日曜日の朝に
ろくろわ
ホットケーキミックス
身体は疲れている筈なのに、一度目覚めてしまった脳は再び眠りにつく事を拒んでいた。
針の音が煩いからと味気無いデジタルな物に変えた時計が表示していた時刻は、いつもの起床時間よりも早い六時三分だった。暫く布団でダラダラと過ごしてみたものの、やはり一度何処かに行ってしまった眠気は帰ってきてはくれなかった。
仕方ない、起きるか。
掛け布団を押し退け背筋を伸ばすと、まだ少し冷たい朝の空気が温かい肺の中で混ざり合う。
「まだちょっと寒いな」
誰が聞いている訳でもないただの独り言が、薄暗い部屋に落とされる。寝室のカーテンを開けると外は明るく途端に朝の散歩をする人や車の音、周囲の生活の音が聞こえてきた。
そっか、日曜日の六時過ぎでも世の中は起きているのか。
そんな当たり前の事をまだ寝ている頭で考える。
僕はそのまま、洗面台に向かい冷たい水で顔を洗う。給湯器のスイッチをつけても水がお湯に変わる前に整容は事足りる。水がお湯に変わるまで待てばいいのだけれど、結局待てた試しはない。
冷たい水で顔を洗ったのが良かったのか、すっかり目が覚めた僕は普段食べない朝食をとることにした。幸いなことに、僕には朝食のあてがあった。
この前の休みに遊びにきていた妹が置いていったホットケーキミックスが一つあった。そう言えばいつの間にかホットケーキミックスのパッケージが箱から袋になっていた事に気が付いたのはこの時だった。
普段作らないものは買わない。だから気が付かないのは当たり前だった。僕はホットケーキミックスの袋の後ろに書いてある材料と道具を用意した。
男の独り暮らし。
牛乳は無いし計量カップも無いけど、なんとかなるだろうと僕は材料を目分量で計り混ぜ合わせていく。その間にフライパンに火をかけ薄く油をひいておいた。作り方には一度火を止めると書いてあるが、面倒臭いのでフライパンが温まったタイミングでホットケーキミックスを流し込んだ。
ジュッとした音共にフライパンに広がるホットケーキにはプツプツした気泡が浮かんでは消えていった。
意外と上手に出来ているではないか。
僕は鼻歌交じりにケーキをひっくり返す。もちろんフライ返しは無いので箸でだ。
ケーキは見事に途中で折れ曲がり、円から半円となった。それにひっくり返した面は強火の所為か酷く焦げていた。当初の予定と大きく変わり、黒い半円のケーキが出来上がったのはその暫く後。インスタントコーヒを淹れ、朝食の準備が出来たのは更にその暫く後だった。
久し振りに作ったホットケーキはパサパサしていて焦げている味がした。インスタントコーヒの苦味と合わさるとお世辞にも美味しい朝食とはいかなかった。
時刻は七時四十五分。
折角時間をかけて作ったのに。
少し味には残念な気持ちになったものの、何処か自分で作った事には満足していた。
まだまだ日曜日は長い。
今日はこの後何をしようかな?
久し振りに早く目覚めた日曜日の朝。
朝食も作り終えた僕は早起きも悪くないと満足感を得ながらインスタントコーヒの余韻を楽しんでいた。
そしてこの後に僕は気が付くことになる。
台所にはホットケーキを作った道具が散らばっていることに。
朝早く目覚めた日曜日の朝。
取り敢えずこの後の予定は台所の片付けになりそうだ。
了
日曜日の朝に ろくろわ @sakiyomiroku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます