缶詰の缶詰 後半
2日目。
こちらは念のためにと外で眠ることにしたが、普段なら耳に入ってくるはずの呻き声も無く、無音という音のみが耳の中を透き通る。
とてつもなく奇妙に思えたが、東台と月見里が目を覚まして昨日食べてない分と帳尻を合わせるかのようにかっ喰らうのを見ているとどうでもよくなった。
朝食でそれだけ食べるのかとつっこむところだが、真っ暗闇で朝の感覚はない。だが、時計は朝を指しているのでやっぱり朝食だ。
東台が外に出て日光浴でもしないかと提案するが、月見里合作のバツ印を作って却下。油断大敵はどんな時でも金言である。
東台が舌鼓を打って、月見里の頬が元の状態に戻るのを見計らい、早速とばかりに本探しに戻るが、その足取りは昨日より重い。月見里も東台も例外ではなかった。
昨日と同じ作業が始まる。
無地の段ボールを開けて、覗きこまれるカラフルな色に舌打ちして、たった一つの本だけを求めるためだけに、箱の中がすっからかんになるまで漁る。
そのくせ一箱に入っている本は百はくだらないというのだから時間がかかって仕方がない。まるで炭鉱夫にでもなったような気分だ。
光を通して見える彼女たちの顔は苦悶ではまだないが、決して絵本に映るキャラクターたちのような表情は浮かべていない。
彼女たちの眉が下がり切る前に切り上げて、昼食を取ることとした。
体力をつけるためにチキンと銘打ったものを食べてみるが、パサパサしていて口の中の水分が全部取られて元気が出るどころか虚しくなってくる。
缶詰め状態。おそらく、今の状況に最も近い言葉だ。
手も足も十分すぎるほど伸ばせる空間だというのに、どこか窮屈。視界があるのはランタンとライトの光の中だけのせいなのか、それとも疲弊した精神がそう思わせてくるのか。
粉塵が無い代わりに埃の混じった空気が鼻腔の奥底へと入り込んでくる。そんなものは今時珍しくも無いが、暗闇でかつ静まり返った空間の中で一日過ごすのは初めてのことだった。
鼠のはい回る足音はないのである意味衛生的な空間だが、時折真っ平なコンクリートの床に石ころが転がったときのような音が聞こえてきたような気がしてきて精神衛生上すこぶる悪い。
「ごちそうさま」
誰も彼も不服そうに小さく合掌。残念ながら缶詰の中身は尽きてしまった。
後は仕事に戻るだけだが、体の中に鉛が入っているかのような倦怠感があってやる気が起こらない。
それは誰も同じようで、空になったそれをなぞるぐらいで誰も立ち上がろうとしない。
しかし、月見里から「私が探してたところの本棚に漫画があったんだけど」という言葉を発されると、なし崩し的に休憩時間の延長といった感じで漫画を読むことになった。
こちらは本を読む習慣はあまりないが、教科書か漫画を読むかの2択を迫られれば迷わず漫画を選ぶくらいには好きな方ではある。といっても、特定の漫画が好きというわけでもない。
他の2人を参考にしてみようと思うけれども、月見里は人に言えばその場で飛び跳ねそうなタイトルの某週刊漫画雑誌の最新号を読んでいたり、東台は東台で一昔前に流行った漫画を読んでいたりしていてどちらも自分の琴線には触れない。
試しに彼女たちがどんな基準で本を選んだのかと聞いてみると、東台からは完結済みの漫画は読んでて安心するとの言葉が返ってきて、月見里は昔のは絵が古いからヤダという現代っ子らしい答えが返って来た。
どちらの考えも納得は出来るが自分の判断材料にはならなかったので、おみくじの精神で箱の中から本を引っ張り上げるとアオハルものを掴んだ。
名前も聞いたことないが別にこれ以上の選択を掴める気もしない。仕事をする気ももちろん起きていないので、仕方なく読むことにした。
ありきたりな流れ。読んだ本は決して名作ではない。
ただ、静寂の下蝋燭のように茫々と燃えるランタンの光の中で読むと、不思議と頭の中へと入ってくる。
まるでそういうマニュアルがあるように、最後のページにはハッピーエンドの判子が押されているようなそんな作品だった。
それなのに、終わり方に安心してしまう自分がいる。テンプレを嗜めるような歳になってしまったらしい。
数冊程度似たようなものを読んで気力をつけた後に、再び3人で探し始めた。
午後も無言かと思ったら、月見里と東台は読んでいた本について話し合ってたりしていた。
どうやら月見里は昔から週間雑誌を読み漁っていたそうで、お気に入りの作品の続きを日々探していたそうだ。
しかし、情報インフラが死んだ現在においては、本棚にネットを投げ込んでも目的のものが引っかかるわけもない。
月見里も順番通りに見つからずに話が飛び飛びにしか分からないと嘆いていた。
それなら、単行本を探した方がいいのではないかと思ってしまうがそこは人それぞれだろう。
しかし、東台が単行本を読めばいいのではないかとツッコミが来れば、好きな漫画を読んだ後の余韻のまま他の漫画が読めるから好きという見解が返って来た。その気持ちは少しだけ分かる気がする。
こちらも何を読んだのかと聞かれるも名前も知らない王道の青春ものなので、適当に掴んだものとだけ答える。
それでも、コミュ力お化けの東台はそっけない言葉を、そういう探し方も掘り出し物が見つかっていいかもねと良い返事で戻してくるので流石なものだ。
残念ながら引き当てたものは一日一回無料ガチャで出てくるような名ばかりの「レア」である。
娯楽時間が終わった。その余熱で8時間耐久ガチャをやってみるも、残念ながら何一つ見つからない。
本棚の地平線の端に行きついたが、排出率0と祭りのくじ引き並みに酷いものだった。
だが、試しに東台が隣側の本棚の段ボールを開けてみれば、新たな絵本がコニチワ。新世界が広がる。
3人合わせた溜め息はさぞ重かっただろう。
その日に食べた缶詰はやけに味気なかった。
重怠くなった体を抱えたまま眠りについた。
3日目。糞みたいな暗闇。バカみたいな静寂。
感覚の一部が鈍ると他の感覚が際立つというが、口に入れた味噌漬けイワシの味はどこか薄味。
唯一、冴えわたっている聴覚には、覇気のない2人の息遣いぐらいしか入ってこない。
こういう人混みもなく何の刺激も無い空間は好きな方ではあるが、閉鎖的な空間で同じ作業を延々とやるのは本当に息が詰まってしまう。
風を通すような構造ではないのに、生温かな風が頬に当たった気がした。
ああ、外が恋しい。陽の光を浴びたい。
そんな生物としての欲求が湧き出る中、東台が「あー」と苛立ちの声をあげて、立ち上がりくるりとこちらと月見里に体を向けた。
「ねえ、八雲に、ゆいちゃん。一回、外に出て気分転換しない?」
そう言って、浮かべられた彼女の表情は笑顔そのものだが、いつもはしっかりと纏まっている髪がボサボサで、心身共にかなり疲れているのが垣間見えた。
「いや、外は」
「いいじゃん。全然音とかも聞こえなかったし」
「だとしても、ここはモールの中だ。あの車の数を見ただろ?下手に動きたくはない」
「それなら、先っちょだけでいいから。本屋の前までしか行かないから」
「いや、だがな……」
「八雲は外に出たくないの?こんな缶詰の缶詰みたいなところやだ」
東台の嘆きに、俺だって出たいんだと言いそうになって、思わず喉を詰める。
外に出る危険性だけでも内に籠ることが得策だと言う理由が数多もあるが、その根源となる『あれ』の影さえないとなればそれに正当性があるのかどうか悩ましい。
ならば、東台が言う様に外に出てしまっても、問題ないのではないか。
「悪いが……それには応じられない。責任が取れない。お前が言ってた約束も守れなくなったら元も子もないんじゃないか?」
それはダメだと首を横に振った。
確証バイアス。2日間かけて作られた本の山で得た言葉がそんな甘い考えを叩き落とす。
しかし、同時に生存者バイアスという同じ出身の言葉も頭の中に浮かんできて考えがますます複雑に絡み合う。
結局、ここにいようが、外に出ようと危険性はついて回ってしまうものである。
いや、まず本を見つけてからではないとここから出ることも叶わない。
こんな状態で見つかってしまって、運良く逃げきれても再びここへと戻ってこられることはないだろう。
「それも……そうだけどさ……」
東台は渋るように声をあげるが、こちらが視線を地面に落とすと徐々にトーンは落ちて鳴りを潜めた。
しかし、作業が始まるわけでもなく本をめくる音も、段ボール箱を裂く音もなく、その道具は地面に置かれている。それを拾い上げる気力はこちらにもない。
真空が身を包んだかのような無音が取り巻く空間を支配する。
心なしか、昨日よりも部屋が狭くなったような感じがする。後何日かしたら潰れるのだろう。
住めば都と本が言うが、住むほど長くいようとは誰も思っていない。
食糧が詰まっていたリュックサックは遠目で分かるほど萎んでいる。
だが、八方塞がりの自分たちは缶詰の缶詰になろうが、缶詰のマトリョーシカになろうが、もう仕方がない。
「私も出られるなら、出たい」
刹那、月見里から声が漏れた。
その声は今にも死にそうなほどか細いのに、自分の鼓膜が鐘のように打たれる。
強張った首を向けると、体育座りをして小さく丸まった幼女の姿が瞳の中にドロリと入りこんだ。
「ゆいちゃん。大丈夫……」
「――――」
東台の声に月見里は答えない。顔をあげることもない。ランタンの光のみが殻にこもったように硬直する彼女の内から溢れ続けていた。
思えば、三日間暗闇の中で過ごしたのはこれが初めてのことだ。バリケードで出入口を密閉した空間の中で、いつ終わるか分からなくなった作業をやらされるのはかなり堪えるものだろう。
今もなお、彼女がどんな顔をしているかは覗き込めない。
ただ、普段わがままを言わない彼女が小さくなった姿で外に出たいと弱々しく言葉を吐き出したのを見れば、否が応でも察せられてザラついた感触がこちらの胸を撫でた。
彼女の姿を見れなくて、視線を外せば、東台が何かを訴えかけてくるような目でこちらを見ていた。
「……分かった。10分だけだぞ」
やったーと東台から歓声が上がる。こちらか東台かの声で月見里も顔をあげるが、浮かべられた顔はどこか弱々しい微笑みで、こちらはまた目を逸らした。
裏から様子を見て表に出たいところだが、バツ印の件もあるので直接表のドアから外へと出ることにした。
棚と本が詰め込まれた段ボールというあり合わせで作ったバリケードだったが、3人の手で作られたそれは一人では動かせないほどには重い。
3人でバリケードを除き、ドアノブに手をかければガタガタと音が鳴った。自分の手元を見ればいつの間にか手が震えていたようだった。
開けてしまったら何があるのだろう未知に対する本能的な何かだとは思う。だが、きっとこれはただの武者震いだ。
ホルスターから銃を取り出して構えつつ外へと出た。あるのは当然先日見た無人の荒野ならぬ無人の本屋。
肩肘を張って出たもののすぐに肩透かしを食らわされるのには流石に驚かなくなってきた。
むしろ、この一部始終を後ろ2人に見られていることに羞恥心を覚えてしまっている。
月見里はそんなことを気にする様子もなく、遠くにある光が差し込まれている出口を熱いまなざしで見ていた。
このまま行かせてやりたいぐらいだが、決して安全ではない。
なるべく索敵を簡略化して、早足で本屋を出ると月見里と東台の喜色の声と同時に、3日ぶりの光が濁流のようにこちらの目に流れ込んできた。
白一色。
東台か月見里かが一瞬声を漏らした気がするが、それ以上の音が耳の中に入ることはなく3日前の静寂が依然広がっているようだった。
三日分の付け焼刃によると目は若い人ほど闇から光への順応性が高いらしい、その例に漏れず一番若い月見里から感嘆の声があがった。
「ねぇ、見てみて!すごーきれー!」
興奮しているのか月見里の小さな舌は上手く言葉を紡ぎだせないようで、絶賛老化中の隻眼では何が起こっているのか分からない。
そうして、東台の歓声が上がった頃に、自分の目も慣れてくると清流のように澄んだ光が広がっていた。
「うん、働いてる時もこんな景色みたことなかったなぁ」
月見里とは打って変わり、東台は落ち着いた口調でそう口にした。ならば、こちらはただそれに頷いて、黙って視界に広がる景色を見るしかない。
手すりにもたれかかるとふと時計が目に入った。どうやら、早朝だったようである。
早朝でまだ太陽はぼやけていると言うのに、纏わりつく空気が温かい。普段は気にも留めないような小さな風が肌を撫でる感触さえ鋭敏なものにさせる。
淡い黄色のような空気が纏わりついているというのに、視界にはどこか山深くの苔むした川の水底にいるような青々しい世界が広がっているとなれば、感動の一つや2つ覚えてしまう。
月見里が光の中にいたい理由を体感できたような気がした。
ただただ、目の前の景色に圧倒されて、暫く茫然と3人並んで眺めていた。
「あーあ、もう半分経っちゃった」
多少つまらなさを覚え始めたころに、2つ隣にいた東台の声が背中から聞こえてきた。
もう5分経っていた。後ろに視線を向けると、こちらの時計を口惜しそうに覗き込んでいる東台がいた。
「っ……すまない」
「ううん、別にいいよ。約束は約束だもん」
どちらかが身じろぎ一つしてしまえば、東台の最もたるところが触れてしまう距離に、彼女がいる。
不味い感情を覚えて身を翻そうとする前に、東台は素知らぬ顔で一回転。
こちらと月見里の注目を集めれば、いつもの余裕ある笑みを浮かべて手を叩いた。
「じゃあ、時間も時間だし、体操しない?」
「時間も時間って……まだ早朝じゃん」
「ふふん、うってつけのがあるんだよね。ラジオ体操!」
そう言って東台は自信満々に胸を張るが、なんのことだと月見里の下がった眉はあがることがない。
ただ一人、時間も時間ってそっちの意味だったのかとひとり合点していた自分がいた。
「ああ」と声を漏らしてしまって、2人分の視線がこちらを刺した。
一人気まずさを覚えて腕を回してみるも、3日ぶりに回したそれは錆びついたクランクのように軋む音をあげるので確かに柔軟体操の1つや2つは必要そうだ。
「体もなまってるし、ちょうどいいんじゃないか」
「でしょでしょ。ほらやろ?」
東台は間髪おかずに「はい、いっちにー」とどこかで聞いたことあるリズムで、体操を始められる。
デジャブを感じるところだが、月見里もこちらも頭が動く前に体が勝手にそのポーズを取ってしまうのだから大分この状況に疑問を持たなくなったようである。
無音の音楽と共に、最後の深呼吸。1と2と3。
終わるとちょうど5分オーバー。3人顔を見合わせると表情に差異はあるけれども、多少のリフレッシュは皆出来たようである。
そうして、闇の中で靄を掴むかのような作業が始まる。少しばかり上がっていた眉も再び昼頃に底に落ちた。
また3日――否、1日おきに外に出て気分転換をしよう。
そうすれば、いつ終わるか分からない作業も刑務作業みたくルーティン化できることだろう。
そう考えれば、四方八方に張り巡らされた無味無臭の黒い壁もいつかは朝が香る白い壁に見えるかもしれない。
よく言う様に、千里の道も一歩からだ。相変わらず千里は何キロかは分からないが終わりになれば気づくものだろう――。
「あった!」
こちらが一歩目を踏もうとしたときに、千里にたどり着いたような喜色の声が弾けた。
一瞬東台かと思ったが、振り返れば喜色満面の月見里が石板を掲げるかの如く力一杯に背伸びをしてこちらと東台に四角いものを見せつけていた。
よく目を凝らしてみれば、黄金よりも輝くネコタチ。
目的のものがそこにあった。
「見てみて!ネコタチ!ネコタチ!」
月見里は先ほどの勢いのまま、その場で何度も飛び跳ねる。
その姿は見た目相応ともいえるが、普段背伸びして大人のように振る舞う彼女だとちょっとしたギャップがあって何だか微笑ましい。
いつも地面に留めているはずの足が空中に浮いて、ぴょんぴょんと跳ねる長い髪を撫でたくなったが、自分のボロ切れのような手を見て思いとどまった。
「やったね。ゆいちゃん!」
こちらが葛藤を抱えるまでもなく、東台がいとも簡単に月見里の頭を撫でた。彼女も多少眉を顰めるものの、嫌がるそぶりもなくまんざらでもないらしい。
しかし、こちらと目が合うと、東台の撫でる手をゴールテープに見立てて振り切るかのように駆け寄って来て高らかに戦利品を掲げてきた。
「ほら、見て。やったよね?」
「ああ、すごいな。ありがとう」
そう言うと、薄い暗闇の中で彼女の瞳は輝いた。
ガムを噛むのを忘れて、誇らしげにドヤ顔を決めているのがどこか生意気だが憎めない。
「よかったね!じゃあ、皆で片づけよ――」
「片づけない!」
しかし、東台が手を叩いてそう提案すると、眉をひん曲げてばっさりと切り落とした。
東台は「あはは、やっぱりそうだよね」と困った顔をするが、残念ながらこちらも月見里と同意見である。
「東台には悪いが、今からならボーリング場に余裕を持って戻れる。まだ時間に余裕があるうちにここから出るぞ」
こちらが同意すると、月見里はどうだ見たかといわんばかりに生意気な笑みを浮かべている。東台も「そう?」と呟いて心なしかどこか安心した顔をしているが、すぐに眉をさげた。
「でも、大丈夫かな。店の人に怒られたりとか?」
「そんなことあるわけないじゃん」
月見里は呆れたように小さく手を広げた。
その先には当然のごとく真っ暗闇のもぬけの殻。営業開始から5年間、当然ずっと人はいない。多分、ここが老朽化で潰れる限りそれは変わらないだろう。
それでも、どこか納得していない東台に月見里は痺れを切らした。
「いいじゃん。早くいこ」
「……うん、やっぱりそうだよね。うん、分かった。気にせずに出よっか」
しかし、月見里に一度促されるとあっさりと考えを変えて、何でもないかのようにいつもの笑みを浮かべられると逆に気分は落ち着かない。
こちらはとりあえず最後に漁っていた段ボールを棚に戻して外へと出た。
そうして、倉庫から出て本屋から出ると、入った時と変わらずの状況だったが、天井から差し込まれる光が先ほどよりも明るいように思えた。
それは、暗闇で目が慣れたせいなのか、それとも肩が軽くなったような気がしているからか。判断付け難いが、少なくとも月見里は後者らしい。
今も満面の笑みを見せて、スキップするかのように歩いている。東台もそんな姿を見て、ウサギを見た時の女子高生のような微笑ましい笑みを彼女に見せていた。
まるで大好きな絵本を親に買ってもらった小さい女の子にも見えなくはないが、そうすると東台とこちらを合わせた親子3人になってしまうので心の奥に押しとどめておきたい。
月見里の腰に引っかかっているランタンがいつにも増して揺れていて危なっかしい。だが、あまり注意する気は起こらなかった。
久しぶりに見た子供らしい純真無垢な喜び様に水を差したくない気持ちもあるが、外へと出た後も変わらず『あれ』の気配が無かったからである。
ひとまず、行きと同じようにこちらが手すり側を歩いておけば、問題はないだろう。
喜ぶぐらい、今の彼女に許されてもいい。
「いろいろ大変だったけど、楽しかったね」
そう後ろにいる東台が話しかけてきた。顔には疲労感が浮かんでいるが、どこか達成感のある表情がそこにあった。
こちらも多分、そんな顔をしていることだろう。
「そうだな。だが、もう二度とやりたくない作業だ」
「ハハハ、確かにね。あーあ、ハンバーガとアイスクリームが食べたい!」
「ああ、俺はとにかく肉が食いたい」
「じゃあ、私はドーナツ!」
東台が嘆くように言って、こちらは冗談ぽくいって、月見里はさも嬉しそうに言う。3人とも同意見だが、残念ながら誰もドーナツの穴すら買えない。
しかしながらも、これで後は階段を降りて裏手まで戻って搬入口から出ればもう終わる。
帰るまで遠足と言われればその通りだが、その事実がどこか晴れやかな気持ちにさせてくれる。
ただ、緊張がどっと抜けた分、3日間の本探しの疲れが出ていた。
隣にいる月見里はそんなことをおくびに出すこともなく、凱旋するかのように本を小脇に抱えて高らかに歩みを進める。
それならそれで、昨日のボーリング場に戻ってまたボーリング大会でもすればいいだろう。
そんなことを考えている、目の前に先ほどのフードコートが見えた。あそこを抜ければもうすぐ階段。
はやる気持ちを抑えながらも、その足は速くなった。
「月見里、あまり離れるなよ」
それも月見里も同じで、むしろこちらより一歩前へと出て待ちきれないようだった。
それは皆同じで、賑やかな足音が4人分響いた――。
「はっ、4人――?」
音の違和感に気づいた瞬間。
目の先にいる月見里の横から、木目のような色をした手が伸びているのが見えた。
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