道中にて
様々な号線を乗り継いで都市部へと向かう道筋。3人の体でぎゅうぎゅうに詰められた車上は暑さの出始める季節も手伝って遮る壁が段ボール板一つにも関わらず3人とも汗で服が濡れていた。
多少の風にあたり汗は飛散するが、流れ出る汗がそれ以上のもので生乾きの衣類が肌にまとりつく不快感が体を包んでいた。
そのためか、皆会話を交わすことなく出発してから時間がたった今でも気まずい沈黙が流れている。
――というのは少々語弊があって、一番前の幼女が一番後ろの少女に話かけられたくないとバイクのタンクにうなだれて不機嫌そうにさせて無言の圧力を醸し出し、一番後ろの少女がその事に気づいてか気づかずかあっけらかんとした様子でカーブで曲がったりするたびにジェットコースターで聞くような嬉々とした叫び声をあげている状況だった。
「バイクっていいね」
「そうか」
後ろの少女もとい東台はその喧噪交じりの奇妙な沈黙を破るように口を開いた。
月見里はそれに反応して頭をぴくりと動かしたが、すぐに項垂れて我関せずといった態度に戻った。
こちらは月見里同様に話すような気分――というより色々と今後のことに対する思案に暮れているため話したくないと言った方が正しいだろうか。
こちらは放っておけと彼女の言葉に定型の返事を返すだけで押し黙った。
「うん!友達にねバイク好きの子がいたんだよね」
が、彼女は刀を返すかの如く話を続ける。
「なるほど」
そして、こちらは再度同じ返事。
「それでさ、このバイク、かなりへんてこりんなエンジンついてるけど何て言うバイクなの?ハーレー?」
東台は不思議そうな声色でそう言った。
やはり、「なるほど」という言葉を――続かせようと思ったが、質問に「なるほど」と返すのはバカバカしいこと極まりないとそれを喉元に押し込めた。
それにバイクと言われると開口一番に「ハーレー」と言われたことに何だか言い返したい気持ちが生まれてしまったのも多少ある。
「R80だ」
それを口にしたとき、一瞬だけ月見里が頬を膨らませてこちらを睨み付けた。
こちらが東台と話を交わしたのを怒っているわけではなく、月見里がこのバイクに「うーちゃん」という名前を付けていてそう呼ばなかったことに腹を立てているのである。
R80という名前からは想像もつかないニックネームだが、彼女いわく(東台がへんてこりんなエンジンと言っていた)水平対向エンジンが振動で揺れているときの姿が折れミミちゃんの友達か何かであるうーちゃんの飛び跳ねる姿に似ているからだそうだ。
正直なところ、女児向けアニメなんてものを一度も見たことがないこちらは当然のようにしっくりとこなかったため、オリジナルの名を引き続き呼んでいるのである。
「へぇー、ハーレーと同じ国のやつなの?」
「いや、ドイツだ」
「へぇー!いいなぁ、高性能なバイクじゃん!流石、ふぉっけ?うーふちゃんだね!」
「もぉー!うーちゃんだもん!」
と月見里が怒号を飛ばす。こちらもふぉっけうーふとかいうどう聞き間違えたらその言葉が出たのかと一瞬戸惑う。
が、迫力がないのと、東台が「へぇー、うーちゃんって名前つけてるの?可愛いね」と月見里に言うと彼女がそれを無視して黙り込んでしまったのでこちらはそれを気にかけることはなく、むしろ東台が述べた高性能なバイクという誉め言葉に少し嬉しい気持ちはあるものの妙に自分の心につっかかった。
「いいや、これはじゃじゃ馬だ」
「へぇー、そうなの?」
と不思議そうにして、「黒々しててかなり頑丈そうだよ?」と頓珍漢なことを言う東台。
しかし、色だけは堅牢であるというのは言い得て妙だ。
エンジンはどうにかなっているものの、電装系は酷いもので何度も何度も潰れては直し潰れては直すといった状況である。
セルモーターの磁石は何度割れたことだろうか、接着剤のキツイ臭いと針の穴に糸を通すような細かい作業と何度苛立っただろうか。
「エンジン以外は全部だめだな」
「ふぅーん、何年ぐらい乗ってるの?」
「5年ぐらいだ」
そんな問題がありながらも5年も乗ってると愛着が湧いてしまうものである。
転がっているバイクの部品を抜き取って共食いをさせて騙し騙し乗っているのが実情だったりするが転がっているバイクを乗っていた方がよかったのではないだろうか。
「そうなんだ。やっぱり使い古したのって結構愛着湧いちゃうよね」
「そうだな」
こちらがそう返事すると、彼女はすっかりと黙り込んだ。
不思議に思い彼女の方を一瞥すると、心ここにあらずといった顔でどこか遠くの方を一点眺めていた。
「ねぇ、『あれ』って人がいなくなったら死んで居なくなるの?」
こちらが彼女の様子に気まずくなり何か言おうと口を開く前に、東台が神妙そうにこちらに尋ねた。
「いいや、ずっとその場に留まり続けるだけだ」
「………」
「ふーん」や「そうなんだ」と言った言葉が東台から聞こえることはなく、彼女は黙り込んで先ほどと同じ方角を見つめていた。
月見里は「やっと、静かになったか」と言わんばかりに足を少し揺らして上機嫌になっていた。
そして、まだ暫くしてから東台がくだらない話をするまではエンジンの音だけが静かに響き渡っていた。
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