1.(4)
食卓には目玉焼きとトーストと牛乳とコーヒーが並んでいる。
その横にちょこんと立った鳥は、僕ら一家三人を見回した。
「最初に名前をゆうた方がええか。ワシの通称はトリオといいます」
父さんが朝食を準備している間に何だかんだ落ち着いたらしい。案外口調は柔らかだった。随分緩いしゃべり方だけど。
僕の頭の中に『鳥男』という言葉が浮かんだのは、ここだけの話だ。
「名前知らんで話進めんのも会話がしにくい。名前も教えてくれんですか?」
「そうだね。じゃあ、一家を代表して僕が紹介しよう。さっきも言ったけど僕はユキ。妻はウミ。息子がユウさ。よろしく」
何か変わった言葉遣いだけど、一応丁寧語っぽいトリオの言葉に、父さんは礼儀正しくお辞儀をした。母さんと僕も軽く頭を下げた。
「ユキにウミにユウか。よろしくお願いします。あ、お三方集まっちょるので最初に」
トリオはばさりと羽を動かした。
「助けてもらっちょってありがとうございます。」
深々とお辞儀をした。割と義理堅いっぽい。
「ワシのこと話させてもらいますが、実を言うと、ワシの今のこげな姿は本当のもんじゃないです」
それはさっきも言ってたから分かってる。僕はコーヒーをすすった。
だが、父さんと母さんは初耳だ。ばかばかしいくらい、見事に息を呑み込んでいる。
トリオはその態度に一歩引きながら、さらりと言った。
「ワシの本名はトリオルース・ナセルゆいます」
僕のコーヒーは気管に入った。
大きくむせて、咳をする。
「そこの息子さんがニルレンのことゆうちょったが、じゃったらこの名前も聞いたことがないかと……」
トリオは期待をこめて、涙目の僕を見た。
「そりゃ、まあ聞いたことあるけど……。魔法剣士トリオルースは……」
かつて大魔法使いニルレンと共に戦った偉大なる魔法剣士トリオルース。ニルレンの仲間で一番有名な人物だ。むしろ他は知らない。
「それがワシです」
「ええっ?」
「まあ素敵!」
「そりゃ凄い!」
……だれがどの言葉を言ったのかは想像がつくだろう。とりあえず、僕は感動はせずに、ただ驚いた。
「そんな……。トリオルースがこんな……」
こんな変なゆるい言葉使いの人物だったなんて。いや鳥か。
僕は少なからずショックを受けたし、そんなの信じたくなかった。
だから、こう聞き返した。
「……でも、トリオルースは二百年前の人だよ。何で今、鳥の姿?」
「ニルレンのせいかと思います。おそらくじゃけど」
そしてトリオは話し始めた。一応言葉もそのまま忠実に再現しよう。
そうじゃの、あれは仲間達と魔王マグスを倒して、ワシとニルレンが城にその報告をした後ぐらいじゃったんですがね。
城におっても昔の生活はできんじゃろうしと、タマとベンも連れて、二人で城下町の近くの村外れに家を借りてですね。
そんなある日、ニルレンは用事があってタマとベンと一週間いかんくらい出かけちょって、ワシは留守番をしていたんですがね――
「あのー、話のコシ折って悪い気もするんだけど、質問いいですか……?」
「何ですか?」
「タマとベンって……」
そんな名前、どう考えても。
「ああ、タマは猫でベンは猿ですね。あいつらはそんじょそこらの人間よりは頭が良うて、大切な仲間でした」
トリオは穏やかに言う。
「あ、そう……」
歴史の教科書にはニルレンとトリオルースの二人しか載っていない。魔王相手に二人っておかしいと思っていたのだけど、何だか納得出来た。
でも、仲間と家を借りたって言っても、ただのペット付き同棲にしか思えないのは、僕が俗っぽい人間だからなのだろうか?
ニルレンって女性だし。要はそういう仲なんでしょ?
……話を続ける。
「ニルレンが帰ってきたんで迎えたんじゃが、そしたらニルレンが間髪入れずに杖を振りよってですね」
「で?」
「ワシは体が妙なったような気がしたんです。それで、狭い所へ閉じ込められたと思った瞬間、視界が開けて、息子さんがおってです」
「……結構あっさりしてる」
帰宅したニルレンがトリオに魔法をかけて卵にした。で、ここにいる。余計なものを省いたら、この一言だけですんでしまう。
「で、どうするんですか?」
僕が確認すると、トリオはばさりと翼を動かした。
「元に戻りたいところじゃが、ワシ自身にゃこの魔法解く力なさそうじゃから、ちょっと心当たりの場所に行こうかと思っちょってですね。ワシのホンマの凛々しい姿見せちゃろうかと」
「それは別にどうでもいいけど、二百年前の話ですよね。場所分かるんですか?」
「まあ、一応行けと言われた場所があってですね、どうにかするしかないんかなぁと」
「ふーん。最近は物騒になっているから色々と大変かもしれないけど、頑張ってくださいね」
僕がそう言ったら、両親は驚いた表情で互いを見合い、同時に頷いた。受験も終わった気楽な時期のはずなのに、試験前日の寒空を思い出すようなひんやりした空気になった。
何なんだ?
頭をひねったら、父さんが口を開いた。
「ユウ」
「何、父さん」
「君は、何で自分の名前がユウなのか知っているだろ?」
突然の脈絡ない話に驚いた僕だが、頷いた。
「父さんのユキと母さんのウミの頭文字でしょ」
「ちがぁあう!」
「ああ、ユウがこんな子だったなんて、母さん悲しいわ」
日頃穏やかな父さんが見たこともないほどの表情で怒鳴り、母さんは両手で顔を隠ししゃがんだ。泣いているのか?
そして父さんは言った。
「君のユウは勇者のユウなんだ! 父さんたちは勇者が好きだからなぁ!」
「そうよ! 勇者は困っている人の手助けをするの! ここに来たばっかりのトリオさんに何てこと言うの! ついて行きなさい!」
「しかも、勇者の仲間のトリオルースさんだからちょうどいいじゃないか!」
握りこぶしを作った父さんと、やっぱり泣いていなかった母さんが力強く言った。
そんなの勝手な言いぐさだ!
だいたい、今まで一回もそんなの聞いたことがない。
「……そんなの言われても」
「うーん。確かにご時世もよく知らん中、向かうのも大変じゃが、そもそもこの位の年の村の子供は旅じゃなくて学校に行くもんじゃないですか?」
「そうそう。僕は学生。冒険者ではない」
見かけ以外は案外真っ当そうなこの鳥を、僕は支持した。
だが、この両親は。
「大丈夫! ユウは進学も卒業も決まった暇人だ! 長期休み含めて一ヶ月半から二ヶ月は時間をとれる!」
「こんな機会普通はないわ! 進学前のモラトリアムをだらだら過ごすよりも、勇者の仲間と旅に出て世間を知った方がいいわ! どうせやることないじゃない!!」
なんだこの親。
「まあ、誰かおった方がええのは確かじゃし……保護者が言うなら……?」
トリオは首を捻っている。案外流される鳥のようだけど、保護者はともかく、当事者の意見を!
「いや! それは!」
絶対に嫌だ。
それを伝えようと、僕はこの十五年の人生の中、かつてないほど必死で腕を振り、必死にアピールした。
だが、人は僕の努力を認めてはくれない。
「そうよ。旅をして努力をするの。ひたむきな努力は必要よ。私も研究室の主任技師になるまでの道は努力したもの」
「そうだね。微力ながら支えてきたとは自負しているけど、僕がそうしたいと思うほどの努力をしてきたウミは素晴らしかった。辛いことを乗り越えるという試練も、時には必要だ」
「うふふ、ユキがいなかったら無理だったわ」
「試練とかはよう分からんけど……、まあ、人様のお子さんじゃし、なるべく危険がないようにはするから、安心してください」
両親は二人の世界に入ってしまった。トリオはそれに若干引きながら、ゆるゆると了解している。
「ちょ……ちょっとぉ……」
「なら、出発はいつにするかい? こういうことがいつか来ると思っていたから、道具準備の脳内シミュレーションは完璧さ! すぐ準備しよう」
こういうことって何だよ!
「モラトリアム期間の冒険は定番よ! 若い頃母さんもやったわ。学生向けの冒険者登録をしにいくわよ!」
長期休みだし、やりたいことあったんだけど!
「ま……まあ、心の準備というものもあるじゃろうし、休みが長いなら、二日三日はその期間ちゅうことにした方がいいんじゃないですかね……」
「ねえ……」
僕は主張しようとする。
「そうね。わたしも今日のうちに準備しておかなきゃ。三日後、寂しくて泣いちゃうかもしれないわ」
「泣くぐらいなら旅立たせないでくれよ……」
僕は言う。
「おいおい、息子の門出なんだから、しっかりと見送らなきゃ駄目だよ」
「父さん母さぁん……」
僕は必死に喋っているのに。
僕の言葉には誰も耳を傾けてはくれない。
勝手に話は進んでいく。
…………。
と、いうことで。
突然ながらも、僕は旅に出ることになった。
……はあ。
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