【閑話】(2)

「いいか。まず相手の目を見ろ。これが肝心だ」

「はいはい……」

「次に声だ声。変に甲高かったら、うすっぺらく思われる。包容力のあるしっかりとした男と思われたかったら、落ち着いて喋るんだ」

「はいはい……」


 トビィは一つひとつ丁寧に僕にアドバイスをくれる。有り難いといえば、大まけにまけて有り難いのかもしれないが、彼がその方法で成功したというのは聞いたことないんだけど。


 適当に流しておこう。


「よし。これで俺のレクチャーは終わりだ」

「あ、そう」

「なあに。礼はそうだな。うん。お前が前に見せてくれた、エミリーちゃんの生写真でいいや」

「何でだよ!」


 僕の大切なコレクションの一つを出してきやがった。


「あれはエミリーちゃんのあのポーズが、もう男としては大変……」

「やらない! あれを手に入れるためにどんな苦労したことか!」

「いいじゃん。どうせ旅出るんだろ。おばさんに見つかるよりは、俺に預けたほうがいいぞ。絶対」

「う……」


 確かにそうだ。母さんにアレが見つかった日には、恥ずかしくて家に帰れない──

 でも、誰がやるものか。

 僕は長期休暇中に整理しようと思っていた中から、処分して良さそうな物を思い出し、人差し指を立てた。


「アイサの焼き増し写真のセットじゃダメ?」

「却下」


 中指も立てる。


「イリーのポストカードもつける」

「もう一声」


 薬指。


「プラス、ポーラの焼き増し写真、サイン付き」

「よし、それでいい」


 僕とトビィは握手をした。商談成立だ。

 何とか生写真は死守できた……。って、ちょっと待て。何で僕がトビィにポストカードやら写真やらをあげなきゃいけないんだ?

 気付いたが、トビィは素知らぬ顔で笑っている。

 そこには抗議の余地がない。

 ……処分しようと思ってたものだからいいんだけどさ、うん、誕生日プレゼントで他の処分品も押しつけとこう。


「よし、商談成立したところで、早速突撃だ」

「ええっ? 本当に行くのかよ!」


 何かただの悪ノリだと思っていた。トビィは握りこぶしをつくる。


「兵は迅速を尊ぶと言うだろ。落ち着け。さっき教えたように、まずは視線だ。冷静に行け」

「何、警備団ぽくいってるんだよ。俺関係ないよ」

「次は声だ。包容力を感じさせるようなどっしりとした声でな」

「聞いてる? トビィ」


 この幼なじみはそれなりに僕の話を聞いてはくれない。聞いてくれるときは結構いいやつだけど。


「どうした? 次のアドバイスも繰り返すか?」

「ち、違くて、そ──」

「大きな声で何やってるの? ユウくん、トビィくん」


 僕とトビィはその声の主の方向へ首を向けた。


 そこにいたのは噂の人物……? エイナだ。


 相変わらず、男ゴコロをくすぐるような、ベージュのみつあみと茶色の大きめの眼や柔らかそうな口元が可愛らしい。ウヅキ村一の器量良しという評判も納得して頷ける。


 素人レベルでは圧倒的にかっわいいよなぁ。

 エイナは僕を見た。


「あ、えと……その……」

「ほら、お前さっさと言えよ」


 トビィが僕をせっつく。僕は一歩前に押し出された。エイナはきょとんとした顔で僕を見続ける。


「何かあるの?」


 いや、別に。強いて言えば挨拶ぐらい?


 でも、そんな答えをしたら、またパンチとかキックとかボディブローとかされるんだ。別に避けられるけど、構うのも面倒くさい。


 だからって、別に告白するほど彼女に気があるということでもないし。ってことで。


「え、ええと、僕、旅に出るんだ」

「ええっ、ユウくん旅に出ちゃうの? いつ?」


 僕の言葉で、エイナの表情はたちまち暗くなった。ぐぐっとこちらに近づいて、悲しそうに潤んだ大きめの眼でじっと僕を見る。男としちゃたまらないシチュエーションなんだけど、どこから来るのかよく分からないその迫力に、僕は結構圧倒された。


「あ……、明後日」

「えぇっ、そんな急なの?」

「……まあ、色々あって」


 僕は頬をかいた。別にすごく仲良いというわけでもないし、説明するのも面倒くさい。


「入学までには戻ってくるけどね」

「もうずっと会えなくなるのね。ユウくんに会えないなんて、わたしどうしよう」

「すぐに帰ってくるし、エイナ実家のお店で働くからそもそもこれからそんなに会わないよね」

「さみしいなぁ」

「聞いてる?」


 エイナは俯いた。こういう仕草も、男ゴコロをくすぐる感じで可愛いよねぇ。

 僕の話を聞いてくれないのはいつものことなので、そこは気にしないことにしている。


 痛て。


 トビィが僕の足を踏む。たまには反撃ということで、反対側の足で彼の向こうずねを蹴ってやった。トビィはぴょんぴょんと後ろを飛び回ったが、エイナも僕も気にしない。


「それで、しばらく会えないから、だから、挨拶しようかと」

「挨拶? わたしに?」


 気のせいか、声が少し明るくなったエイナ。


「うん。今日はみんなの所に挨拶してまわってるんだ」

「みんな……? え……、そ、そう。みんなに、よね。そうよね、うん。わざわざ有り難う。ユウくん」

「ううん、突然で驚かせてゴメン」

「そんなことないわ。本当はひきとめたいけど……、明後日だもんね、とっても大切な理由があるのよね。だから、旅、頑張ってね」


 少なくとも僕にとっては特に大切な用事ではないし、引き留めてくれ人がいると物凄くありがたいんだけど。そんな気持ちも知らずに、エイナは微笑んで励ましてくれた。


 顔は本当に可愛いよね。

 顔は。


「ありがとう」


 そうして、僕は他の友達の家へと向かおうとした──が。


「おい、ユウ!」


 いつの間にか向こうずねの痛みから逃れたトビィに服の首まわりを掴まれたため、僕の呼吸は見事にヤバいことになった。


 く、苦しい……。


 僕は何とかそれから逃れ、息を一つ吸ってから言った。


「別に、もともと告白するつもりはなかったんだからいいじゃないかよ」

「ったく、俺はお前だから連れていったのに」


 トビィが悪態をつく。その言葉で、僕は一つ気がつくことがあった。


「……あのさ、それって、トビィがエイナのこと好きってことかよ?」


 その言葉を言ったら、トビィは面白いくらいぴょんと飛び上がって、後ろへと下がっていった。表情もめちゃくちゃだ。


「な、何だよ! それ!」

「図星かぁ。へえ、最近はやけに女の子に対しておとなしいと思ったら、競争率が激しい相手だったってわけか」


 僕は笑った。トビィは悔しそうにこちらを見る。

 トビィはドン、と地面を蹴った。


「だっ、もう、とっとと次のやつの家行くぞ! 挨拶周りだろ!」

「ああ。もちろん。じゃ、ここからだったらハンスの家だな。行こっか」


 やけくそらしく、トビィは僕の挨拶周りに付き合ってくれるらしい。何となく気が楽といえば楽だ。

 ……そういえば、さっきのトビィと、エイナの言動。


 思うところがまだあるんだけど。


 でも──まさかね。


 ふと思いついた虫の良すぎる考えを振り払い、僕はハンスの家へと足を向けた。




 こうして友達への挨拶周りが終わった夕方、僕はトビィと別れ、家の敷居を跨いだ。父さんは庭で洗濯物を取り込んでいる。


「ただいまー」


 今日は母さんが夕食を作っているらしい。匂いから判断すると、今日のメインはクリームシチューだ。僕の好物なので嬉しい。

 そんな気持ちで歩いていたら、台所から母さんとトリオの会話が聞こえてきた。


「トリオさんは、クリームシチュー平気?」

「平気ですよ。人が作ったものを食べることができるなんて、ええですね」

「あら、良かった。ユウの好物なのよ。そうよね。自分が作るよりも人が作ってくれるのが格別なのよね」


 今は鳥類に属するトリオが、鶏肉の入ったクリームシチューを食べるのはいいのかな?

 僕は台所に入った。


「ただいま……」


 一人と一羽はほのぼのと会話を繰り広げていた。トリオは魔石のコンロを眺めている。昔はなかったのかな。


「ただいま!」


 大声で言ったら、母さんとトリオは同時に振り向いた。


「あら、おかえりなさい、ユウ。今日はユウの好きなクリームシチューよ!」

「うん。楽しみだよ」

「まあっ、ユウに期待されちゃうなんて、母さん嬉しいわっ。旅立つ息子のために頑張らなきゃ!」

「……そう」


 一層はりきり始めた母さんと、その隣で飛び回っているトリオを見てから、僕は自分の部屋へ戻った。この部屋とも明後日でお別れかと思うと、感慨深い。


「あ……、トビィに渡すんだっけな」


 昼の会話が本当に取引として成立するのかは分からないけど、慌てて処分しようとして両親に見つかるよりはずっといい。気楽な学生と違い、過酷な環境になるであろう警備団になる彼の心の支えになるといい。


 処分品で。


 親に見られて困る物も預かってもらっておくか。僕はトビィに約束したものをまとめるために、机の引き出しを引いた。

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