最上階への登頂


 会話が終わり、3人乾パンを食べたり水を飲んだりの咀嚼音が少しの間沈黙を和らげる。

それだけで、空腹と疲労が多少ばかりマシになると示し合わせることもなく荷物を片して3人目的地へと向かう。


 鬱蒼とした草むらというわけではなく、道の真ん中だけあぜ道のように薄っすらと土が見えており少なくとも何かが通った跡が続き3人遡るようにして歩いた。

 

 しかし、その姿を捉えることもなく目的地へと到着する。


 それが幸か不幸か考えるまでも無い。だが、戦車が転がる大通りとのギャップがあってどうしても肩透かしを食らわされてた感が残る。


 見ずに済んだのはのルートから多少外れていたためか、時間がズレていたからか、それともただ単に運が良かったのか。


 おそらく、そんなことを一生考え続けても答えは見つからない。そうとなれば、結果のみが留まるだけ。

 月見里も東台も、多分自分も、高い高い建物を見上げて到底呑め込みそうにもないのに口は半開きになってぼんやりと眺望を眺めるだけだった。


 「ここが……そうなの?」


 「そうだ」


 東台が半開きにしたまま声を出した。こちらを口を閉じてからその言葉に応じた。今回の目的地である建物である。

 前回と同じ高層建造物だが、それよりも一層に高く、周りに建ち並ぶものを1,2階積み増しても全て見下ろせるほどに聳え立つ。


 その外観も東京の都心部にあるような全面ガラス張りの青々と輝くような荘厳とした――ものではないが、おそらくそれと同じようにひび割れ一つない重厚長大なコンクリート壁を張り付かせその上から白銀を薄っすらと塗られたように輝いていた。


 昔ならそんなものはごまんと刺さっていて一視線も向けなかっただろうが、周囲が瓦礫や雑草に埋もれる崩れかけた建物が長大雑多に取り巻いている中一つ直立に建っていれば正に砂漠の中の摩天楼。そう呼んでも差し支えないほどに際立つ。


 しかしながら、それを見る東台の表情は曇っている。前回目的地を見た時のような歓喜の色は無く、その代わりに絶望を顔を歪ませて出来た皺の一本一本きめ細かに張り付かせていた。

 

 「これ何階ぐらいあるの?」


 「だいたい15か18の間ぐらいだな」


 「えー!いや、でも目的の場所はまさか1階、いや、負けて2階……とか!」


 「……最上階だ」


 「ああー!そんなぁ」

 

 必死にこちらの目の前に手で数字を作って懇願する東台は残酷な答えにマンガのように文字通り打ち崩されうなだれる。

 それほどのオーバーなリアクションをされれば、先ほどまで疲れた顔をした月見里から笑いが吹き出していた。


 しかし、こちらの方に向ける彼女の顔は悲哀一色。限界まで下げていたかと思われた目じりをこれでもかとそれ以上に下げて涙を浮かべていた。

 身震いするほどの容姿を持った彼女の泣き顔はつい負けたくなるほど保護欲をかきたてるものだが、事実は全てにおいて勝ってしまうものである。 


 「エレベータとかはあるよね?」


 「あるが、動いていない」


 「ええ、そんなぁ」と悲痛な声をあげる。そんな大規模な電力が必要なものが今も稼働しているのなら今頃は大団円。

『あれ』なんて全滅させて、取って代わるように人だかりで埋め尽くされることだろう。いや、それはない。


 「とりあえずあまり外に出ていても良いことはない……悪い」


 時計を確認すればもう昼時に近かった。


 駅で留まっていた『あれ』は一匹残らず移動しているようだ。今頃、超高層ビルが立ち並ぶ中心地にいるのだろうか。


 この辺りはそこと少々ズレた場所にある。取り囲んでいるのもオフィスビルでもなく住宅街とコンビニやスーパやらレストランの小規模な飲食店が多い。ちょっとした下町と言えばいいのだろうか。


 だが、いくら外れた場所にあるところといえども、『あれ』が決していないわけではない。


 この辺りは川を越える道から遠く、中心部からも外れている。その立地条件のためか、車の存在はそれほどなく、遮るものもそれほどない。

 圧迫されるようなものもなく視界も広がっていれば、『あれ』がこちら側を捉えるチャンスはいくらでもある。


 「階段のことは入ってから考えればいい」


 我ながら何と酷い説得である。


 しかし、「早く入ろう」と既に建物の入り口のあたりで直立している月見里がしびれを切らす前に入った方が得策だ。


 「よぉし、行くぞぉ」


 東台もその状況を捉えたのかどうかは分からないが、自分の両頬を叩くとそう言って、意気揚々と建物の中へと入っていく。

 強く叩き過ぎたのか彼女の白かった頬は真っ赤な手形がついてほんのりと涙を浮かべていた。


 その一部始終をバッチリと見た月見里は心なしかまたニヤついていた。


 ※ ※ ※


「動けぇ!」


 東台は意外にも諦めない性格なようだである。

 玄関先でエレベータを見つけた途端、一目散に近づいてひたすらボタンを押し続けていた。

 時計を確認すればそれから2,3分経ったと思うがそれでも彼女の勢いは止まりそうにない。


 月見里が「そんなのバカみたい」と東台を止めようとしたりとしていた声も、「それうるさいからもういい加減にして」という声を最後に止まってしまい、今は座り込んでお気に入りのぬいぐるみを弄りまわすのに夢中になっている。

 

 「もういいか?」


 「ごめん、まだ!後もうちょっとだけ試させて」


 そう切り出してみるも、暖簾に腕押し。固い意志を持つ彼女はその道の名人だと言わんばかりにボタンを連打強打し続けていた。


 「分かった。終わったら教えてくれ」

 

 と言ったが、今度は返事さえ帰ってこない。代わりにゲーム機のボタンを押しているような音が続く。


 仕方なく月見里の近くに座り込んだ。こちらが何と言おうと彼女がそんな藁を掴むようなことをするのは仕方がないことかもしれない。

 

 そうして、手持ち無沙汰になった自分はぐるりと周囲を見回してみた。


 彼女が壊しかけているエレベータも周囲を取り巻く構造のどれ一つをとっても破片をこぼすこともなく、もたれかかった壁でさえも髪の毛一本程度のヒビさえ一つついておらず、大理石は色を落とすことなく白く輝いたままだ。


「まるで変わらない……か」


 まるで包装紙でくるまれているようだった。


 ただ一つ変わったと言えるのは玄関のすぐ外側にピッタリと張り付けられたグランドオープンと入居者募集と書かれたポスターの色が前よりも褪せていたことぐらいだろうか。


 だが、それでもポスターに書かれた月日だけは色あせることなく『あれ』が発生してちょうど1日前あたりをはっきりとした黒字で映し出している。

 これだけのものを見せられたら時間を止められていると言われても信じたくなる。そう考えるとこの屋内に入ってくる光が暗いセピア色のようにも思えた。


 「ああ、駄目だったぁ……」


 そんなことを考えている最中、東台から悲痛な声が漏れた。


 彼女の方を見るとその姿も負けず劣らずと言ったようでこの世の終わりのようにその場に座り塞ぎこんでいた。彼女の背中で遮られていたエレベータのボタンは物の見事に壁にはまり込んで浮かび上がってこない。


 「もういいか?」


 「うん、もう諦めた」


 そう言ってこちらを見上げる東台は美人薄命という言葉が似あうどこか諦観した表情をしているが、理由が理由だけにあまり深刻な感じには見えない。


 「そうか、分かった。月見里、ランタン点けておけ」


 「ん、分かった」

 

 月見里はやっと終わったと言わんばかりにその場で背伸びしてぬいぐるみをしまいランタンをパっと照らす。

 それを見届けつつエレベータのちょうど向かい合わせになっているドアを開けた。

 

 目の前にボヤけた闇が広がる。


 電気はもう通じていないことも、だからこそ月見里にランタンを点けさせたのだが、理解していても初めて入ったときに電灯がギラギラと自分の眼を焼いた記憶とのギャップが一層暗闇を濃くさせて思わず入るのを躊躇してしまう。 

 

 しかし、それは一瞬で、後ろから月見里のランタン光が階段に差し込まれると朧気に階段の輪郭がはっきりと浮かび上がってきた。


 窓が一つもなく鼠色の薄汚れた壁一色。


 それでも1年前に建てられたものと言われても納得してしまうほど状態は良好であるが、所々色あせて小さなひび割れも散見するところを見るにここも平等に時間が経っていることが窺い知れた。


 「足元に気を付けろ」


 そう言って、登る前に階段を踏みつけて強度を確かめてみる。

 

 同じく強固なコンクリートは歪むこともギシリと悲鳴を立ててひび割れることもなく根を下ろす地面のように固く頑丈な感触を靴裏から感じ取れる。


 「うわぁ」


 そのような状態でもこちらの後ろから嫌そうな声をあげたのは東台ではなく月見里だった。

 その声自体聞き慣れたものであり、高速道路の非常用階段を見上げた時に漏れ出る声である。


 確かにエレベータを使う事を前提にして作られた建物の階段は高速道路のそれと同じように険しく角張っている。

 いつも登っているのだがそれでも途中で休憩を挟まないといけない程度には、成長途中の彼女の足では一段上がるのも一苦労なものだろう。


 もっとも、この中で一番足の長い東台は開いた口が塞がないほどに絶句すると、しきりに頬を叩き「山と一緒、山と一緒」と他の誰よりも自分を鼓舞していたりしている。


 しかし、元気を取り戻すところか、充血して真っ赤になった頬の痛みに目に涙を溜めていて、効果はいまひとつのようである(ある意味では効果バツグンかもしれないが)。


 その後は休憩を取りながらひたすら階段を上ることとなった。


 山の木と土で出来た不均等な階段と違って理路整然と厚いコンクリートで整備された階段で休む必要なんてないだろうと高を括ってしまうが、荷物を背に負いながら登るとすると中々に辛いものがあった。


 人数も増えて初めて行くところでもあるのでいつもよりも多めに物資をバイクに詰め込んでいたのだが、それが自分の背に担ぐとなるといつもよりも重い。


 しかし、その重さの分必要なものでそれだけのものを詰めてこられたのだからバイクの積載能力を褒めるべきなのだろうが、今はただ軟骨が押しつぶされているのかと思うほどに過分な重みを膝と腰に圧し掛からせているのだから悪態の一つしか出てこない。

 

 同じく増えた自分の分の食料品を担いだ月見里は6階ぐらい上がったときにはうんざりだと言わんばかりに険しい表情になっていた。


 しかし、東台は6段上がった時点でそんな表情を浮かべて、3階ぐらいあがると暑いと言って自分のシャツを脱ごうとしたぐらいに憔悴していたところを見るに流石階段を登り続けただけあるとも言えた。


 しかし、変に長く登っていてもその分体力の回復に時間がかかるので、一度休憩を取ることにした。

 休憩と言っても階段に腰掛ける程度のもので、コンクリートのザラザラとした固い感触が尻を圧迫して居心地は決して良いものではない。


 それでも、東台はある程度息の調子を取り戻したようで、荷物から先日の携帯食料を取り出してこちらと月見里に分けた。


 東台いわく「山登りは休憩中に甘いものを取るのが一番」とのことらしい。


 こちらと月見里に手渡され、3人で逆三角形に陣を張るようにして体育座り。いただきますの号令が終われば、中央にランタンを置いて同じ方向を向いて齧った。

 何のこともない間食なのに、ランタンに映し出される東台の背中を見ていると、節分の恵方巻を何故だか思い出してしまう。


 きっと元気溌剌な彼女でさえも一言も発さずにかじりついているからかもしれないが、そんな行事をしたことはないのに今更そんなことを思い浮かべてしまうとは何とも奇妙な感覚である。


 確かに言った通り、東台は水を得た魚のように元気を取り戻していた。


 彼女は食べ終わると一息置くわけでもなく「エレベータ動いているかどうか確かめてみる」と飛び出しエレベータの方へと駆けて行った。まさに暗闇で火を放たれたような変わりようである。

 だが、月見里の彼女を見る目つきは先ほどのように冷ややかであること変わりがない。

 

 そして、月見里が再びぬいぐるみをいじくり始めようか自分の荷物を探っているという時に、がっくりと肩を落とした東台が「エレベータ動かなかったぁ」と先ほどと同じようなセリフを地面に吐露していた。


 ここまでくると粘り強いというか、相当諦めが悪いと言った方が正しいだろう。 

 

 それからも休憩をする度に巻き戻されたように東台はエレベータへと向かい、意気消沈した顔をこちらに見せて同じセリフの総集編をこちらと月見里に投げかけてくる。


 唯一変わり続けたところと言えば、戻ってくる時間の間隔と彼女を見送る月見里の目から徐々に冷たさが消えてもはや何の色さえ宿さなくなったことだろうか。


 それが終わるのは階段の先が壁になって、眼前に埃で薄っすら塗れた木目の見えないダークオーク調の壁とそれにぴったりとはめ込まれた煤竹色のドアを見た時だった。


 「あー、やったぁ!やっとだぁ!」


 その代わりに東台は近くにあったエレベータのボタンを一押しさながらロープを切ったマラソン選手のように床に膝をつけて声をあげていた。

 彼女の山登りという言葉を借りるならさしずめエベレストの山頂に到達した登山家というところだろうか、その声もまさに歓喜に打ちひしがれたようなものだ。


 しかし、ただマンションの階段を上がっただけなので何の感慨も無いこちらは「そうか」と流して、足元にあるマットから鍵を拾い上げて「お邪魔します」とそのドアを開いた。


 後ろから東台の「おかえり」という声は聞こえてくるが、前からその返事は返ってこない。


 「八雲ん家おっきいね」


 「いいや、ここは俺の家じゃない」


 代わりに息を切らしているはずの東台がこちらの手元に握られた鍵を見上げそう言っていた。

 こう言う時に月見里から何変なことを言っているのかと訝しむところだが、彼女も今似たような表情をこちらに向けていた。


当たり前のようにマットをどけてその下にある鍵を拾いそのままそれでドアを開く――確かに警察が見ても怪しまれることなくその人の家だと思うことだろう。


そう客観視してみると彼女達の反応に納得してしまうが、残念ながらここは自分の家ではない。


もしそうだったとしたら、マットに書かれた絵は印象派かアニメ派みたいな可愛らしいタッチでかかれた犬と肉球ではないだろうし、動物系なら写実寄りのネコのデザインだろう。それにもっとマシなライフスタイルをとれていたことは確実だ。それに――。


「ただの……赤の他人の家だ」


きっと誰にも迷惑をかけることはなかった。


※ ※ ※


 家の中に入り淡い栗色の廊下を抜けると東台の歓声と月見里の小さな感嘆の声が響いた。外の壁とは対照的な白亜の壁が目を引くが、それを突き抜けるように窓に広がる棒状の緑の団塊が荘厳な佇まいを持って圧倒的な存在感を示していた。


 「あれ?全部ビル?」


 と興奮気味にしゃべりかけてくるのは月見里だ。彼女も景色を見るのが好きで特に高いところから見下ろすのが一番のお気に入りのスタイルだそうだ。

 

 「ああ、このソファきもちぃ」


 しかし、東台は花より団子。というよりは団子よりも座布団。部屋の真ん中あたりにあった煉瓦色の大きなソファを見つけるやいなや飛び込んだと思ったら、身を沈みこませて蕩けたような顔を晒していた。


 床で眠る大型犬のような間抜けな恰好だが、彼女の愛らしいマスクとそれとはアンバランスの豊満な体がそんな印象を霞ませむしろある種の美しさがあるように思える。


 自然体でこれなのだから煽情的な態度を取られたらどうなるだろうか――あまり考えたくはない。


月見里も多少東台に呆れた目を向けつつも、自分もと窓近くにあったもう一つの小さなソファに座り景色を眺めたりとそれぞれ思い思いのことで楽しんでいるようである。


 自分も壁に寄りかかって懐かしむでもなく、頬に何か強張ったものを感じながら周りを見回した。 


 数年も放置されたこの場所は依然と変わらず清潔感に溢れている。


 確かに白というのは清潔感の最もたる象徴だがむしろ汚れ際立って目立つ色のはずで、何年も人の居ない手つかずの部屋の中なのに、埃という埃が見当たらない。


 目を凝らせば辛うじて隅に溜まっているのを見つけられるが裏を返せばそれだけ。

 

 もし作家の一人や二人がここにいたなら、下界とのギャップに何か高尚な表現を咲かせてしまうだろうが、自分には高級ホテルみたいだという感想しか思い浮かばない。


 もしかしたら記憶というフィルターがかかっているのかと思ったが、ここを美化したことは一度もない。

 東台はともかくとして多少身の回りの環境を気にする月見里でさえも何の躊躇もなくソファに顔を埋めているので決して幻ではない。

 

 しかしながら、ここには生活感というものはない。


 彼女たちが座る革張りのソファとテレビ、机、その上に乗るいくつかのランプ。

 備え付けられたキッチンさえも、ドラマのセットのように設置されているのみでそれ以上のものはない。

 だが、おそらくそれこそが埃が降り積つもらせない理由であり、広々とした空間の清涼感寄りの荒涼感という印象を保たせる理由となっている。


 生活感を表現できていると言えるのは隅っこに転がる紙袋や積み重ねられた白い段ボール。そして、テレビの上と下に散らばる何のジャンルか判断もつかないCDの数々ぐらいだろう。


 段ボールを除けば、全てこちらが作りあげたものだが、そのどれをとっても依然と同じ位置にあるのが不気味を通り越して笑えて来てしまう。


 「もしかして、まだ動くかもな」


 しかし、それだけの状況であるのにどこか安堵感と期待感があるのは事実だった。


 紙袋の中のひと際大きなものを持ちあげて、月見里と東台がいない方の窓側へと向かい中のものを窓に立てかけていった。


 「何それ?」


 「ソーラパネルだ」


 「ああっ!……って?あれ?そんなに小さいものだっけ?」


 「自家発電用だ」


 へぇーと東台の感嘆の声が返事のように鳴った。


 箱を見てみれば家庭用と書かれているので間違いないのだが、立てかければ窓の一つ分広がるので自家発電にしては大きすぎる部類だと思う。


 大型犬もとい竿に引っかかった洗濯物のようにだらけ切った東台だったが、それを見るや否や上半身を持ち上げてこちらの様子を興味深そうに覗きこんでいた。


 しかし、こちらが全て立てかけたのを見て、天井の照明を見上げると表情を曇らせた。

 心なしか視線だけを向けていた月見里も残念そうな表情を浮かべている。


 「残念。それも壊れちゃってるみたいだね」


 「いや、そうじゃない」


 次に紙袋の中から取り出したものは箱形のもの。

 ソーラパネルから延びるコードをそれに差し込むとスマートフォンの電池マークのような絵が0パーセントという表示とともに霞がかかりながらも横面に浮かび上がっていた。

 

 近くにあったランプの電源コードを先ほど備え付けられていたコンセント穴に差し込むとランプの中の電球は目を覚ましたかのように白い光を煌々と照らす。


 「うわぁ!すごい。遊園地のよりも小さいのに力持ちぃ!」


 何故力持ちと表現したのかは文豪でも分からないだろうが、その差はジム通いの会社員とボディビルダーぐらいのものである。


 流石に2階建ての住宅を横に寝かせても端に届かないほどの大きさがあるものと比べるのは分が悪すぎるが、それよりも遥かに小さいもので部屋全ての電化製品を点けられるほどの電気を起こせるのだから技術の進歩というのは目覚ましい――かったのだろう。

 今からこれを作り出すとなれば一体どれくらいの歳月がかかってしまうのだろうか、ふと遊園地の人々が頭に浮かぶけれど虚しさしか残りそうにない。


 そんな事を知ってか知らずか、ランプと同じくして瞳を輝かせた彼女に「ああ、そうだな」とだけ言って、月見里が座っている近くにランプを置いた。


 「別にランタンも点けていてもいいが、光量は弱めろ」


 しかしながら、「うん」と頷く月見里の瞳は東台のようには輝いておらず物ありげな目をしていた。その視線も景色ではなく部屋の様子に変わったようで、先ほどから段ボールの方をずっと見ているようだった。


 「この部屋のものは勝手に触ってもいいぞ」


「え?いいの?なんでも?」


 「あ、ああ……構わない」


 「うわぁ、やった!ほら、唯ちゃん。テレビ見れるか確かめて見よ?」


 と反応するのは月見里ではなくまた東台だ。ソーラパネルを見せた時さえだらけていた彼女が飛び上がるように起き上がって勢いのままテレビの方へと飛び込む様に驚かされる。


 呼びかけられた月見里は「そんなの点くわけないじゃん」とまた冷めた目をするもののどこか興味深げだ。


 「後は勝手にしてくれ。建物の外には出るなよ」


 「はーい。あっ、でも、そういわれちゃうとちょっと外出て見たくなったなり……」


 「そうか。それなら、そこに拳銃が入ってる。勝手に持っていっても構わない。おそらく、すぐに引き金を引いても問題だろう。銃弾は弾倉に入ってるから勝手に持っていけ」


 そう言って、紙袋の一つを持ち上げ彼女に中身を見せる。少し動かすと硝煙の臭いが燻る拳銃がガチャガチャと音を立てて蠢いた。

 防錆剤を撒いていたおかげか外気に晒されていたものも錆一つない。

 

 だが、東台ははにかんだ表情からひきつった顔になって「あ、ああ、うん」と歯切れの悪い返事が戻ってきた。

 拳銃の弾をやみくもに当てて殺せるような相手ではないので、その反応も当然と言えば当然である。


 「一応言っちゃうけど、冗談だよ?そんなんで出ていったら死んじゃいそうだし」


 「そうか、連射式の銃とかライフルがあれば良かったんだがな」


 試したことは無いがライフル弾は人の手足を引きちぎれるほどのパワーを持っているらしいのであれでやれば一発で仕留められそうだ。


 軍事施設や先ほど転がっていた軍事車両の中に転がっているかもしれないが、あれほど重くて長いものを常日頃背中に掛けるのは民間人かつ軟弱な体を持ったこちらでは到底出来ないことだ。


 しかし、軟弱な体で重いものを抱える東台。相反するものを抱える彼女ならば武器商人がウェルカムと胸襟を開いてくれることだろう。

 そんな下劣な事を考えて罪悪感を抱えつつも、ぶらぶらと紙袋を揺らし続けてみる。

 

 すると東台は紙袋を掴んで床に追いやると、


 「だから、じょうだん!もう、八雲ってあんまりそういうとこ通じないよね」


 「悪いな」


 と頬を少しだけ膨らませる東台。なんだか、空気を悪くしたようで気まずい。 


 月見里も冗談を言うことはあるかもしれないが、こちらは冗談を言ったことがない。月見里に何か冗談を言った時は微妙な顔をしていた気がする。


 そもそも、そういうことを言い合う経験はあっただろうか、頭に学生とつく時代の記憶を遡ってみてもそういうことを言い合えた相手が思いつかない。


 果たして友人と認められる存在はいただろうか、もはやそれも皆無な気がする。少なくとも、彼らは正当な理由なくいじめてくることは無かったのでいい人達であったことは確かだ。


 微妙ながらも不満げな表情が残る東台に、「じゃあ」と前置いて、


 「少し仮眠をとる。何かあったら起こしてくれ」


 と言って背を向ける。「おやすみ」という後ろからの声に押されるようにして、近くにあったソファに身を放り投げた。


 ソファはこちらの肢体を包み込むように沈み込み、今まで味わったことのない柔らかな感触が寝不足気味な頭に降りかかる。


 何やら穏やかな言い合いをしている月見里と東台に「このソファは絶対触るんじゃないぞ」とおやすみ代わりの警告を流して、そのまま眠りについた。

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