第16話

そして部屋に閉じこもっていたマリィも数日が経つ頃には落ち着きを取り戻したのか再び仕事場へ姿を見せるようになった。あの荒れてしばらく出てこなかった期間について、誰も触れようとはしない。それについて弄ろうものなら彼女お得意の魔術で八つ裂き、嫌下手すれば「殺す」という物騒な台詞が飛んでくるのは分かりきっていたからだった。


そんなこんなで相変わらずギルド内では殺伐とした空気が漂っていたものの、ジャックだけは内心安堵していた。ヤードと後輩からマリィが恋煩いをしているのではないかと聞かされていたのだ─確かにあの日以降どことなく元気がないように見えるし、時折物思いにふける仕草も見せるようになっていたのだ。しかし本人が何も言わない以上こちらから聞くわけにもいかずどうしたものかと思っていた矢先の事である─それは突然起きた出来事だった。


「おい、聞いたか?天帝魔導師連合軍団が、ここのギルドに果たし状送ってきたらしいぞ」


ギルド内にて誰かが言った言葉にその場の空気が凍りついた。そして次の瞬間には一斉に騒ぎ出す─それもそのはず、天帝魔導師連合軍団といえばこの大陸で知らぬ者はいないほどの有名な組織であり、特に魔術や魔法に精通する者なら誰もが憧れを抱くような存在なのだ。そんな彼らが何故こんな辺鄙な場所にある小さなギルドに果たし状を寄越したのかと疑問に思う者も当然いるであろうがジャックは何となくその理由を察していたのである─それは恐らく、あちらの方に居た魔導士であろうラグナを負傷させたことに対しての報復なのではないかと。


「…なあ、すごい嫌な予感がするんだが」


「…悪いがジェイド、その予感は当たっている…」


ヤードは苦虫を噛み潰したような表情でそう答えると深いため息をつく。その様子を見てジャックも思わず苦笑してしまう。

そして数日後─ギルドに天帝魔導師連合軍団からの使いがやってきたのだ─その使者が言うには、今すぐに決闘場へ来いという事らしい。それを聞いた瞬間、その場にいた全員が凍りついたかのように固まってしまう中、ただ一人マリィだけが目を輝かせていた。


◆◆◆

天帝魔導師連合軍団の団長である男の名はメイデン・ヴァルヴレイヴといい、その容姿は山吹色の髪を整髪料で固め、オールバックにした髪型が特徴的な金の装飾を施した緑のローブを深く着込んでいる壮年の男だった。彼はゆっくりと階段を下りて来るとギルド内に集まった面々を見渡した後で静かに口を開いた。

─さあ、始めようか、我ら天帝魔導師連合軍団と貴殿ら冒険者ギルドの決闘を……。そう高らかに宣言するメイデンの言葉にその場は一気に緊張感に包まれたのである─その声だけで分かるのだ、この男は只者ではないという事が─だからこそジャックは焦りを感じていた。


(ヤバい!マジでヤバイ!あのヤローは絶対に本気だ!!)


ジャックは慌てて隣に立つヤードに耳打ちをする。


「これもしかして俺死ぬフラグですか…!?」


「いや、分からん……だがやり辛いのは確かだろうな」


ヤードは小さく呟くと腰に差していた剣の柄に手を添えた。そしていつでも抜けるように構えるとじっと相手の様子を窺う─しかしメイデンはそんな彼らの様子などお構いなしと言った様子でニコニコと笑っていたかと思うと突然口を開いたのだ。


「どうやら、御宅の黒魔導士がウチの優秀な魔導士を負傷させたらしい、と聞いたんでね」


メイデンが、ジャックの方を向いたのを彼は見逃さなかった。天帝魔導師連合軍団から、冒険者ギルドに果たし状が届いたと聞いた瞬間ヤードは嫌な予感がしていた。何故なら以前天帝魔導師連合軍団といざこざを起こした人物がいたからである─その人物こそジェイド・フェルニール本人だった─そしてその男はあろうことか団長であるメイデンを半殺しにした挙句に団員の誰かを負傷させたのだ─それも重傷者を出すほどに強い力を持った魔導士だったらしいのだが、ヤードはその事を知らなかった為何故そんなことになったのか疑問でならなかった。そして今回、ジャックがヤードの代わりに天帝魔導師連合軍団に謝罪に行くと言った際にメイデンはこう言ったのだ。


「別に謝罪などはいらないさ。その代わり今ここで勝負してくれればそれでチャラにしよう」


その言葉を聞いた瞬間ジャックは察してしまったのである。つまりこういう事だ。

彼らはジェイドを捜すついでにジャック達がどんな人間なのか見定めようとしているらしい。だからこそ彼は焦っていた。もしここで自分が負けたらどうなるか分からないからだ─しかしそんな心配をよそに周りの観客席はざわめいている。


「臆することなく、戦ってくれるだろう?ジェイド・フェルニールさんよ…?」


ジャックは、死を覚悟した。そうだった、この人も俺の正体知らないんだった。そして彼は、天帝魔導師連合軍団団長であるメイデン・ヴァルヴレイヴにこう告げたのである。

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超名門魔導士ギルドに誘われた俺、初心者黒魔術師なんですが?~伝説の黒魔術師と瓜二つなんて聞いてない!~ ClowN @clown_jp

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