バスがくるまで
3.バスがくるまで
梅雨の季節が過ぎた。
雨が少なくなって、必然と彼女に会う時間も少なくなった。
自転車でバス停を通り過ぎても、彼女はそこにいない。
降り出した雨が、彼女をそこに連れてきてくれたのだ。
なんだか、雨が待ち遠しかった。
雨が僕らを忘れているみたいだった。
最後に彼女とあってから3週間。全く雨はふらなくなった。
快晴の空は、みんなを笑顔にする。
だけど僕は、小さくため息をついた。
冷たい雨が、好きだったのに。
いつも通り家を出て、今日もバス停を通り過ぎようとすると、そこに意外な人影が見えた。
彼女だ。雫だ。
太陽の暑さに照らされて、きらきらと輝いている。紛れもなく、彼女だった。
自転車を降りて、彼女の元へ駆け寄る。
彼女は僕を見て「カサさん。」と小さく呟いた。
セミの音が、彼女の声をかき消すように鳴っている。でも、彼女の言葉は、僕の耳にしっかり響いていた。
「…雫さん。今日は、晴れの日なのに。」
嫌味に聞こえたかもしれない。彼女は小さく、
「ごめんなさい。」と呟いた。僕は慌てて修正する。
久しぶりに見た彼女は、なんだかやつれていた。淋しく、冷たく見えた。
まるで、最初に出会ったときのような。
「…ここに来たら、カサさんに会えるかなと思ったんです。」
「え」
その時、ポツリと雫が肩に落ちた。そして、ポツポツと、バス停の屋根が音楽を奏ではじめる。
雨がふりはじめた、序章だった。
そのまま音を大きくした雨の音は、僕らの視界を遮っていく。
そうして、世界は雨に包まれた。
彼女の肩が震えている。寒さで凍えているのではない。
彼女は、涙を流していた。
忘れていた雨の匂い。彼女の匂い。
思い出す。あの日、彼女と紡いだ言葉を。
「会いに来たよ。」
僕はそう呟いて、彼女を優しく抱きしめた。
雨が一層強くなって、僕らを二人だけの世界に落とし込む。
彼女は、彼女に似合わず、声を出して泣いていた。
でもその声は雨にかき消されて、聞こえなかった。
別に、聞く必要はなかった。
彼女に必要とされるだけで十分だった。
「わたしっ、ほんとうは、何ヶ月も学校に行ってないのっ…怖くて、行くのが怖くて、家から出れなかったっ…」
「雨が降って、バス停まで行こうとして、でも、そっから全然バスに乗れなくてっ…おんなじ学校の人は、バスに乗り出しているのに、わたしだけ、のれなくてっ…」
「そのとき、あなたに会ったのっ‥わたしと同じ学校なのに、バスに乗ってないあなたに‥」
「わたし、ほんとうはわかってたよ。あなたが、わたしを一人にさせないために、わざとバスに乗らなかったこと。田舎のまちに、高校なんて一つしかないのに、あなたが気を使って、別の高校だって偽ってたこと。」
「わたしは、そんな優しさがうれしかった。たのもしかった。そんなあなたに甘えてた。」
「あなたと話すだけで、あなたと一緒にいるだけで、楽しかった。だから、雨の日は毎日、バス停に行ってた。バス停に、行くことはできた。」
「でも、どうしても学校に行けなかった。…っ、ごめんなさい、あなたと別れた後、私は家に帰っていたの…」
「ごめんなさい、ごめんなさいっ…こんなわたしで…」
「ごめんなさいっ…」
彼女の言葉に、余白がいくつあったかはわからない。
彼女のごめんなさいが、妙に慣れていたことなんて気にならない。
ただ、僕が彼女にしてあげたいことは、ひとつだった。
雨があがって、あたりがきらめいて。
太陽が出て、僕らを照らす。
一時間目。バス停で抱き合っている僕らを、照らしている。
僕は彼女から離れて、そして彼女に向き直った。
今日は、ちゃんと彼女の目を見ることができている。
「いっしょにいこう。」
彼女は、驚いた顔を見せた。
僕は、優しく微笑んだ。
雨なんて、晴れなんて関係ない。
彼女と一緒にいれば、どんな天気だって乗り越えていける。
僕は自転車のサドルにまたがって、彼女を手招きした。
バスなんていらない。僕たちは向かっていける。
雨なんていらない。きっかけなんて、僕がつくってやる。
「…うん!」
そうして僕らは、雲の向こうへ駆け出した。
End.
バスがくるまで 空一 @soratye
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