背伸びをし、服のホコリをはらってから、トリオを端に寄せてベッドにもぐり込んだ。買物が疲れたのだろうか。僕はあっさりと眠ることが出来た。

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