【ショートストーリー】時の織り手の逡巡と憂鬱

藍埜佑(あいのたすく)

【ショートストーリー】時の織り手の逡巡と憂鬱

 ある時代、ある場所、ある時間を布に織ることができるという一人の女性がいた。

 彼女は織り機を使い、絹のように滑らかな時間の糸を紡ぎ出すことができた。

 人々は彼女を「時の織り手」と呼び、彼女の作る「時間の布」を手に入れるために遠方からも訪れた。


 織り手の女性は人々の願いを聞き、喜びの瞬間を長く、悲しみの時を短く織り込んだ。しかし、彼女は誰にも言えない秘密があった。彼女が紡ぐ時間は、実はどこか別の場所から奪っているものだった。


 ある日、一人の老婆が彼女のもとにやってきた。老婆は、自分の孫が生まれた時の喜びの時間をもっと長くしてほしいと願った。

 織り手はその願いを受け入れたが、老婆が帰った後、一つの疑問が彼女の心に浮かんだ。


「これまで奪われた時間は、どんな影響をもたらすのだろうか?」と。


 彼女は織り機に向かい、自分自身のために一枚の布を織り始めた。

 それは、彼女がこれまで奪ってきた時間を返そうとする試みだった。

 布が完成し、彼女がその布を身にまとうと、時間は逆行し始めた。


 村の人々は、日を何度も何度も繰り返した。

 喜びも悲しみも、痛みも愛も、全てがループした。

 彼女はその繰り返しをすべて経験した。

 やがて彼女はこの繰り返しの中で一つの真実を得た。

 時間は織りなすものではなく、それ自体を生きるものだと。


 織り手の女性は最後の力を振り絞り、織り機を破壊した。

 時間の布は解け、奪われた時間は元の場所に戻り、村の人々は自分たちの時間を取り戻した。

 織り手は静かに微笑み、その身を時とともに消えるように溶けていった。


(了)

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【ショートストーリー】時の織り手の逡巡と憂鬱 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi

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