お金持ちとコワモテとお嬢様と

3.(1)

「そうだね。あたしゃ、そういうのは良く分からないけれど、テービットさんなら知ってるかもしんないねぇ」

「テービットさん?」


 昨日の夜から、僕たちが泊まっている宿屋『フミヅキ亭』のご主人は、本当に気の良さそうな笑顔を浮かべることが出来る、優しそうな人だ。いい人オーラが内面から溢れ出ているような感じなんだよね。

 営業用かもしれないけど。

 そんなご主人は、僕が魔力の泉について聞くと、にこにこと答えてくれた。


「ああ。このフミの町でも有数の富豪の人でね、お金持ちなのに、そんなことを全然鼻にかけないで、貧しい人たちに色々寄付してくれる気のいい人なんだよ」


 このご主人にそんなことを言わせることが出来るなんてよっぽど気のいい人なのか? いや、このご主人だからこそ気のいい人と判断した人なのだろうか。


「はあ。で、でも何でそのテービットさんが魔力の泉について詳しいんですか?」

「テービットさんは頭が良くてね、魔法の研究もしているんだよ。そういう人だから、ここらの魔力の泉についても詳しいんじゃないかねぇ」

「そうですか」


 ありがとうございます、と僕は言い、部屋に戻るために階段を登った。登る途中で、僕に気付かない他の客とぶつかりかけたのはここだけの話。魔除けワッペンはいつものようにピカピカしているのにな。

 部屋の扉の前に来ると、ぎゃーぎゃー騒いでいる声がした。

 ……まだやっているのかよ。

 全く想像がつかなかったというわけではないけど、僕は呆れた。あの一羽と一人は、一日に何回言い合いをすれば、気がすむのだろうか。


「……ただいま」


 僕は扉を開いた。

 騒ぐ声が、ダイレクトに僕の耳にやって来た。


 うるさっ!


 これ以上他の宿泊客の迷惑になることをしてはいけないと思い、僕は急いで部屋の扉を閉めた。

 帰ってきた僕に気付かず、トリオとマチルダさんは相変わらず口ゲンカだ。マチルダさんは別に部屋を取っているんだから、そっちに戻ればいいのに、わざわざやって来てトリオと言い合っている。

 僕は黙って目を瞑り、右手を挙げた。そこから、ピカリと真っ白い光が溢れ出る。僕自身の存在が薄くても魔法の存在まで薄くなるわけではない。

 案の定、トリオとマチルダさんは息を飲み込んで、黙った。

 僕は右手を下げ、目を開けた。目を瞑ってもやっぱり少しは眩しかった。目を瞑っていなかったので、僕より余計に眩しかったのと、僕の突然の行動に驚いたらしい一羽と一人は黙って僕を見ている。僕は言った。


「他のお客に迷惑になるんだから、ちゃんと静かにしなよ」

「そ、そうね……」

「ユウ、だんだんやることが過激になってきちょるのう……」


 手をパンパンと叩いて、僕は溜め息をついた。


「ま、この数日で苦労したからね。大丈夫。他の部屋には漏れないように調節してるからさ」


 今までも苦労しなかったわけではない人生だけど、トリオと出会ってからのこの数日間の濃度は結構なものな気がする。特に昨日の夜から。人と鳥の間に立つというのも大変なものだ。


「あのさ。魔力の泉について、一応宿のご主人に聞いてみたけど、この町の富豪のテービットって人なら詳しいかもしれないって」


 僕が言うと、トリオは翼をばさりと動かし、僕の顔に風を送った。


「こりゃ、ユウ! いつの間に串刺し女側に立ったんじゃい」

「そりゃあ、黄緑のバカ鳥よりは、美人で強くて優しいわたし側に立つほうがいいって、ユウ君だって分かるわよ」


 勝ち誇ったように言うマチルダさん。


「別にどっち側に立つっていうのはないけど、お互いの目的を効率よく進めていく方がいいだろ」


 僕はため息をついた。


「だってどこか知らないけど、トリオの目的地まで行くのは遠いでしょ? それなら、強い魔力について調べながら行くほうが、無駄がないかなって思――って、聞いてないんだね」


 僕が恨みがましく右手を挙げようとしたら、一羽と一人は黙った。僕はもう一度同じ言葉を繰り返し、一羽と一人を見た。

 まず、マチルダさんが頷いた。


「ま、どんな理由にしても、情報集めてくれたのには感謝しちゃうわ。さっそく、そのテービットさんのところへ行くとしましょうか」

「こりゃ、串刺し女がしきるな!」

「いいじゃない、ねえ、ユウ君」

「気軽にユウに手を出すな!」


 二人の言い合いから一歩引いたところで僕は言う。


「どうでもいいから、早く行こうよ」


 もしかしなくても、トリオを連れてマチルダさんと一緒に旅をするのは間違っていたのかもしれない。時間と労力のコストが一人と一匹だったときの何倍かにはなっている気もする。いくらかコストダウンしなくては、僕の身がもたない。

 マチルダさんが仲間になってからまだ一日も経っていないが、僕は、早々とそう感じるようになっていた。





 僕たちは、宿のご主人にテービットさんの家への行き方を教えてもらい、宿屋の外へと出た。昨日は暗い時にここに来たせいか、明るい空の下に見えるこの道は、昨日通った道とは思えない。初めて来た全く新しい道に思える。

 僕はお上りさんよろしく首を回し、あちこちを見た。

 人がたくさん歩いている。


「話には聞いてたけど、本当に賑やかな町なんだ」

「そうね。首都ワシスとは反対側だから、ウヅキ村のユウ君にはあまり縁はないかもしれないけど、ここの町はオータ地方側で言うと、ワシスとの中継地点なの。だから、人の行き来が多いのよ」


 マチルダさんはそんな説明をしてくれた。地理の授業で内職しながら勉強したにせよ、実際見ると刺激的だ。さすがにワシスには劣るが、人の数、建物の数、活気。全てのものが、この町は発展しているということを表している。

 国で一番発展しているワシスに行ける立地とはいえ、これほどには賑やかではないウヅキ村の僕としては、かなり新鮮だ。


「すごい、成金ぽい店も……」


 ここ数年の間で、急成長をとげているようなギンギラギンに新しいたたずまいの店が、窮屈そうにいくつも並んでいるのを見て、僕は驚いた。


「なんじゃ、ユウ。ワレも一発大もうけしたいのか?」

「まあ、出来るもんならしてみたいけど」


 だからといって、そんなに大もうけしたいと騒ぎたてるほどでもない。まあ、ごく普通の人が考える上昇思考程度だ。


「若いんじゃから、夢はでっかく持った方がええぞ。色々考えても、結局、どんどん現実的な考えに纏まっていくからのぅ」

「魔王を倒した割に、随分小粒な意見だね」

「別にワシが主体じゃなかったからのぅ。単に、ニルレンの付き添いじゃったわけで」


 トリオは妙に他人事ではある。

 僕としては、魔王なんてとてつもなく強そうなのを倒すことを、現実的な選択にしたというのがよく分からない。僕はとてもじゃないが、そんなことやろうとは思えないし、地味で目立たない僕にはそんな実力もないだろう。

 僕らの会話を聞いていたマチルダさんは、くすりと笑った。


「でもー、でっかい夢持った結果が、鳥にさせられるというのなら、わたしは勘弁したいわねー」

「何じゃい、鳥にさせられたのはそん後じゃ」

「フォローになってないよ。トリオ」


 そんな会話を繰り返しながら、僕たちはテービットさんの屋敷の門まで向かったのだった。

 僕はその門を見上げて驚いた。高さは年齢別平均身長くらいの僕が三人肩車しても全然届かないくらいあり、とても頑丈そうだ。もちろん、高等な魔法使いがかけたと思われる、強制進入防止の呪文もかかっている。

 マチルダさんは、門を見て感嘆の声をあげた。


「へぇ、お金持ちだけあって、用心は凄いのね」

「当たり前じゃろ。ワレみたいに、価値のあるもんはその盗んだ短槍ぐらいの小者とは違うんじゃ」

「失礼ね。盗んでないわよ。旅立つ時に師匠から貰ったんだから」

「こういう所で、盗むとか言わない方が言わない方がいい……」


 食堂で『食い逃げ』という言葉を言うぐらいに物騒だ。僕は門番をちらりと見た。警戒されて、下手な騒動を巻き起こしかねない。


「そうね。じゃ、まずあそこの門番さんに話しましょうか」

「こんなちゃんとした家で、面会の約束も取りつけずにどこの馬の骨ともしれない串刺し女が突然話しかけてええんか?」

「宿屋のご主人は、テービットさんも門番さんも気のいい人だからいつでも大丈夫とは言ってたよ。でも、あそこまでコワモテの門番がいると聞いた覚えは……」


 コワモテだけど、実は気は優しくて力もちってやつかもしれない。だけど、門を見ただけで怖じ気づいてしまった心は、何もかもが心配だと訴える。

 しかし、ここでこんなことをしていてもしょうがない。ということで、マチルダさんは勢いよく短槍を地面につき門番の人に話しかけた。


「すみません。わたし、旅人のマチルダと申します。ここのご主人にお目通り願いたいのですけど……」

「今日旅人が訪ねてくるというのは聞いておりません。お引き取り下さい」


 マチルダさんの言葉に対して、門番の人は見た目の通りの反応を返した。


「でも、どうしても会いたいんです」

「許可を取ってから来てください」

「でも……」

「駄目です」


 彼女の忍耐はここまでだった。短いな。

 マチルダさんが無表情で俯き、短槍を握り直したのを、僕とトリオは見逃さなかった。僕とトリオはマチルダさんの手を止め、後ろへ下がらせる。


「ご……、ご迷惑をおかけしましたぁ!」


 そのままグイグイと力任せに引っ張り、僕たちは門から少し離れたところへと行った。案の定マチルダさんは暴れる。僕とトリオは必死に彼女を抑えようとしたが、そんなのでおとなしくするマチルダさんではない。


「何よ! 離してよ! あんなのわたしの短槍にかかれば!」


 暴れるマチルダさんの肩に乗り、トリオはぺしぺしと翼で頭を叩いて、強く言う。


「アホ! 何でもかんでも暴力でまかり通らせようとしてどうするんじゃ! もっとアタマを使うんじゃこのイノシシ女! 鍋にでもなりたいんか!」


 僕もトリオの言葉に同意する。


「そ、そうですよ! 大体、あの門には強制進入防止の呪文がかかっているんです。無理やり進入したら、危ないです」

「えー。じゃあ、どうするっていうわけ?」

「面会の約束をとりつけるアテを探すに決まっとるじゃろ! まったく、槍振り回しすぎてアタマわいとんのか活火山女め」


 ぶつぶつ言いながら、トリオは僕の右肩に移動して翼を組もうとした。どうやら腕組みのまねごとをしようとしているらしい。つられて、僕も腕組みをする。

 不満そうなマチルダさんに僕も言う。


「えーと、こっそり進入するっていうのは、多分無理だと思いますよ。学校で習った程度の僕の魔力じゃ、あんな強そうな魔法をどうにも出来ないし、そもそも犯罪だし。許可を求める方法を考えるのがいいと思います」

「どうやって許可取るの?」

「今、この状況でユウが分かるわけないじゃろ。短絡的すぎるわ」


 マチルダさんが短槍を振り上げかけたので、僕は大急ぎで言った。


「とりあえず今の時点では、情報集めましょうよ! フミヅキ亭を拠点にして!」

「ユウの言うとおりじゃ。そもそも門番の人が聞いていた話と別人なんじゃから、話の齟齬を確認すべきじゃ」

「うー、そうねぇ」


 まあ、本来の目的に支障ない程度にしか動けないけどね。

 あまり上手くいくとは思えない今後の行動について話し合った僕たちは、記念というわけでもないが、何となくもう一回門のところへ近づき、眺めてみることにした。

 やっぱりとても大きい。

 さて、これからこれをどうやって攻略すべきなんだかね。

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