6
幽玄にかすむ視界に、ぽっかりと開いた口が現れた。周囲に植物がはびこらせ、雨の中で静かに息を潜めているようだった。
隧道の向こう側は妖しく見通せなかった。慣れた楽園への道を、たしかな決意を滲ませて踏みしめる。足音の残響に、ピチャンという水滴の落ちる音がときおり混じった。
トンネルを抜けても、変わらず空は哭いていた。景色が一変するんじゃないかとも考えていたが、はずれた。おそらく境界が曖昧になっているのだ。
慣れた理想郷の道は、永遠とも一瞬とも感じられた。まわりには仲間たちの姿がある。木漏れ日を浴びながら無駄話に興じている。幸が冗談を言う。漣が蘊蓄を垂れる。アメが大袈裟に驚く。そして、彼女が笑う。
ある限りの記憶を慈しみながら、やがてたどり着く。
『君ヶ浦』――彼女がいるなら、きっとここだと直感でわかっていた。
海は白波がせめぎ合い、月見岩の輪の間からも飛沫が上がっていた。白かった砂浜は水を吸って黒くくすんでしまっている。
そこに、本来あるはずのないものがあった。砂浜に足跡を残し、その巨石――かつて人魚が月を見上げたという岩の前に立つ。表面に手をかざした。目を閉じると、自然と瞼の裏に蘇る。輝かしい日々、鮮明に胸に焼きついた永久の記憶――
「俺さ、浪越に来て本当によかった。みんなと会えて本当によかった。いろんな場所に行けて、知らなかったこともいっぱい知った。信じられないくらい平和で、信じられないくらい楽しかった。最高に幸せだった。けど・・・・・・ずっとそんなとこにはいられない。いちゃいけないんだ。だから……もう、終わりにしよう――」
『美空』
その名を口にした瞬間、周囲から音が消えた。
肌を刺すようだった雨も風もない。あれだけあった暗雲は消え失せ、くらむような蒼穹に覆れていた。君ヶ浦は美しい姿をとり戻していた。
そして岩があった場所にいたのは――制服姿の美空だった。
彼女はえっ、という表情できょろきょろ視線を惑わせた。だがすぐにアメの存在に焦点を合わせると、
「アメ、アメだよね!? やった、また会えた!」
くしゃっと相好を崩して抱きついてきた。甘んじて受けとめる。
「それはこっちのセリフだ」
互いに瞳を潤わせながら見つめ合う。
「遅くなってごめんな……でもまさか、俺の中にいるなんて、さすがにわからないだろ」
いくらなんでも、難しすぎるかくれんぼだ。
「そうだ、わたし、ずっとアメと一緒にいて、それで……」
記憶が錯綜しているのだろうか。美空はアメの胸の中心を見据えながら頭を抱えた。
久しぶりにはっきりと見るその顔は、眦が垂れ、頬がこけているようだった。そんな彼女に改めて知らせるのは酷だ。それでも、アメは深呼吸して意を決した。まずは最大のしこりを取り除いてしまわなければ、再会も満足に喜べない。
「美空、聞いて。大事なことだ」
すると美空は、アメの言わんとしていることを察したのか、「イヤッ!」と耳を塞いで距離をとった。
「そんなの聞きたくない! お願い、言わないで!」
駄々っ子のように身をよじって、固く目をつむる。懇願する姿に、さすがに痛みが胸を刺した。それでも美空は向き合わなければならない。乗り越えなければならない。
ともに真実を受け容れるという意味でも――アメは震える声で告げた。
「俺は、もう死んでるんだな?」
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