モールの道は搬入口から
「じゃあ、案内してあげます」
東台がそう言って、垂れ幕下がる道へと爛々と歩き出す。
「ちょっと、ちょっと、待ってくれ」
「ん?どうしたの?」
止めはするもののキョトンとした顔をした東台。
彼女に対して証明は出来ないものの、巨大でかつ人が集まりやすい商業施設に正面入り口から入るというのは得策ではないことは身を持って実感している。
しかし、もしかしたら彼女もそれは分かっていて、この先に裏口のようなものがあるのかもしれない。それならば、ここで自分が止めたのは早計というものだ。
「どこから入るんだ?」
「そりゃ、もちろん正面からだよ」
心の中の自分がずっこけた音がした。
後ろから、「ああ、やっぱりか」と呆れかえった月見里の声が聞こえてきたような気がする。
「ああ、そうだな。そうだよな」
「ん?何か不味かった?もしかして、人が多い所は苦手?」
「ああ、そうだ。いや、違う。違うがかなり不味い」
昔も人が多い所の入り口出口では人とタイミングが合わずに入れず出られずまごついて閉じ込められたこともあったので物凄く苦手だったりするが、今そういう事で問題なることはないのだけは良いことと言っていいかもしれない。
「駐車場かどこか、裏口みたいなところはないのか?」
モールはドーム状に型取られたガラスを木枠で収めたような開放感のある建造物。
屋根のあたりには無数のソーラーパネルが張り付けられており、状態から見て、かなり最近に建てられたものらしい。
幸か不幸か、今見えている範囲に『あれ』の姿らしきものはなかった。
だが、その建物の性質上、『あれ』がいないという考えは当然論外。
こういう時、まずは関係者以外立ち入り禁止と書かれているような入る人が限定される場所を狙って偵察するものであるが、ここの従業員でも無い自分がモール内部の情報なんて知る由もない。
そもそも、自分が本を調達ところは小規模店のみであったため、大規模な店は専門外である。つまるところ、東台頼み。
「うーん……じゃあ、バックヤードかな」
「バックヤード?」
「うん、商品とかを保管しておくでっかい倉庫みたいなところ。だいたいあそこらへんかな」
そうして東台が指さしたのは正面からかなり離れたところにある建造物。目の前に広がる近未来的なデザインのそれとは違い、中央部のビル群と変わらないコンクリートブロックがあった。
何か重要そうなものがありそうな風貌ではないが、確かに数台の巨大なトラックが放棄されておりおそらく商品を運ぶ搬入口にも見える。
「搬入口か……分かった。あそこから入ろう」
「OK。あっ、でも、私今関係者じゃないから入りづらいな」
「3人いれば問題ないだろ」
「そっか、なるほどね」
そう合点がいったように相槌をうつ東台。
三人寄れば文殊の知恵という諺があるが、文殊の知恵をもってしても関係者以外立ち入り禁止というルールは破れない。
月見里は、なんのことだろうと困惑していた。
ならば、ふいに出た言葉のどこに東台が納得する点があったのかは分からないが、どちらにしろ足を踏み入れて注意してくるような警備員なんていやしない。
「じゃあ、ついてきて」
そうして、手招きする東台の後ろを追っていく。柱にぶら下がっていた垂れ幕を踏んづけつつ進んでいく。
道中、駐車場だったところに大量の車が当時のまま列をなしているのが見えた。
おおよそビルの5階ぐらいの高さがありそうなモールの屋上で見下ろしてたとしても到底端が見えない車群。
この車の持ち主のどれくらいが、今でもこの巨大な建物の中にいるのだろうか。
こちらは息を呑み、月見里がしきりに鉈やランタンの位置を確かめ、東台は欠伸をあげてぼんやりと車を眺める。
遠目で見ていたトラックの中を通り抜けると、そこにはトンネルのような黒檀の空間があった。
「この中か?」
おそらく数十トンのトラックがぶつかってもビクともしないような巨大で堅牢なシャッターが固く閉じられている中に一つ開かれる。
全て閉じられているよりは遥かにマシな状況で喜ぶべきというのに、これほどあからさまに開かれては誘い込まれているように見えてしまう。
心なしか掌に薄い痛みがあった。手元を見ればいつの間にか拳を握っていたようで開いてみれば掌に赤い点がいくつか滲み出ていた。
この中に何があるのか、全く見えなかった。
「うん、このずっと奥にドアがあって、そこ入ればもうモールの中だよ」
「ずっと……奥?」
東台の明るい声とは真逆の爪に火を灯すような月見里のか細い声が返ってくる。
すると、東台は何か察したかのように腰を下ろし月見里と同じくらいの身長になると、
「そうだね。ランタンの見せどころだよ!」
両手で拳を作って晴れやかな笑顔を浴びせかける。
もはやそんな態度を取られてしまえば月見里のランタンに何か特別な力があるかのように見えてしまうが当然そんな事はない。
月見里もその屈託ない目を逸らすかのようにこちらを見上げていた。東台の行動に鬱陶しいように振る舞うが瞳は確かに震えている。
「その前にちょっと待ってくれ」
こちらは手ごろな石を掴んで、その暗闇の中へと放り込んだ。
この中に何かが居たら反応が返ってくるだろう。
放物線を描いて闇に呑み込まれると、石が床に跳ねる音が小さく響いた。しかし、その後に続く音はなく無音。
「ランタンを点けろ」
おそらく、『あれ』はいない。ならば、もう入るしかない。
後ろからランタンの光が伸びてくる。こちらは腰にある銃に手を掛けた。
「入るぞ」
自分で言ったその言葉が自分自身に言い聞かせているように思えた。足を踏み入れると足裏に伝わる感触が外よりも固くなっているような感触を受ける。
下を見れば黒板にアクリル板を張ったような床。
季節的には暖かくていいはずなのに太陽があたることのない空間は、何もかもから熱を吸い取って、カラカラとランタンが揺れる音さえ一層無味無臭のものへと遠のかせていく。
しかしながら、月見里はそこまで怖がる様子は見せておらず、時折『あれ』がいない事を確認するかのように周囲を見回したりしていた。
それほどの余裕が出来たのはおそらくその周囲にあるもののおかげだろう。
搬入口らしく大量の段ボールが要塞のごとく積み上げられ天井を突くほどで圧迫感はあるものの、そこから零れ落ちるものがぬいぐるみや家具や電化製品となると親近感が湧いてむしろ緊張は緩んでくる。
油断大敵というが、それほど足音が鳴ることのない空間でぬいぐるみを見る度、一瞬頬が緩んだりする月見里を見ているとどうしても不思議とそう思えない。
敵の敵は味方だと言うが、きっとそういうものではないだろう。
「はい、とうちゃーく。ここだよ。ここ」
東台の澄み切った一声。
ランタンの光が向けられるとぼうっと壁と同じ色のドアがそこにあった。
トラックが通るような搬入口と比べて、自分の背丈よりも少し高い程度の小さいドア。
もっと金庫みたいなドアを考えていた自分にとっては肩透かしを食らわされるものだが、シリンダーを見るとかなり最新型の物でありおそらく並大抵の技術がないと開けることは叶わないだろう。
勿論、自分にそんな技術はない。
「ちょっと待っててね」
だが、それを察するかのように東台はこちらが口を開く前にポケットからポチ袋を取り出しその中から鍵を取り出して何の躊躇もなく差し込んでしまえばドアは開いた。
「それ、あの鍵か?」
「ううん、これは別の鍵」
と言って東台はこちらに鍵を見せる。以前見せてもらったのとは違い、作った時そのままで保管されていたのかデザインはかなり簡素だ。
まさに業務用というものだが、この小さな鍵を落としてしまえば荷捌場のドアが開かなくなるのだから怖いものである。
しかし、東台は何のこともないように鍵をブラブラと回して、勢いママ宙に投げてハンカチの下へダイブさせるとポケットに突っ込み、じゃじゃーんとドヤ顔を決めて月見里の不興を買うと「ついてきて」と手招きしてくる。
何とも自信満々げな様子だが、『あれ』がいないとは限らない。とりあえず、東台の気概だけは受け取って、自分が先導することにした。
「悪いが、行く道だけ教えてくれ」
「そっか、ごめんね。久しぶりでつい……」
と苦笑いを浮かべる東台。しかし、すぐに手をもじもじと動かして気まずい顔を浮かべた。
「じゃあさ、階段上がった先に管理室があるんだけれど寄ってもいいかな?」
「休憩室?」
「うん、この鍵返したくて」
東台はそう言って鍵を仕舞ったポケットをポンポンと小さく叩いた。
見かけ上マスターキーには見えないのでドアを開けてしまった後は必要もなくなるのだが、わざわざ返しに行こうとするとは律儀に過ぎたものである。
「そのカギって、このドアの鍵だよな?」
「うん、そうだよ」
「分かった」
意味は分からないが東台の常でそれで何か不都合があるわけではない。それに管理室ならば、見取り図やらマスターキーやら有用なものがあるかもしれない。
既視感のある簡素なデザインの階段を上がると、今度はオフィスビルの空間が広がっていた。
下のドアに窓を張り付けたようなドアが両端に途方もなくはめ込まれ、申し訳程度に小さなすりガラスの窓が張り付けられている。
妙な空虚感を覚えてしまうのは『あれ』の姿がないからか、それとも薄暗闇に包まれてもなおキーボードの打鍵音が聞こえてきそうなほど空気が無味乾燥しているからなのだろうか。
このどこかに管理室があるのだろうが何の特徴も無ければもはや分からない。辛うじてトイレがどこか分かるぐらいだろう。
しかしながら、東台は階段をあがってくるなり何の躊躇もなくあそこだよと管理室のドアに指を指した。
東台の記憶力に下を巻くが、きっとそれほど長く働いていたのだ。ひとまず、東台の案内で、そちらへと向かう。
足を向けた直後、東台は自分を追い越してまた別の鍵をその手に引っ提げて駆けだした。
引き留めようとしたが、彼女は鍵を開けるとドアの側にもたれ掛かってこちら達が来るのを待っていた。
「さぁ、どうぞお客さん」
おどけたように笑い、ドアに両手を向ける東台。
その姿は門番のようにも見えなくはないが、子供顔負けの童顔と仙姿玉質を共生させている顔立ちを見ればどこか偉い所の秘書にも見えてしまう。
月見里はどう思っているのかは分からないが、表情を見る限りあまり興味が無いようである。
「ああ」とだけ返事して、ドアを開けばモニタが所狭しと並べられていた。
「ここが管理室か?」
「うん、そうだよ。ここから監視カメラの映像が見れるんだよ」
監視カメラの映像が見られれば『あれ』がどこにいるのか把握できるので願ったり叶ったりだが、残念ながら全てブラックアウトしてしまっている。
ソーラパネルが取り付けられているからと言って通電しているのは稀である。
何度も何度もスイッチをパカパカ切り替えて、がっかりしてきたというのに、ほんの少しでも期待してしまうのは弱者の常というものなのだろうか。
「東台。ここって本当に使っていたのか?」
「うん。前来た時は警備員さんがたくさんいたよ。て言っても、かなり前だけどね」
東台はそう言って苦笑いを浮かべた。
たくさんというのはどれくらい分からないが、モニター付近にはデスクが並べられておりその数があっているならばかなり多くの人がこの中にひしめき合っていたのだろう。
というのに、荒れた様子もなく私物のような痕跡さえなく、さながら真空パックの中に入っていたような綺麗な状態で保たれている。
『あれ』がこの部屋にいなかった証拠にもなりえるが、今まで見たことが無いほどの状態のものが目の前に現れれば安堵感よりも不気味さを覚えた。
月見里はどうかと見てみれば、借りてきた猫のように固まってはいるもののモニターやらモニターやら机やらしきりに見ておりどこか興奮気味な様子である。
東台はどうかと見てみれば、月見里と同じく物色しているように見えるがその表情に興奮はなく、手に掴んだ鍵だけは直立させてオロオロとその場を行ったり来たりしていたりと落ち着きがない。
「どうしたんだ?」
「ん?いやぁ、ね。鍵を元に戻しておいてって言われてたからさ。どこかに置いておきたいんだけど、鍵棚とか見つからなくて」
「いやぁ、参ったなぁ。こりゃ」と後頭部に手を置いて笑って見せるが、それが冗談ではなく本気で言っていることは伺い知れた。
きっと、これが彼女のけじめというか信念というか何か根幹にあるものだろうと思える。
「見えやすい場所に置いておけばいいだろう。そうすれば、取りに来る人がいてもパッと見ただけで分かるからな」
そう理解はしていても最適解を出せないのは変わらない。
この場合の最適解は何かと問われれば分からないが、冗談めいたことをいうのがそれではないことは分かる。
「そっか、それはナイスアイディアだね!」
しかし、それでも良かったりするのが彼女で、それが彼女と幾ばくか接することのできる気楽さの所以であるのだろう。
だが、東台がにこやかな目を開ければ、そこには感傷的な瞳を宿していた。鍵を机に置き、撫でるように擦ると再び小さく口を開いた。
「でも、いつか誰か来たりするのかな?」
東台はこちらの目に視線を向けた。その瞳には感傷的なものは消失して何か別のものが入り込んでいた。
ガラス玉のように透き通っていくような目。
その短い質問の答えは経験上から言って単純明快である。だが、コミュニケーション能力のない自分は、代わりの言葉も見つからず口をパクパクするしかなった。
それでも、東台は表情を固めたまま何か答えを待っているかのようにこちらを見ていた。
「地図あった!」
その時、月見里の嬉々とした声が跳ねる。
見れば月見里がクリアファイルのようなものを旗のように勢いよく降って満面の笑みを浮かべていた。
こちらは渡りに船とばかりとばかりに月見里の下へと駆け寄った。
「見せてくれ」
月見里は「わかった」と言って、勢いのままそれを机に置いて広げあげた。見れば従業員用のエリアを含めたモール全ての見取り図なようである。
それを見れば自分たちは2階にいるようで、今いるモニター室の反対側方向に向かえばモールの方に行けるらしい。
「ほら、見て結構近いよ」
月見里はそれほど地図を見つけたことが嬉しいのか興奮気味で地図に指を指していた。
「いや、どうだか。複数あるぞ。良く目を凝らして見ろ」
「あっ、本当だ」
しかしながらも、彼女には悪いがあまり期待できない。
指をおそるおそるなぞっていけば流石巨大ショッピングモールというべきかいくつか本屋があるらしい。
きっとこの中の一つに彼女が働いていた場所があるのだろう。
月見里が指し示したこの階の中間あたりが最も近い所で、最も遠い所はここから3階あがった最上階の奥の方にあるらしい。
出来れば一番近いところを所望したいところだが――
「私が働いてたところはここだよ。ここ」
机にもたげる月見里の顔の前に一本指が落とし込まれた。そちらを見ればにこやかな目をしている東台がいた。
いつも通りに戻った彼女に少し気まずいものを覚えながらも、東台の指したところを目で辿れば顔を強張らせる月見里がいて何の期待も出来ないまま。
彼女の指は最も遠い所の本屋を差していた。
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