玄関の絨毯
「――――!」
何か聞こえる。
だが、体が痛い。身動ぎする度、腰に鈍痛が走る。
「――ら、――て!」
後ろから聞こえてくるのはどうやら人間の声だった。月見里かと思えば、いや、そうではないらしい。
その声に何か反応しようと思いはするものの言葉が出てこない。
頭が酷くぼんやりする。脳みそが中でゆっくり回されているような浮遊感――。
「あ――!で――よ」
ああ、うるさい。どこかに目覚ましを止めるボタンがあるはずだ。そう思い立ち、手探りであるはずの目覚まし時計を探してみる。
その途中、何か柔らかいものに行き当たった。何か触り心地のいいものだ。なんだか、温かい。ずっと触っていたくなるが――何だろうかこれは。
薄目を開けてみてみればそこには寝袋被って寝ている月見里の姿があって、何かをつかんだ手の先にはちょうど彼女のお腹にあたるところだった――
「おわぁ――!」
※ ※ ※
「じゃあ、食べよっか」
リビング。
目の前には香ばしいカレーの匂いがするカップラーメンが置かれている。
東台が合掌しているものの見ているのはこちらで、心なしかニヤついていた。
気にしないフリをして、こちらは麺に手をつける。
「その、頭とか大丈夫?」
東台からは決して言わなさそうな暴言を口にして思わず吹き出しそうになるが、先ほどのことかと辛うじて堪える。
「さっき、物凄い勢いで頭ぶつけてたけど」
「ああ、まぁ、大丈夫だ」
言いながらこちらは頭を擦る。指先に針が付いているのかと思えるほど痛い。
心なしかカレーに混じってアルコールの臭いがする。というよりは、そちらの方がキツイ。
隣にいる月見里は心配そうにこちらを見ることはなく、その臭いの元である寝袋を苦い顔をして見ていた。
どちらも自分のせいである。寝起きだったとはいえ、たとえ寝袋越しだったとはいえ、月見里の体に触れてしまい、思わず後ろへと飛び退いて壁に激突。
そのせいか、未だ脳震盪気味の頭は寝不足特有の浮遊感と共に鐘を鳴らされたような揺らぎもあって不快感に満ち満ちていた。
そして、窓際に吊るされた月見里の寝袋は陽の光では乾かないほどのアルコール液に満ち満ちている。
「それなら、よかったね」
と言いつつも、こちらを見るやいなやまた口元が緩ませ、口が緩んだ風船のように何か言葉にするたびに笑っていた。
女性から笑われることはいく度もあったが、理由を知っている分不安にもならない。
それでいて、彼女がこちらを笑うことに不思議と不快感は覚えはしなかった。
「ごめん、ごめん、さっきの八雲の恰好を思い出しちゃって」
「恰好だって?」
どうやら、こちらの頭に現在進行形で膨らんでいるたん瘤を笑っているわけではないらしい。
思い出して笑えるほどの体勢とは一体どんなものだったのだろうか。
「うん、まるで土下座しているみたいだったよ」
なるほど、道理で腰が痛いわけだ。
未だ圧迫感ある痛みに合点がいくものの、それで気持ちが上向くはずはない。結局、俺は何もしなかったのだ。
無性に腹が立って仕方がない。それでも、重くなっていた胸はどうして軽くなる。
「どうしたの?」
そんな気分に押し込まれていると、急に東台がこちらに声をかけてくる。見れば覗きこむようにしてこちらの目を見ていた。
彼女の丸い瞳に見られていることに何故だか気まずさを感じて目を逸らし、
「いや、ただ――あの時の俺は玄関の絨毯になりたかっただけだ」
と話をはぐらかした。我ながら酷いジョークだ。
しかし、ジャンク的ジョークが好きな東台はハハハと笑い、
「ああ、そうだったんだ。それならゆいちゃんみたく寝袋被って寝転んだらよかったのに」
と軽口を言って見せる。
確かに今考えてみると月見里の姿は寝袋と相まってちんまりとした絨毯のように見えたかもしれないが笑う気にはなれない。
部屋に戻した筈なのにいつの間にか隣に寝転がっている。酷い気分だ――誰のせいでこうなってしまったのだろうか。聞くまでもない。
月見里を睨み付けるが、彼女は寝袋の方をじっと見ていてこちらの目と合わせようとしない。
「ゆいちゃんも、八雲と一緒に絨毯になりたかったのかな」
そんな彼女に話題を振る東台。
当然、彼女の視線は窓の外に置いたまま。しかし、息を小さく吐くように「うん」と呟き、身じろぎするかのように頷く――
「いや、月見里はあそこで寝転んでいただけだ。そうだろ、月見里」
それをぴしゃりと否定して、こちらは月見里に問いかける。
しかし、彼女からは何の反応なく、代わりに溜め息をついた。
東台はこちらと彼女の掛け合いに気まずさを察したのか困惑した表情を浮かべ、違和感しかない沈黙が流れる。
「ありゃりゃ、麵がちょっと伸びちゃった。じゃあ、いただきます」
しかし、東台は水を吸いすぎて容器からこぼれた麺を見つけると、スイッチを切り替えるように気分を切り替える。
狐につままれたようなその変わりように未だ慣れないが、月見里もその言葉を待っていたかのように食べ始めていたので彼女は意外と順応しているようである。
「ああ――いただきます」
感情が一気にリセットする感覚にかなりの違和感を覚えつつも、こちらも合掌して麺に手をつける。
麺を啜る音。久しぶりに聞いたためか酷く小気味良く、食べるペースの違う3人違うタイミングで音を立てているのがなんとも音楽を奏でているようだ。
もっともこちらの出す音は彼女らとは違いもはやノイズである。意地汚く勢いよくすすり上げ容器の中は3分も満たず空になる。
その様相に驚くことなくもはや慣れた東台はマイペースに食べ続けている。
月見里は相変わらず口に少し詰め込んだりして早く食べようとするが、プラマイゼロどころかマイナスになってやはり食べ進める速度は最も遅い。
いつものことだと頬膨らむ月見里を横目に外の景色が見える窓越しに外を眺める。
今日は雲がちらほら見えるが、概ね晴れだ。
そうして手持ち無沙汰な中、見ていた雲が寝袋で遮られるほど移動すると、東台の「ごちそうさまでした」という声が聞こえてきた。
「ああ、おいしかった」
「そうか」
「ゆいちゃんも、ゆっくり味わってるね」
「うぅうんふふ!」
「うるさい」と返す月見里だが、確かにおいしそうに頬張っており概ね満足そうである。東台も自分の膨らんだお腹を叩き、満足そうに舌鼓をうっていた。
「それにしても、カップラーメンよく残ってたね」
「ここを出た時には缶詰ぐらいしか持って行かなかったからな」
「ふーん、だからスパム缶とか一個もなかったわけだ」
「――――」
そもそも、カップラーメンは食べるために湯が必要で、容器自体嵩張りやすく、発泡スチロール製で潰れやすい。その点から見れば缶詰一強なわけで持ち運ぶには合理的だ。
だが、確かに楕円型ではない台形型で比較的嵩張るスパム缶を優先的に持って行くという非合理的なことをしたのは事実なので東台の言葉に何も言えることはない。
仕方がないので口と目を再度窓へと向けた。
どうしようもなくなった時に、景色を見る癖はいい加減止めるべきだと喉元をスルスルと抜け落ちそうな戒めが頭の中に思い浮かんだ。もう、知ったことではない。
こちらから何の言葉が出ない事を察したのか、「それにしても」と話題を変え、
「今日は天気がいいね」
と天気の話をする。
大抵の人が会話がなくなった時に出す最終手段だが、とどのつまり肯定の言葉しか返すことしかできないのでその後の話題は広がった試しがない。
こちらも定石通り「そうだな」としか返さなかったので、まさに良い例だ。
「今日は朝焼けもなかったし、向こうに着いたら多分快晴になってるね」
「――――ああ」
快晴であるためか、針山のように超高層ビル群が立ち並ぶ中心部がくっきりと見えていた。多くの人が行き交っていた繁栄の地、今は前人未到の地。
そこを抜ければ東台が働いていたモールの書店。中心部を迂回出来る道があるが、どちらにしても未知のところへ突入しなくてはならない。
大航海時代、新大陸の地を踏む冒険家はどんな気持ちだったのだろうか。それに想いを馳せても自分が手にするものが金銀財宝ではなく一つの本なのは悲しいところだ。
もし本ではなく金銀財宝だったとしても、もはや意味のなさないものになっている事にも二重に嫌な気分にさせられる。
「どうしたの?」
「いや――」
2人も連れて行かなければならないのかと、不安になった。
心配そうに声を掛けてくる東台も、隣で頬を膨らませたまま同じような表情をする月見里さえも――
「怖くないのか?」
「え?何が?」
以前も口にした陳腐化した言葉。喉元に押しとどめていた言葉がポロっと口から零れ落ちてしまう。
それが地面に落ちる前に平然と拾い上げるようにそう答える東台がいて、おそらくその後に出てくる回答も前と同じものだろうと思えた。
「いや、何でもない。忘れてくれ」
とりあえず、今日のことを考えよう。
怪訝な顔をする彼女たちを置き去りにして窓へと視線を移し、「今日は」と前置きを置いて話題も切り替える。
「中心部には――行かずに、海側の道から回ってモールまで向かう」
指でその方向を表しつつそう説明した。
海側は山側の建物とは裏腹にいぶし銀に包まれた工業施設群に覆われているがそこまで行くことはなく、ちょうど工業施設群と中心部の境目に指を指した。
大型スーパや大型娯楽施設、そしてマンション。目につくものがその程度しかない他と変わらない様相を見せている。
「……それって、結構遠回りにならない?」
「急がば回れだ。よく言うだろう」
急がば回れ。危険な近道よりも安全な遠道だ。
その遠道も中心部よりも幾らか『あれ』が少ないだろうというタラレバ論染みた仮定に過ぎないが、幼女と加え経験不足の少女を連れ歩くとなると持てるリスクは少ない。
運動オンチの東台は「あーね」と納得するが、その軽薄そうな返事にますます不安が募る。
「出来るだけ近道を取れるようにはする」
ただし、最も不安な部分は少女の方に運動オンチという冠もつくことで、回り道が最善かといえば怪しいという点についてだ。
「ん?遠道なのに、近道?」
難しい声を出して、ますます困惑する東台。
「ああ、そうだ」といつもの相槌を打とうとしたが寸前で留める。説明をするのを面倒くさがるのは自分の悪い性分だ。
「――遠い道の近い版だ」
「え?」
東台の眉は決して八の字から戻らない。ああ、そうだ。俺はコミュニケーション能力がないのだった。
しかし、こればかりはどうにかしないと思いつつ、荷物から地図を引っ張り上げ机に広げた。
東台も月見里もつられるようにそれを覗きこむ。
南中駅から徒歩10分と誇張気味なポップに今いる建物の写真が下敷きになった地図付きの広告と同じく緑や黄色と明るい色が散りばめられながらも全体的に古めかしい事務的なデザインで書かれたこの市区域一体の地図だった。
「うわぁ、ここって結構家賃高いんだ」
東台はその地図の下にある二桁の数字に驚いてみせる。
もはや意味のなしていない数字なのでこちらも当然月見里も驚きはしないが、むしろ彼女が未だこういうものにも驚くとは庶民的というかなんといえばいいのか。
しかしながら、話を逸らしても仕方がないと咳ばらいをして、
「大分おおまかだが、ここが今いる地点だ」
現地と吹き出し文字で書かれた部分と下敷きにした精巧な地図を照らし合わせて指をさした。常日頃、地図を見ていたせいか、このあたりのところは違和感なく出来る。
もはや差さなくても分かるものだと思うが、順を追ってやっていかないと言葉の整理がつかない。
そのまま指を中心部から逸れた駅からも主要な施設からも離れたところへと引っ張っていく。
「ここを使うことで中心部からは逸れる形で抜けれられる――だが、ここのあたりは狭い道が多い。だから、道の状態によってはかなりの迂回をする可能性がある」
その場所をポンと指で叩いた。
中心部は碁盤のような整然とした道が多いが、そのあたりは絡まった糸のように道の並びが煩雑としていて一本一本が細い。
だが、こういったところは大抵道が悪くなっているので崩落していたりすると、その道を外れないといけないのでどのように道を進めるか計画をその場で変えないといけない。
ケースバイケース、悪く言えば、日和見主義。下手を打てばかなりの遠回りをする羽目になって着いたころには青色吐息だろう。
「それを踏まえても、ここを通れば安全とは思うが――」
ただ、こういった道は経験上安全であったことが多い。
だが、続く言葉が思いつかず口ごもる。自信がないわけではなく、というよりは、言葉は思いついていたが、それをうまく口に出せそうにはなかったからだ。
しかし、線と線の隙間は小さいのを見ると人が集まりやすい大きな施設はなく、それを見てもこのルートを通るのはかなりの安全パイだと思える。知らない道ならなおさら安全を十分確保しておきたい。
眉間を指で押さえ考え込み、もう一度彼女たちを見やった。
月見里は頬に麺を放り込んだまま、手帳を手に持ち鋭い目つきでこちらを見て、東台は真ん丸の目をこちらに見せている。
「どうしたの?」
「ここは3人の体力を考えると得策じゃない」
体力の問題の主な原因は東台だが、月見里もこちらも体力が無限にあるわけではない。それに長い距離を歩くということはそれだけ『あれ』に見つかるかもしれないという精神的負担も高くなる。
それならば、出来るだけ距離が短く綺麗な道を探せばいいのかもしれないが、そういうところは大抵『あれ』が多いのでやはり別のリスクが高まる。
これでは、モグラたたきだ。
どこかを重点を置けば別のところが疎かになって、その部分を補強しようとすれば重点を置いたところのデメリットが浮き上がってしまう。
結局は、全員がどれほどの力量を持っているかを加味したうえで、最もバランスの取れる手段を考えるべきなのだが。
「ステータスなんて見えやしないよな」
きっとステータスが見えたとしても、きっと同じように行き詰っていることだろう。
どこが最もバランスが取れる塩梅になるのかそれが分からない。
いや、能力が見えたとしても、どのくらいの距離が行けてどれほどの精神負荷に耐えられるかを導き出すなら高度な算術が必要だろう。結局は、知識が必要だ。
いつもこうだ。もっと勉強をしていれば、この落としどころをつかめているのだろうか。
現時点の中学中退者の脳みそはただただ堂々めぐりの闇の中を棒をズブズブと突っ込むだけ。
「本当に大丈夫なの?」
次は月見里から言葉が出る。彼女の容器を見ているとスープさえもうない。
全てが机上の空論。そんなものをこねくり回して時間をかけるのは虚しいが、判断材料がこれしかないので代替案もない。
だが、おそらくこれ以上時間をかけてもきっとこれ以上意見は出てこないだろう。
「それを踏まえたうえで、このルートで進もうと思う」
そうして苦し紛れに指したは、先ほど窓で示した場所で示したところであった。
道は所々細い道はあるものの道自体は先ほどよりは綺麗に並べられており、一本一本の広さもある程度あるので崩落していてもルートの修正はそこまで問題にはならないと思う。
しかし、中心部で少しばかり近くなってしまうので『あれ』に遭遇してしまう可能性が高くなることは否めない。
だが、無い頭で出された案の中では一番妥当な選択だ。
後は――
「ちょっと待っててくれ」
「ん、どうしたの?」
いきなり立ち上がったこちらに東台と月見里がぽかんとして見上げるが、それを無視して隅の方に置いていた紙袋を引っ張り上げ机に中身を転がした。
保険は多ければ多いほど良い。がちゃりがちゃりと金属が擦れる音と共に出てきたのは銃器と2種類の無骨な箱型のものだ。
「あっ、これコルトなんとかだったんだ」
そう言って、東台は箱形の物には目をくれず銃の一つを握りしめてみた。
自分が持っているものと同じものだった。中に入っているものは全てそれと同じものなので当たり前だが。
しかし、この銃の名前はコルト何とかというのかと目から小さなウロコが出る。
「でも、これってどういう感じで――」
――――。
直後、爆発音。
耳の中は甲高い金属音のみしか聞こえてこない。たん瘤で外気の影響に弱くなった頭は酷く揺らぎ、視界にとらえた月見里の輪郭がぼやけて何かもが揺らいでいる。
「うわぁっ!皆大丈夫?びっくりしたぁ」
東台も立ち上がりこちらと月見里の身を案じるが、彼女も片耳をおさえて同じポーズ。
「もぉー!耳がキーンってする」
両耳をおさえ頭を抱える月見里が涙目で東台に怒鳴っている。
耳が聞こえていないためか、いつにも増して声が大きい。
3人これだけ呑気に頭を抱えていると、かき氷をかっ喰らった後の頭痛のように思えるが東台の誤射でこうなっているので危険度マシマシである。
「あはは、ゆいちゃん。ごめんね。本当にこのレバーを動かすと出るんだ」
立ち直りが異常と言える東台は耳鳴りから早々と脱したらしいが、まだ彼女の指は引き金にかけたままだった。
「月見里!頭を下げろ!」
咄嗟に月見里に叫び、幼女の小さな叫び声と一緒になって身を伏せる。だが、東台は引き金を引くことなく、こちらの声に驚いて反射的に指を離したようで間一髪と言ったところだった。
そして、彼女は銃をおっかなびっくり机に置いて、後頭部に手に置いて驚きの表情から徐々に気まずそうな表情に変わる。
「ごめんね。まさか、弾が出るとは思わなかったから」
「いい、俺が悪かった。安全装置を外していたままだった」
「あんぜん、そうち?」
と反芻するように言葉を繰り返す東台だが、自分の繰り返した言葉がまるでおらず、おそらく安全装置がなんであるかを分かっていない様子だった。
むしろ、その安全の装置という言葉可笑しさに少し遊んでいるようにも思えた。
「絶対、この人に銃なんて触らせないで」
「ああ――そうしよう……」
「ごめんね」
「いい、東台が気にすることじゃない」
月見里は怒鳴り、東台はかなり申し訳なさそうに肩を縮める。
しかし、 彼女が誤って撃ったことに怒りはない。持たせたことに若干の後悔はあるが。
東台の不用心さもあるかもしれないが、それを引き起こさせたのは他ならぬ自分のせいだ。弾倉はあらかじめ抜いて安全装置をかけていたはずだが、いろいろと見落としていたものもあるらしい。
しかし、ただでは起きない東台は今度は箱形のものを掴みあげる。
「あんまりこれには触りたくないから、そっちの羊羹みたいなやつにしようかな。あっ、これちょっとフニフニしてる」
「それは爆薬だ」
「うわぁ!」とおっかなびっくり投げ捨てるように爆薬を放り投げた。
粘土を落としたときのように机に沈みこみ鈍い音をたてるが、月見里の小さい叫び声と相殺される。
爆発しないことが不思議なくらいかなり不注意極まりない扱いに、危険物を扱うには適してなさそうだと今更ながらに気づく。
「大丈夫だ。投げた程度じゃ、爆発しない」
飛び上がりソファの裏側に隠れた月見里に隠れたそう言った。しかし、彼女は猫が威嚇した時のように身体が震え青色吐息だ。
「もう!絶対この人に何も持たせないで!」
「ごめんねぇ。やっぱり、どっちもやめとく……」
「ああ、そうだな――悪かった」
東台を手を後ろの方に回して、心なしか銃から遠ざかっているように見える。
月見里は東台から心なしか遠ざかっている。
銃との初対面、対面はすこぶる悪いものになってしまった。
保険だからと言ってむやみやたらに攻撃手段を持たせるのはむしろマイナスになることを理解できたのは収穫だ。と思っておきたい。
硝煙独特の刺激臭が漂う気まずい空気を窓を開けて入れ替え、咳ばらいをして話題を切り替える。
「おそらく――第3波も終わったころだろう。30分後には合わせて出る。何か聞いておきたいことはあるか?」
昨日描いたメモを取り出し、時計と窓の外の太陽と照らし合わせる。
どれもほぼ正確だ。また大移動の時間がズレている可能性もあるので余裕を持って30分後に出発という体だ。
「ん……途中とか、休憩ある?」
「安全な場所があればな」
「他は?」
とは聞くものもその後は無言。
月見里も、小さく挙手をして聞いてきた東台も、こちらが指していたところに目を落としていた。
その表情は何か決意を帯びているものではないが、2人不満な様子はなく少なくとも了承したというような雰囲気である。
「その、もう一個いい?八雲」
「なんだ?」
「出る前に、ここと……あそこ、掃除していい?」
東台がおそるおそる上を指差した。見れば、白い天井に黒い穴一つ。
硝煙と共に消えてしまった銃弾はどうやら天井にめり込んでいたらしい。だが、見つけたところであそこでは掃除することはできないだろう。
そもそも出来たとしてもやることに意味があるのだろうか。
3人一緒に同じところを見上げるのは傍から見ればきっと珍奇な光景であること間違いなしだ。
こちらは声を出す代わりに、長い長い溜息を体から抜いて、
「いいや、あそこは必要ない――他は片づけよう」
そう言って、空になった自分の容器を掴み上げた。
※ ※ ※
容器をゴミ箱の中に入れだけでは収まらなかった。
机を元のところに戻し、テレビも紙袋も区別なく復元作業をするかのように元のところへと戻していった。
元の様相を取り戻したと言いたいが記憶と見比べてみると少し違和感がある。
しかし、本人ではないと決して戻せそうにない差なので赤の他人の文殊の知恵ではこれが及第点といったところだった。
「おじゃましました」
東台がそう言って廊下に一礼した。月見里も釣られて頭を下げていたが彼女と視線が合うとそっぽを向いた。
陽が出ているのにもかかわらず少しばかり薄暗い廊下は何故だか入ってきた時よりも心なしか開放感があるように思えた。
掃除を施されたせいか、人がいなくなるせいか。
こちらも小さく一礼して、ドアを閉めて、鍵を閉めた。キッチリと、誰も入らないように。
開けた時と同様に肩透かしを食らわされるほど何の異音を立てることなくすんなりとそれは閉まった。
そして、鍵も元の場所へと戻すために、どけていたマットを元の場所へと戻す。
アニメタッチの可愛らしい犬のデザインと肉球。まるでご主人の帰りを待ちわびるかのように昔と変わらない表情で。
「こんな絨毯にはなれないだろうな」
そう呟き、犬のにっこりフェイスとは正反対の乾いた笑みをこぼし、鍵を本人が置いてあった場所に戻した。
東台の「あー、もう階段下りたくないぃ」という子供じみた悲鳴で、感傷的な雰囲気は消し飛ばされ、20階以上もある階段を暗闇の中、下って行った。
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