第27話

 約三百年ぶりに足を踏み入れた中東の地は、当たり前だが様変わりしていた。時の政府が緑地化と近代化に力を入れ始めたらしく、以前の砂漠に点在する寂れた村々、という景観ではない、鉄筋コンクリートの高層ビルが立ち並ぶ非常に現代的な都市が次々と目の前に現れる。

 中には昨今の流行を反映したような幾何学的で奇抜な外観の巨大施設も多数あり、その多くはショッピングモールや美術館、公民館として多くの人々が内外を行き交っている。


「随分場違いなところに来てしまった感じ…」

『セリフがすっかり隠居したジジイなんだよなあ』


 地球とボソボソ感想戦を交わしつつ、以前使っていた端末がもうすっかり型落ちして動かなくなっていたので、これからのことも考えて新しい携帯端末を買おうとめぼしい小売店に立ち寄る。

 店員が矢継ぎ早に最新型の高価な端末を勧めてくるので、まあ長持ちするものを買いたいし機能は追々覚えればいいし、と、比較的高機能な端末を一つゲットした。


 その際店員と世間話がてら市井の噂に探りを入れたが、どうやら第三次世界大戦終戦後、この地に地価の安い土地を買い求めて都市部の人間がどっと流入したそうで、それ以降なんだか一気に賑やかな地方になってきた、とのことだ。その店自体は現在の店主の祖父が始めた店だそうで、まあ今代で三代目になる、と。なるほどである。


 新しく手にした端末は、かなり遠距離でもネット回線から電波を受信できるので、僻地への旅行のお供にもってこいという売り込みの機種だった。僕が使っていたスマホとも全く異なる操作感の代物になっており、慣れるにはもう少し時間がかかりそうだった。

 まあ時間はあるし、ゆっくり馴染んでいくものとする。



 せっかくなので色々見て回りながら、結果迂回して以前エンリと共に逗留した村に向かう。辿り着く前からもう村のあった方角に、かなりの高層建築が立ち並んでいるらしいのがぼんやりと臨まれた。

 その頃から周りでヒソヒソと僕を見て噂話をする人間たちが増え始める。おかしいな、僕が表世界からも裏世界からも姿を消して、もう二百年以上経つ。僕のことを覚えている人間はいなくなったはずだし、まああの頃、ネットで「神兵フユーキ」の動画が随分拡散されていたから最近になってそれらを掘り起こした人間には面が割れていてもおかしくはないが。それにしても道々で随分こちらを注視する人間が多い。

 僕にはもう守るべき人間もいないし、堂々としていればいいわけだが、隠遁生活が長かったおかげですっかり人に対する免疫が弱くなっていて、ついマゴマゴと人目を避けてしまう。


 そんなわけでさらに迂回に迂回を重ね、村にたどり着いたのは夕刻であった。



「神兵フユーキ…」


 村ーーという言い方はもう相応しくないだろう、立派な近代都市だーーについた端から、住民が僕を振り返っては口々にその名を誦じる。これはいよいよ勘違いではないらしい。

 そうして街の通りをいくうちに、三百年前の僕の写真がデカデカと張り出された建物の前に出た。


「ひえっ…」

『これは…なかなかだねえ…』


 よくよく周囲を見回して見れば、あちこちに僕の顔写真と現地語で書かれた「神兵フユーキ」の文句が散りばめられている。なんだ、何があったってんだ。


「フユーキ様!」


 大声で自分を呼ぶ声に振り返ってみれば、でっぷり太ったアジア人が吹き出した汗を拭いながら慌ててこちらに向かってくるところだった。


「あの…どういうことなんですか?」

「いや、驚かれるのも無理はない」


 とりあえず相手に敵意はなさそうだったのでーー仮に敵意があったところでこんな男一人僕にとってはどうってことないーー誘われるままに近くのビルに収容されている喫茶店に入り、一息つく。男が大仰な手振りで手を打つと、店員がすっ飛んできてペコペコと忙しなく頭を下げては注文をとってはけていった。


「私はしばらく前からここの知事を務めているものなのですが。あなたの存在は、この地では伝説なのですよ」

「はあ…まあ心当たりはいくらでもありますが」

「あなたがこの地に逗留されているらしい、と聞いて、周囲のものと"まさか"と思っていたんですが。やはり、フユーキ様は神に愛された肉体をお持ちなのですね、不老不死の人間が実在するとは…」

「随分すんなり信じるんですね」


 若干警戒する僕を前に、その知事だという男は大きな声で笑うと、先日僕が買ったのと同じような外観の携帯端末をチラチラとかざしてくる。


「最近は、この手の端末で生物の生体コードの読み取りができるんですわ。指紋やら声紋やら容貌認証やらで簡単に本人のデータと照会ができるんです。で、ご存知ないでしょうが、フユーキ様の生体データはネットを通して全世界にばら撒かれていましてね。こうして誰にでもダウンロードができると」

「マジかよ…」

『だからあの露天のおじさん含め、いろんな人にやけに顔を知られていたんだねえ…』


 今更そんなことに合点する僕を見て、また豪快に笑って見せた知事は、「まあ、なぜ今になってここに来られたかは大体わかっております、ご案内しますわ」と言って、汗をかいたグラスから各々飲み物を飲み干すのを待って、僕に離席を促した。


 そうして言われるがままに彼のお抱えだという黒塗りの車両に乗り込み、郊外に向かう。エンジン音のほとんどしない最新式の電気自動車らしく、実際この都市は人や車の数に比して随分静かで清潔であった。生活に関わる様々な部分で技術開発が進んでいるらしい。


「ここです」


 やがて他のどのビルよりも巨大な建造物の前で車は停車し、僕たちは車を降りた。僕が顔いっぱいに浮かべているクエスチョンマークに気づいた知事はふふ、と笑い、


「あなた同様チェン様もこの地の伝説の一つでしてね。あれから、彼の亡骸を収めた墓の上に保存用の廟を建てるに至ったんです。今ではこの街の観光スポットの一つですわ」


 なんてことを宣う。


 あまりの展開にあんぐりと開いた口が塞がらなくなる僕を見て、地球はさもおかしそうにゲラゲラと笑い転げていた。

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