旅立ち前の卒業パーティー

【閑話】(1)

※閑話までは旅立ってませんが、一応関係あるためお付き合いください


 そういうことで、僕は突然旅に出ることが決定した。


 ……はあ。


 父とトリオの朝食後、三人と一羽で役場の休日窓口で冒険者登録を終えた。そして村のレストランで昼食をとって帰宅した。


 両親たちは今すぐ出かけさせたかったみたいだけど、一緒に旅に出ることになったトリオの言葉で、何とか二日間は猶予をもらうことが出来た。


 愉快な見かけの割に、案外トリオはまともだった。孵化した直後以外は割と落ち着いた様子で、手続きなり、旅の方法なり、僕の両親と大人の会話をしている。


 孵化した直後は凄まじかったけど。


 まあ、同棲している彼女が家に帰ってきたと思ったら、二百年後に飛んでしまったり、鳥の姿だったりしたら、出た直後くらいは多少は混乱しちゃうよね。一時間で落ち着いたと思ったら早い方か。


 彼も気の毒とは思うけど、僕の処遇については、やっぱり理不尽な気がしてたまらない。帰宅してからの大人達の話を聞いても興味もないので僕は僕は自室に戻り、頭をかかえた。


「あのクソ両親め……」


 控えめな反抗期だし、下手なゴタゴタは苦手なので、本人達の前でそう言うつもりはない。


 でも、ほんのときたま、せめて勝手に旅立たされることになった時くらいには、そんなことを呟かせてもらわなくちゃ、僕のココロの安定上非常に大変よろしくない。


 旅立つ準備は、荷物だけじゃないんだから。


 そう、例えば友達に挨拶をしておかなくちゃ。また戻ってくるとはいえ、黙ったまま去るだなんて、こっちだって気分が悪いし、薄情なやつだと思われてしまう。お土産も渡すだろうし。


 僕はもう一回溜め息をついてから、居間に行った。鼻唄を歌いながら、何やら小さい袋を縫っている母さんを見つけた。


「るんるんるーん。でっかけよぉー。コルベスどんのお屋敷にー」

「ちょっと、出かけてくるから」

「ネコも卵もカモもとめ針もぬい針もー。ぼくたちと一緒に行っこおよー」


 僕が声をかけても、母さんは歌っているままだ。


「母さん!」


 僕は声を張り上げた。

 母さんはようやく気付き、僕の胸元の魔除けのワッペンを見てから、僕を見た。


「あら、どうしたのユウ」

「ちょっと出かけてくる」

「そう? あんまり遅くならないでね」


 にっこりと笑った母さん。僕が頷くと、母さんはまた歌をうたいはじめた。


 普段お堅い仕事をしている反動なのか、今母さんは人形劇サークルを何よりの楽しみにしている。その演技はなかなか凄まじい。


 そうか。旅に出てしまえば、「君のお母さんって、まさに迫真の演技だよね」と僕に言う人もしばらくはいなくなるのか。


 そう、旅に出ちゃえば……。

 出なかったらいるんだよな……。


 ジレンマにするには下らないような気もするその思いを抱えながら、僕は玄関から外へと出た。




「え? ユウ、旅に出るのかよ!」

「うん、まあ……。受験終わったし、休みの間だけだけど」


 三軒向こうに住んでいる、僕の幼なじみトビィは、驚いた顔で僕を見た。


 まあ、当たり前の反応というやつだ。長期休みで近場に旅に出る人もたまにいるけど、僕が旅に出るなんて今まで言ったことないし。


「すっげー。同い年から冒険者が出るなんて」

「いや、外にいくために登録はしたけど、別に冒険者になるつもりは……」

「またまたぁ、謙遜するなよ。でさ、冒険者ともなるとやっぱり仲間いるんだろ?」

「まあ、一応……」


 黄緑色の鳥が一羽ほど。


「もう、あれだろ。並み入る魔物たちをばったばった倒すんだろ?」

「そ、そんな事態になるのか?」


 出来ればならないでほしい。


「平気へいき! お前、進学できるくらいに魔物学と剣術できるしな。それだったら、大丈夫さ!」

「……そ、そうかな?」


 確かに僕は中級学校の受験に受かったけど、そんな山ほどいる。僕なんてやっぱりその中の一人にしか過ぎない気がするよ。得意なのは魔工学だし。


「やっぱり、俺みたいな警備団就職とは違うよ」

「警備団になれるほど、剣術と魔法ができる方がすごいと思うけどなぁ」


 ウヅキ村の初級学校は基本的には十五歳までで、後は僕みたいに隣町の中級学校に進学予定の人もいるし、トビィのように就職する人もいる。半々くらいかな。


 僕はトビィのように初級学校で就職して食べていけるほどとがった特技もないから進学することにした。


「で、えーと、旅立ちは明後日だよな」

「ああ」

「じゃあ、明日はユウの送別会だ! みんなにも声かけておくからな!」

「え、あ、ありがと」


 結構急だから迷惑なような気もするんだけど。でも、トビィの気持ちは有り難い。


「いいってことよ。お前とはもう十四年と十一ヶ月と二十三日くらいの仲だ。そんぐらいのことをしなきゃ、罰が当たるさ」


 そういや、トビィは今月十五歳になるんだった。今年は、誕生日を祝ってあげることが出来ないのか……。悪いなぁ。明日何かプレゼント渡しておくか。


「それよりもな、お前旅立つ前に心残りのことは全部すませておけよ。例えば、エイナのこととかさぁ」

「は、エイナ? 何で突然?」


 予想もしなかった人名に、僕は大きく瞬きをしてしまった。それから、じぃっとトビィを見つめた。


「そうだよ。エイナ。お前、あいつに気があったんだろ?」

「う、うーん……? かわいいとは思うけど、でも、俺、エイナのこと『可愛い』としか言っていないと思うけど……」

「何訳分からねぇこと言ってんだよ。『ワタシ、ユウのコトずっと待ってるからぁっ』って言われたいだろ? これが旅立つ男の醍醐味ってやつなんだろ」

「エイナそんなこと言わないと思うし、それが醍醐味なのかも知らないし……」


 言いながら、僕はエイナの姿を思い出した。


 年は僕と同じ十五歳。いつもベージュ色のみつあみを揺らしている、ここウヅキ村一帯では一番の器量良しと、かなり評判の清楚な感じの女の子だ。


 競争率も高いので、自分で言うのも何だけど、ジミでおとなしめの僕みたいのが近づいても意味がないというのは確実だ。


 可愛いなぁ、とは思っても、その辺で止めておくような程度しか出来ない。


 実際、その辺で止めておく程度の感情だし。顔だけならもの凄く可愛くてたまらないんだけど、別に僕のタイプじゃないし……。


「おい、ユウ! お前また小難しいくっだらねえこと考えやがって。男は度胸だ! 押しの一手だ!」

「って言っても、それで何人の子にフラれたっけな」


 間髪いれず、僕の顔面に拳が飛ぶ。僕は慌てて体を反らしたが、避けた方向が悪かったらしい。バランスを崩して尻餅をついてしまった。いてて、と呟く僕を、トビィは勝ち誇るかのように見下ろす。


 ……ガキめ。


 トビィは僕の睨みを無視して、話を進めた。


「人が言われて嫌なことを言うやつは、女の子に嫌われるぞ。ユウ」


 別に女の子に限った話じゃないんじゃないだろうか。


「好かれようと必死になりすぎるサマも嫌われるじゃん」


 今度はキック。

 僕はジャンプした。


「まあ、それはいいとしよう」

「そーだと嬉しいな」

「よし、話を変えよう。例えばお前が淡い初恋を胸に秘めて、そのまま淡い期待を胸に抱いたまま、ウヅキ村に帰ってきたとき、初恋の人がすでに既婚者だったらどうする? 旦那さんは二つ年上、子供は三歳と六歳だ」

「そりゃ諦めるしかない──って言うか、俺入学する頃には帰ってくるし、何年間帰って来ないんだよ! やけに具体的な話だし!」


 トビィはやれやれと肩をすくめた。


「お前なぁ、そう思っているからいけないんだ」

「でも人の家庭を壊すわけには……」

「安心しろ。旦那さんは五つ年下の未亡人と不倫。今、共通財産と子供の親権を巡って、ワシスの王国裁判所で裁判中だ。お前が壊す前に、とっくに壊れている」

「……トビィ、何かそういう本でも読んだの?」


 というか、何で離婚裁判で首都の王国裁判所なんだよ。王国裁判所は国家犯罪とか大犯罪を裁くための裁判所だぞ。


「おふくろがタンスの裏に隠し持ってたエロい本!」

「……おばさん」

「共通財産も親権も失い、信じられるもの全てを失ってボロボロの彼女のところに、かつて彼女の前から姿を消した男の影が。懐かしいその男は、未だ彼女を忘れられないと照れ臭そうに言う。治せないと思っていた心の傷を、幸福という言葉で男は癒してくれた。そして二人は真実の愛を──」


 女性向けってそういう感じなんだという驚きと、それを読むおばさんの顔のちらつきで、頭がごちゃごちゃする。


「別に告白しなくたってハッピーエンドじゃないか。ごたごたあるけど、一応。あ、でも裁判負けたばかりの人と、旅から帰って来たばかりの人じゃ財産もなくてこれから大変かもしれ」


 言い終わる前に、今度はボディブロー。避ける方法を思いつかなかったので、僕は鳩尾を腕で庇った。トビィの拳が当たって、ちょっとじんじんする。


「痛えよ!」

「あーだこーだ言うな! とにかく告白だ。告白! コクっちゃえ!」

「何だよ最後の一言は!」

「茶目っけだ」


 トビィは僕の首ねっこをしっかりと掴んだ。


「さあ、行くぞ。エイナの家に!」

「行くって、俺、まだ挨拶するところが……」


 ここまで突っ走っている友が、そんな言葉を聞いてくれるわけもない。僕はそのままトビィにひきずられるように、エイナの家へと行くことになった。


 何か、結局僕こうやって流されるんだよな。僕は。

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