5
たったひとりを載せたロープウェーが斜面を昇っていた。
高度を上げるにつれて全景があらわになるも、浪越は雲がそのまま地表に降りてきたかのように濃い霧で包まれていた。
山頂駅に着いてから、展望台までの階段を黙々と上る。そして鏨山の頂に到着し、さらにその最上部を目指す。
手すりをつたって岩の斜面を登りきると、ふっと霧が晴れた。朝焼けのような空が広がっていた。眼下では真っ白な厚い雲が滞留して雲海を形成していた。彼方に埋没した太陽の光があった。
来光を拝みに来た登山客よろしく、漣がカメラをかまえていた。隣に並んで声をかける。
「すごいな、本当に船みたいだ」
目の前に、三角に切りとられた展望スポットがある。そこを船首に見立てると、船が海を漕いでいるようにも錯覚する。
「もしくは飛空艇かな」
漣がカメラを下ろして言った。なるほど、言いえて妙だ。
思えばここは、漣と出会い、イエティ倶楽部の結成にいたるきっかけとなった場所だ。それから飛空艇は、まさに天にも昇るような日々に連れていってくれた。気付けば遠いところまで来たものだ。
しみじみと感慨に浸ってから、アメは漣の方を向いた。
「漣に一つ頼みたいことがあったんだけど、いいか?」
「なんだい?」
「明日の朝、君ヶ浦に行ってほしいんだ。
「わかった。別にいいよ、行ってみる」
「ありがとう。頼んだ」
幸には言いそびれてしまったので、彼女も誘うよう依頼した。特に疑念も持たず、漣はあっさり承諾してくれた。いい友をもった。
「にしても……けっこう元気そうだね」
こちらに向き直った漣は、再会に喜びの表情を浮かべ、アメを上から下までじっくり観察した。
「互いにな。……っていっても、なんか浪越のことで手伝えたりはしないけど……これからいろいろたいへんだろうに、悪いな……」
「アメくんが気にすることないさ。あとのことはまかせてよ」
「漣ならきっと、夢を叶えて浪越をもっといい町にしてくれるんだろうな」
戯れに期待をかける。
「すごいプレッシャーだ……でもまあ、時間はかかるかもしれないけど頑張るよ。今まで散々、浪越の写真も撮り貯めてきたことだし」
そう言って、誇らしげに漣はカメラを持ち上げてみせた。数えきれないほど、思い出を切りとってきた名機だ。彼の姿は日差しが後光のように重なって一段と様になっていた。
「漣のおかげで最高に楽しい高校生活だった。改めてありがとな」
「こちらこそ」
「そんじゃ……あとはまかせた」
手を差し出すと、がっしりと握り返してくれた。
「これからどうするんだい?」
「俺は一足先に君ヶ浦に行く。やっとかなきゃならないことがあるからな」
そう、と漣は言うと、手を離して歩きだした。展望台の先端でひとりたたずむと、おもむろに両手を水平に広げた。
「実は、一度やってみたかったんだ」
眩しくってアメは目を細めた。
陽光に呑まれたように、いつのまにか漣は消えていた。
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