一章 第三話

 二人で逃れられたのは、自ら飛び込んだにも関わらず、埜谷が蚊帳の手を拒まず、抵抗しなかったのが大きい。

 ひしゃげた柵を掴んで、びしょぬれで道路に上がる。抵抗はしないが、助かろうともしない埜谷を引きずって道路に上げると、蚊帳は埜谷と共に道路に倒れこんだ。


 馬鹿力の反動とぬれた服が相まって、体が重くて動けない。


「なんで」

 とまどった声で、蚊帳は呟く。

「一緒に死んでくれよ」


 倒れたまま、埜谷は感情を押し殺したような声で言った。上半身を起こし、蚊帳は埜谷を伺うように背中を丸め、顔を覗き見ようとする。


「埜谷?」

「俺はまだお前が」

 ガバッと起き上がると埜谷は両手で痛い程蚊帳の肩を掴んだ。

「大丈夫?」

 何もわかっていなさそうな蚊帳の顔を見て、顔を歪めると埜谷は項垂れる。

「一緒に死んでくれよ」

「無理だよ」

 困ったように蚊帳は答える。


「なら殺す」

「肩、痛いよ」

「俺と死んでくれ」

「なんで」

「俺が死ぬから」

「埜谷が死ぬと私も死ぬの?」

 こく、と埜谷が頷く。


「お家帰ろ?」

 そう言うと蚊帳は重い体を動かして埜谷の肩に腕を回し、家まで一緒にのろのろと歩いて帰った。夜がぬれた体をひやしてゆくのに、埜谷と触れている箇所はとてもあたたかかった。だけど埜谷の手はつめたかった。

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