第28話
チェンの墓前、というテイの、廟というか僕とチェンのミュージアムで今までのことをざっと報告し終わって外に出ると、もうすっかり日が暮れていた。ずっと僕の後をひょこひょこついて歩いていた知事が、「お泊まりが決まっていないのでしたら私が手配いたしますが」と言ってくれるので、謝礼としてわずかばかりの金品を握らせたのちまた彼の配送車に乗り、ホテルに向かう。
なんだかいろんなことが矢継ぎ早に起きて、疲れた。
見るからにスイートルーム、という広さの手入れの行き届いた部屋で、どでかいダブルベッドに倒れ込む。『なんだかすごいことになってたねえ…』なんて言ってくる地球に二言三言返事をしたところで、僕の意識は眠りの闇に飲まれていった。
久しぶりに例の夢を見た。
真っ赤に染まる空の下で、空からも地面からもニョキニョキと生えるビル群のど真ん中に僕はいて、空から落下してくるコンクリート片が僕の体を押し潰しては、再生に合わせてボロボロと崩れていく。
『やっぱり避けられなかった。でも、フユキ、君だけは…』
そう誰かが言う声が聞こえたところで、ハッとして目が覚めた。
久しぶりの上質な布団での睡眠は逆に体の節々に障ったらしく、今までの疲れがどっと出て身体中が痛んだ。窓に引かれた合成繊維の遮光カーテンから熱や紫外線を削ぎ落とした真っ白い光が飛び込んできて、ベッドに横たわる僕の体の上にまだらに陽だまりを落としている。
体はボロボロだったが、こんなふうに穏やかな朝は云百年ぶりで、ぱっちりと開いた目をまた何度か瞬かせたのち閉じて、とろとろと二度寝に突入する。
断片的にさまざまな過去が投影された夢を見た。中学時代の夢、疎開先の学校やトクさんちの夢、軍役時代の夢、そこからの長い長い旅の夢。
どれも大抵悪夢であり、突然現れた化け物や敵兵に命からがら追い立てられては汗びっしょりで目覚める、なんてことを二時間程度のうちに十数回繰り返した。
流石に気分が悪くなってきたので体調を押して身を起こすと、備え付けのシャワールームに引っ込みとりあえず汗を流す。ここに来る前に買ったシャツとスラックスーー最近の流行りの図柄を取り入れたものだそうで、シンプルなようでやけに凝った配色がなされていた。近頃のブームってやつはわからんーーに着替え、部屋に備え付けの冷蔵庫から昨夜入れておいたスポーツドリンクを取り出して煽る。他にも酒やジュースの類が何本か前もって入れられていたが、この手の飲料は後々チップ代を請求される上に割高なので、手を出そうとは思わなかった。
いまだに中学生時代の金銭感覚が残っているものだ。
『…あ、おはよう、フユキ』
今こちらが目覚めたことに気がついた、といった様子で地球の声がする。まあ、常に僕の周りにばかり視点を置いておくわけでもないのだろうし、他の場所を観測するなりしていたんだろうなと思いながら、僕も「おはよう」と挨拶を返す。
『今日はどうするの? もう少しこの街に滞在してく?』
「そうだな、昨日知事さんに一週間分くらいの滞在費は渡しておいたし、この部屋の居心地もいいし。しばらくゆっくりしてくか」
『じゃあさ。今日ちょっとフユキと一緒に様子を見に行きたい場所があるんだけど』
滅多にない地球からの提案に訝しい気持ちになりながらも、他に予定もないので了承する。そうして僕は、ルームサービスで簡単な朝食を済ませた後で、地球の要求に応じホテルから程近い場所にある科学博物館を訪れていた。
その博物館は、最近の流行りに則った奇抜な造形を模した近代建築の中にあり、今日は平日だと思ったがかなり多くの人が行き交っていた。最も、僕の知る二百年程度前とは平日と休日の感覚もかなり変わっているようで、最近では月、火、と働いたのち水曜に一日の休日を挟み、その後木、金と働いて土日を堂々と休む、と言う週休三日制が主流らしい。
業務用AIが業務全体をアシストしてくれるのが世界的に当たり前のこととなり、結果業務体制もかなり改善されたとかで、少なくとも日本を除く各国では肉体労働以外の人間への負担はひどく軽減されたそうだ。
まあとはいえ、林業や農業に駆り出されている国民は体を虐め抜きながら厳しい労働環境で生きているし、この都市部に現れているような上層部の人民の生活と下層人民の生活には雲泥の差がある。
ともあれ、上級人民の労働環境改善を受けて平日の労働時間の短縮、休暇の取りやすさ向上などの待遇も成ったらしく、都市部の人間は有り余る暇な時間をこうした博物館や美術館に出向いて教養を磨くことに使っているようである。
受付を済ませーー国が美術・博物関係の流布に力を入れているだとかで、一般人は入場料無料だったーー博物館の中を歩いていく。今期は宇宙開発に関する展示がおこなわれているようで、あちこちに宇宙船の部品だとか、月と火星に築いている第二の生活圏に関する情報や図字、さらには現在、超長距離・光速宇宙船を飛ばして探している第三の移住先となる星々に関する情報がざっくりと示されていた。
先日買った端末にアプリを入れると、端末を操作して展示関係のさらに詳しい情報を得ることができる。
…どうやら、いよいよ地球を捨てて次の居住星を探そう、という動きが活発化しているらしかった。
僕がタラタラと展示を見て回っている間、ここに来ることを促した地球本人はやけに神妙に口をつぐんだまま、時折頷くように『うん、うん…』と呟くのみであった。
人間の暴挙に対する怒りとして真昼の黄昏事件などを起こした過去の経緯を見ると、きっと怒りと悲しみで満ち満ちているのだろうな、と思う。しかして僕にそれらの憤懣を悟らせるのは気が引ける、と言う程度の社会性を得たので、なるべく感情を抑えて噛み締めているのだ。
「大丈夫か?」
内容盛りだくさんの展示を全て見終わって外に出た頃には、すっかり日は傾き夕刻となっていた。気遣う僕に対し、なおも『ああ』とか『うん』とか気のない返事をした地球は、その後ホテルに戻り、昼食兼夕食を済ませた後も黙りこくったままであった。
僕は僕で、なんと言葉をかけていいかわからずずっとぐるぐる今しがた見た展示の内容を振り返っていた。
人間は、醜い。我が身可愛さにあらゆる他者を傷つける。
しかし、そう思う僕もまた人間だ。…このまま、いつまで地球と共にいられるだろうか。
ぐるぐる考え事をしているうちに、昨日同様疲れが出てぷつり、と意識が途絶えるように、僕は眠りに落ちていった。
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