ガッタンゴットン

 ドアがあるところを触り、開く音が外への空気と共に流れ込んでくる。

 中にあったはずの温かな空気も冷たい空気に混ざり、無音御礼のトンネルの中へと還っていく。


 後ろの2人が出たのを確認して、ドアを閉めた。おそらく後ろにいる月見里を睨みつけて先ほどの事を戒めるが、暗闇の中でこんなことをする無意味さに馬鹿らしくなっただけだった。

 そんなことをせずとも、ギトギトした闇の中にいるのだ。


 再び迷路の左手の理論みたいなものに倣って、ドアを目印にしながら左手に壁を探そうするが、その足が止まる。

 

 よくよく考えたら本当に分岐点があるのだろうか。昔、地下鉄内で乗り換えをしたときに、すぐ隣のホームかと思ったら結構な距離を歩かされた記憶がある。

 その時も似たような路線だったはずだが、本当に線路が枝分かれしているのなら5分歩くほどの距離を歩かされるのだろうか。


 この路線も繋がる点があったといっても、今歩いている線を貫通してまた別の道を行っていたはずだ。どういう原理になるのかは分からないが、分岐点がない可能性は低くはないだろう。

 しかし、実際に地下鉄の路線は見た事が無いので何とも言えない。

 


 右に行くと言う合図を送り、ロープを左手に持ち替えて、空いた手を右へと伸ばした。それほど進んでいなかったのか、少し足を動かしただけで固く冷たい壁の感触があった。やはりホーム側に手を付けた方が良いと思った。


 不安は残るが、分岐点が無かろうが駅のホームは進んでいけば必ずあるものである。

 

 視界も潰れている、嗅覚も触覚も生きてはいるが、生憎駅のソムリエでもないしホームの臭いは分からない。だが、ホームの下にはもし落下しても逃げ込める用の隙間があるらしいのでそこに入れば多少なりとも感触で分かるはずだ。


 ――やけに冷たい


 入った時よりも壁が冷たくなっているような気がする。外の気温が下がっているのだろうか。妙な既視感を覚え記憶を遡ってみると、なるほど子供の頃にやった一人肝試しの際に墓石を触った時の冷たさにも似ている気がする。


 当時、ここにいた人はどうなったのだろうか。その痕跡となるものが未だ見つからないのもなかなか不気味な話だ。だが、ここに人間はいなかったのではないかと安堵している自分もいる。


 未だモールでの出来事で喉の代わりに腕に熱を持っているというのに、何を呑気なことを考えているのか。


 だが、これほど低刺激でぞわりとした不安しかないと、光に吸い寄せられる蛾のごとく安心感を求めてしまうことは否めない。ならば、今は不確実性の高いことを考えるべきではないのだ。

 ただ、引っ張るロープの重さが軽くなっていることだけは、後ろにいる月見里の状態が良くなったということで、それだけは確かな安心材料。


 ただただ、進んでいくしかない。


 ある程度進んでいくと、いつの間にか壁の冷たさと手の冷たさが同じぐらいになる。動かした足の分だけ前に進んでいるのなら、ドアから大分離れたところにいるはずだ。時間もそれなりに進んでいると思う。


 しかし、それでも取り巻く環境は固定されたかのように同じ感覚が続く、ここまで来ると僅かに残った緊張もどこかへと消えてしまう。正直、もうこのまま何も起こらないでほしい。


 ――なんだ?

 

 だが、微妙に形を変えているのを気づかないふりしていた壁は明確に感触を変えた。それでも、足を進めると気づけとばかりに新たな感触がチョークを擦った音のようなものと共に足裏に引っ付いた。

 

 おそらく、ガラスだった。確か、ガラスは何億年立ってもその形状を変えないらしい。だが、何か圧力を加えられると簡単に壊れてしまうそれは、きっとあるはずでないところに転がっている。


 どこから転がって来たのだろうと考えていると、前方から何かを叩く音が聞こえてきた。

 

 決して、天井から何か落ちてきたような音ではなく、電車が通るような音ではなく、まして幻聴ではない。おそらく、今踏んでいるものを叩いているような音。否、多分、もっと頑丈で頑強なものに聞こえる。


 しかし、断続的に聞こえてくるそれは決して聞き覚えの無い音ではなかった。それでも絞り出せと言われたら、洗濯機を回した時に聞こえる振動音だろうか。


 ――何かが電車にぶつかっている?

 

 何故か、そんな風に思った。いや、それでは、電車はどこにあるのだろう。自分たちの前方にあるのか、はたまた壁を隔てた向こう側にある対向の線路にあるのかやはり状況がつかめない。

 

 その音に合わせるようにすり足で進んでみると、手につくはずの壁が消える。


 どこにあるのかと手を上下に動かしてみると今度はザラザラとした棒状のものを掴んだ。それはずっと下にも続いてるようで、下の下まで行くと床があって横へと動かしてみると、段差のようなものがあり、おそらく階段があった。


 今までなかった感触だが、線路へ降りた時にもこんな感触がなかっただろうか。


 ということは、これはホームへと続く階段なのか。


 そう考えるとやっと一駅付いたのかと喜ぶ半面、状況が良い形で変わっていないことにどこかガッカリしたものを感じた。


 上がってみようかと一瞬考えてみたが、未だ鳴り続ける規則的な音がどうしても足を段に乗せる勇気を持たせてくれなかった。まだ目的の駅ではない。


 大人しく階段とサヨナラをして通り過ぎると、また壁が凹む。そちらの方向へと進んでみると、なんだか窮屈な感じがした。試しにあたりに手を探ってみると天井のようなものがあった。

 

 歩きながら左側に手を突き出してみても壁の感覚はないので、多分ここが駅のホームの下にあたるだろう。浅いイメージではあったが、確かに自分の一人の体もすっぽりと入って余裕があるぐらいにはスペースがあるようだった。

 落ちた場合の避難先らしいので、当たり前といえば当たり前の話なのだが。


 一人下らない合点を得て、前へと進んでいく、音は大きくなっていくが、おそらく前方には無いように思えた。幾ばくかの安堵はあるものの、それがどこにあるかまでは掴めず言い知れぬ不安が漂う。 


 しかし、ここで立ち止まる選択肢は取れない。


 進むたび、壁がまるで脈動しているかのように小さく震えるようになった。その震えが大きくなるほど音は明瞭になり、やがて別の音を纏って聞こえるようになった。


 握られたロープが震える。その音はなじみ深いが、決して聞きたくもない音。



 「――――ぁ」



 『あれ』の呻く声。


 今もなお追われているだろう状況で、一つ落とされたそれが頭を漂白するほどの恐怖に駆り立てられた。


 だが、散々聞いているおかげか、それが決して自分たちに向けられたものでないことは分かり、どうにか感情を鎮めることに成功する。

 

 月見里達は大丈夫かとロープを左右に揺らして様子を確かめてみると、すぐに揺らし返され大丈夫だと返事が返され胸を撫でおろす。

 

 

 再びロープを引っ張って、歩を進める。気づかれていないのなら変に刺激しない方がいい。


 前へ進んでいくほど、音は大きく熱を孕んでいく。だからか、段々と音の方向が定まって来る。


 ずっと右奥。予想が正しければ、対向側の線路から鳴らされている物なのだろう。

 今、『あれ』は右側に寄っているのだろうか。それならば、願ったり叶ったりなのだが、何故『あれ』は何度も電車にぶつかったりしているのだろうか。


 音の間隔的に、多分一匹ではなく、多分指全部でも足りないぐらいには居るように思えた。


 『あれ』に理性があるとは思えないが、意味も無い行動を何度も行うような考えなしとは思わない。


 とてつもなく不気味であることには変わりない。しかし、どこか既視感ある音でもあった。


 ああ、そうだ。これは満員電車に詰められるサラリーマンと積まれた電車が織り成す悲鳴だ。


 いつからこんなことをやっているのだろう。ここに入ってずっと――否、こちらが駅に入って来てからなのだろうか。それならば、単純に外の異変に気づいて興奮した『あれ』が手探り状態の中、外への出口を探しているのかもしれない。


 いや、それも納得がいかなかった。興奮状態にしては衝突音が時計の針のように規則的でおとなしいものである。

 

 ――本当に、過去の記憶を持っているのだろうか。

 

逡巡しては何度も呑み込んでいた言葉が頭の中に浮かび上がって来た。

 

 ならば、もう訪れることのない過去をなぞるように、通勤ラッシュの苦しみを創り出そうしているのだろうか。


 そう思うと、未だ人間に振る舞おうとする『あれ』に、多少の同情心が生まれるかもしれない。だが、明確になった音の中から、電車を大きく揺らしているような音が混じっていることに気づいて、すぐに恐怖心へと姿を変える。


 とりあえず、理由は何にしろ今の状況は都合がいい、そう思えばいいのだ。今できることは、思考を停止して、歩みを進めるぐらいのことだ。

 体に纏わりつくフルーツの臭いに幾ばくかのの平常心を取り戻しながら、今ある音に混じるように足音を置いていった。


 少し歩いたぐらいに音はますます大きくなり、階段を上がったり降りたりするような音も混じった。


 一体何をしているのだろう。それに反比例するかのように、『あれ』の呻く声は薄くなっていく。そうだそうだ、早く消えてなくなってくれと、進んでいく。

 体に強張るものはあったが、恐怖心よりも不安の感情が強かった。



 自分の額から脂汗が流れ落ちていくのを感じ取っていると、後ろから軽い石が転がる音が聞こえてきた。妙に耳に引っ付くそれは、そのまま転がり再び闇の中へと消えていく。



 ただ、それに巻き込まれたかのように、あったはずの日常が止んだ。



 『あれ』に気づかれたのかと周囲を見回してみるが、光の届かない暗闇で見えるはずもなく、『あれ』の呻く声も無い。

 

 どこにいるのかと必死に耳を澄ませてみるが、足音も無い。おそらく、その場で静止しているのかと思うが、正確な位置まではやはり分からない。


 ロープの手ごたえが再び重くなる。


 場所が分からなくても、いつでも対応出来るように態勢を整えるべきだ。

 こちらはホルスターのカバーをゆっくりと外し、震える手に銃を押し付けた。


 しかし、そんなこちらの緊張感をそっちのけにして、時計の針が動いたかのように音が再開した。


 戻った『あれ』の声も先ほどと同じく気怠そうな声のままで何が何だか分からない。あまりの肩透かしぶりに、気づけば掴んでいた銃のグリップから手が勝手に離れていた。

 

 本能がもう動くなと警鐘を鳴らしている。不確定要素が多い中、不用意に動くべきではないとは思うが、進むことしか思いつけることがなければそれをやるしかない。


 こちらはロープをゆすり、歩くぞと合図を送り、慎重に歩みを進めた。


 足元を確かめながら、電車の揺れる音に合わせ歩く。そうすると、先ほどいたところがピークだったらしく、進めば進むほど音が遠ざかっていった。


 やがて、声が耳の中から消えていくと、凸の感触を掴み、再び階段の感触。


 どうやら駅が終わったらしい。やっと、抜け出せるのかと言い知れぬ安堵感に身が震える。でも、どうせ、一駅だ。まだまだ何駅もあるのかと考えると、気が参ってしまう。


 宇宙飛行士いわく、小さな一歩は人類にとっての大きな一歩らしい。それが何の一歩かは知らないが、これもその大きな一歩であってほしい。

 

 そのまま進んでいくと、やがて音も無くなり、再び元の闇へと溶けていった。 


 その後は、同じ光景が続いた。やはり、風一つもないミュート状態がずっと続いている。無音だった時に、何か良いことがあったことは決してない。


 だからこそ最初は緊張感もあったが、バイクを100キロでブン回そうが200キロでブン回そうが慣れるのと同じように、身の回りの環境に慣れてくると途端力が抜けるのが人間の嫌なところである。


 そうすると、自分の脳はこの暗闇をスクリーン代わりに、昔のことを垂れ流してしまう。

 しかし、何か意味ある思い出とかではなく、昔見たCMだとか、今思い出してみてもどこか分からない場所の光景だとか、赤っ恥を食らわされた時の光景だとか、玉石混交の闇鍋のごとく浮かんでは消え浮かんでは消えを繰り返していた。


 そんな記憶の放蕩をしていると、高速道路を延々とバイクで走っているときのことを思い出した。最近は流石にやっていないが、高速道路にあがってくる『あれ』もいなかったのでそういう時は音楽をかけていたものである。

 こんな何があるか分からないトンネルの中でもこれほど音が無いと、もう音楽でもかけて気分を晴らしたい。

 

 そういえば、月見里は家にいるとき、時折CDプレイヤーで何かを聞いていた。イヤホンで聞いているのでどんなものかは聞こえてこない。


 たまに聞かせてもらったことがあるがセピアに焼けたビール臭い年代物の曲だったことを覚えている。彼女いわく歌謡曲というものらしいが、残念ながら昭和とかいうかなり古い年代の物でそれが誰の曲で誰が歌っているのかまるで分からなかった。 

 

 月見里も別に趣味じゃないけど聞いてると言っていたが、どこか穏やかな顔をして聴いていた事を思い出す。今はどんな顔をしているのだろう。


 何時間も拳2個程度のロープを互いに掴んでいるというのにやはり分からない。今もロープを揺らすと、彼女から反応が返ってくるのでまだ大丈夫ではあった。多分。

 

 早く外に出たい。


 蛾が明かりを求めるように進んでいくが、そんなものは豆電球一つ分すらない。

 もはや、決まりきった光景に、おそらく自分たちの頭上にあるだろう電灯の一つぐらい点けばいいものをと変な怒りがこみあげてきてしまう。


 もはや、平衡感覚も怪しくなってきた。もしかしたら、自分たちは進んでいるのではなく、降りているのではないだろうか。

 壁と床を手で触ってみて平衡感を触ってみるが、いらぬ不安さえ噴出してしまう状況には辟易する。


 しかし、長く続くかと思っていたトンネルは、悪態をついた直後に再び階段の感触をつかんで終わりを迎えた。

 

 多分、触れているのは2つ目の駅。


 あまり嬉しさはない。この気持ちはどう表せばいいのだろう、金曜日の朝だったのが、瞬き一つで土曜の昼になったような多分そんな奇妙な感覚。


 先ほどの駅にあった電車を叩く音も、『あれ』の声も無く、トンネルと同じく無音。

 不気味というわけでもなく、どこか狐につままれたような不思議な感じだった。

 

 もうここであがってしまってもいいかもしれない。ふとそんな考えがよぎる。


 後、2駅。ちょうど中間にあたる駅の名前は針中。地図で見れば、おそらくまだ鹿がいたところを通り過ぎていない。まだそれほど離れていないとは思うが、それでも逃げたと言えるぐらいには距離を離せてはいる。


 先ほどの月見里の言動を考えても、早いうちに上がった方が良い。


 しかしながらも、若干の不安はある。地上にいる『あれ』が臭いを嗅ぎつけてくるかもしえない。

 いろいろと葛藤はあるが、もし外に出なかったにしても、ホームがどうなっているかは確認しておいた方がいいだろう。

 

 それに好奇心が無いと言えば嘘になる。いろいろ正当そうな理由をつけては自分を奮い、月見里に階段を触らせロープを上に引っ張り、ホーム上に上がることを指示した。  


 階段を上がっていくと、また平面の感触が足裏にあって、多分ホームに上がったのだろうと思う。

 右手に壁があって、それを頼りにして進んでいけば、またあのフェンスがあった。しかし、また手もとではなく、足元に置かれている。


 ここも老朽化して倒れたのだろうか。それにしては、軒並み倒れているのもおかしい。 

 もしかしたら、一つの柵が倒れた時にドミノ倒しでやられてしまったのだろうか。

 だとするならば、最初の駅では何故一つしかフェンスが倒れていなかったのだろう。 


 矛盾点をいろいろ繋げてみても、やはり答えは分からなかった。答案用紙のように×でも〇でもいいからとりあえずつけてほしいものだが、論述問題にもならないそれにはそんな豪勢なものは付いてこない。


 どこかに答えが落っこちてないかと心残りはあるが、今は階段がどこにあるのか突き止めることが先決である。

 どうやって、行こうかと思ったが、そういえば、点字ブロックを辿っていったなと、最初の駅の事を思い出して、早速探してみるとすぐ近くに昔懐かしのなだらかな石の感触があった。

 

 月見里達のその上に乗せて、おそらく階段のある方向へと進む。


 こう狭い範囲の上を歩くのは、どこか道路の白線上を歩いているような気分だ。どこかデジャブ感があるが、その時よりもこっちの方が頭に浮かぶ子供の頃の記憶が鮮明になっていることだろう。


 やがて黄色いだろう線に分岐線のようなものが出来た。多分、ここを辿れば、階段に行けるだろうか。


 そちらの方に行ってみると、また分岐点が出来て、あみだくじと同じ原理で流れるように行ってみると、手に壁の感触があって、足には階段の感触という大当たりであった。


 しかし、階段の先を見上げて見ても、まだ暗闇のままであった。


 最初の駅では確かにホームへと降りる階段はまだ明るかったはずである。地上がもう夜なのか、それともこの駅が光が届かないほど巨大なのだろうか。

 腕の時計は迷宮の闇の中。ならば、自分の足で確かめるしかない。


 こちらはロープを上にあげて登る合図を送り、階段を上っていく。しかし、登った段数が2桁ちょっとしたうちにゴツッという音と鈍痛と多少の眩暈と共に額に天井の感触を受けた。


 あまりにも予想していない衝撃に少しパニクッたが、後ろからロープを揺らされ落ち着きと元の体勢を取り戻す。

 それにしても、何がぶつかったのだろうと触ってみると、ごつごつとした岩みたいで不揃いのものがそこにあったみたいだ。


 岩か何かが敷き詰められているのかと思ったが、その感触の中にザラザラとした固い棒のようなものがいくつもあって、何かの建材の破片のようであった。


 ――出口が潰れてるのか。

 

 どうやら、階段が潰れているようである。どうりで暗いわけである。

 他にも階段はあるだろうか。この光のなさではあまり期待できそうにはないが、足元に点字ブロックはあるので辿ってみることにした。


 今ある可能性を整理しつつ下っていると、バキッと太い枝を折ったときのような音が足元で鳴って体が強張った。


 しかし、頭の中に浮かんでいた後の反応はなく無音のままで複雑ながら胸を撫でおろす。


 それにしても何を踏んだのだろう、枝かと思ったがまさかあるわけもなし、それにどこかで踏んでいるような気がした。腰を下ろし触ってみると、乾いた棒のような感触があった。

 どうやら結構な長さがあるらしい。形も複雑だ。その感触の端がどこにあるのかと辿ってみると、今度はいびつな球体のようなものがあった。


そのまま指を下に滑らしていくと真ん中あたりに2つほど穴が開いているらしい。否、その下にも穴があった。大きな穴が2つ。


 そして、その中央下に三角に近い歪な穴。なんとも触ったことない心地にボーリングのボールかと思うが、感触はそれほど滑らかなものではなく、重みもそれほど感じられなかった。


 不思議な感触に妙な好奇心を覚えつつ、また下へ下へと指を這わせると、今度は小さな凹凸のあるものがあった。石でも挟んであるのかとまた指を這わせていくと、中は外と同じ感触。

 

 わけもわからず、その推定小さな石に指を這わせていくとU字に並べられており――


 「――――っ」


 正体に気づいて、火に触ったように手を離し思わず舌打ちを打った。これは人間の骸骨だ。


 なんで丹念に触ってやっと気づいたのだろう。それ以上のものを触って来ているはずなのに、触っていた指が震えているのを感じた。

 よくよく考えたら人間の骸骨は目にすることはあったが、生で触ったことはない。


 思わず触った指をズボンで拭ったが、自分勝手に触ってこの反応はこの骸骨の持ち主に失礼であると少し自戒の念を覚えた。


 しかし、この骸骨はどうしてこんなところに転がっているのだろう。この状況を見れば特段珍しいものではないが、軒並み倒れた柵と骸骨を一度も踏むことがなかった最初の駅との差にどこか違和感を覚えた。


 根拠はないが、この骸骨一つだけが転がっているようには思えない。多分、隈なく探せば真実は分かるがとてもその気にはなれなかった。それを知って何か希望でも見つかるのか。


 「――――」


 気づけば、後ろからあやすように縄を揺らされていた。


 こちらはロープを揺らし返し、右側に寄れと合図を送り、階段を降りて、元の点字ブロックへと降り立つ。


 意味も無く身を置いても仕方がない。のど越しの悪い違和感にも似た好奇心を喉の奥に収め、2つ目の駅を後にした。 

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