第19話
その後一日中歩き通してある程度村から距離をとった後、僕たちはたまたま通りがかったオアシスに滞在するキャラバンに同行させてもらう約束を取り付けて、彼らの荷車に揺られていた。
砂漠での移動手段は、いまだにラクダの引くキャラバンがメインである。機械化と合理化が進んでいる現代、ラクダに代わる動力として砂漠でも長期運用可能なホバーバイクなども開発されていたが、特にアナクロな考え方を重視する世代が多数を占める砂漠地帯において、まだまだラクダのような生物由来の乗り物の方が信頼を集めているのだった。
僕たちが同行することになったキャラバンも、数匹のラクダに荷馬車を引かせて砂漠を横断しようとしているところだった。その荷馬車の一つの上で揺られながら、ぼんやりと空を眺める。
あの日チェンと見上げた空と大して変わりのないように見える空は、しかし刻一刻と変化して唯一無二の表情を見せる。そう、世界は絶えず変容していく。同じであり続けるものなど何一つとしてない。
「随分疲れた顔をしてるね。もうちょっとで街らしいから、がんばろ」
隣から気遣うように声をかけてくるエンリの向こう側から、別の荷車に搭乗しているリグがなお大声を出す。
「俺のいないところであんまり盛り上がるな! 寂しいじゃねえか!」
「物見遊山じゃないんだからな…」
僕の渋い顔をものともせずに、二人は荷車越しにわいわいと言葉を交わしている。緊張感がなさすぎではないだろうか。いつ何時誰に襲われてもおかしくない身の上だというのに。
思えば豪華なパーティになってしまった。不死の再生力を持つ軍を捨てた男と、いく先々で軍の傷つけた人間を治療して回る医者。おまけに義勇兵でありながら元敵兵に加担する脱走兵。後ろ暗い事情のオンパレードって感じだ。
実際今身を寄せているキャラバンのオーナーも僕たちの噂は聞きつけていたようでーーこの界隈は情報が命だから、耳が早いのもあるだろうーー当初僕たちを同行させることにひどく渋ったもんだったが、エンリのぶりっ子とリグの半ば脅しに近い説得を経て帯同を認めさせたのである。この先もこの調子で力技だけで道を切り開いていくのかと思うと不安しかない。
僕が延々眉間に皺を寄せているのを見て、エンリは隣から「おやつ食べる?」「音楽聴く?」などと甲斐甲斐しく世話を焼いてくる。僕を見た目通りの高校生くらいにしか思っていないのが伺えた。
一方リグは、あっという間にキャラバンの連中と馴染んであれこれ世間話をしながら、不自然じゃない程度にこの周囲の情報を集めている。…まあ、ひどく贔屓目で見れば頼れる仲間たち、なのだろうか…?
「もうすぐ次の街に着くぞ。お前らはそこまででいいんだよな?」
最後尾を駆けているキャラバンのオーナーが半ば怒鳴るようにして問いただすので、彼に見えるように大きく頷いて返した。
「はい。ここまでありがとうございました」
「いいけどよ、俺らもタダでお前らレベルの護衛がつくと思うと助かるっちゃ助かるし。ただ、これから先はもっと注意しながら進んだほうがいいぞ。お前らすっかり有名人なんだからな」
「肝に銘じます」
思わず苦笑が漏れる。なんだかんだ言っても、エンリとリグ含め他人の好意に甘えるしかない現状に呆れてしまうのだった。結局、人というものは助け合いなのだと、昔マコトとトクさんに口酸っぱく説かれたのを思い出す。
やがてキャラバンは比較的往来の激しい通りに侵入し、砂漠のど真ん中に居を構えるオアシス都市に乗り入れたのだった。
「とりあえず携帯食の補充と…あとは今日の宿だな」
自然リーダーシップをとることになってしまい慣れないまとめ役を買って出る僕に、他二人は何の頓着もせずに各々好きなところを見て回っている。
「うわっ、このお菓子見たことない! 美味しそー! カラフルでSNS映えも抜群!」
「そんなものより銃の弾を補充しねえと。あと今夜のしとねの共…」
「お前らいい加減にしろよ…」
地方学校の修学旅行で初の都会にはしゃぐガキどもを引率する教師になった気分である。軍部所属時代に鍛えた腕力と怒声でなんとか二人を制御しつつ、今夜の宿を探す。大抵の場合、こうしたキャラバンの宿屋に併設されるように食料や日用品の売店が軒を連ねているので、とにかく宿場に当たりをつけるのが先決だ。
そうしてなるべく目立たないように場末の宿を狙って宿泊予約を取り付けると、宿としてボロすぎるだの清潔さが足りないだのぐちぐち言い始める二人をようやく野に放ってやった。不満を溜めすぎるのも良くないだろうから、とりあえずそこらで遊んでくるように言い聞かせたのである。
ひとまず先に宿の部屋に上がると、僕はここ数日の疲れもあってぐったり布団の上に転がった。相変わらず頭の中ではさまざまな思いが回り続けている。エンリとリグとの旅が予想以上に楽しいものになり始めていることが尚更僕を混乱させていた。
…楽しい、なんて、そんな思いをしてはいけない気がする。そもそもそんな場合じゃないんだ、僕たちは命を狙われているかもしれないんだぞ。
それでも、彼ら二人との交流は、絶えて久しい友人たちとの時間を思い起こさせた。
もうどういう感情を抱けばいいのかすらわからず、ぐるぐると堂々巡りの思考を繰り返すうちに僕は眠りに落ちていたのだった。
そのまま、夢を見た。またあの夢だ。
空から無数のビルが垂れ下がっていて、それらが地表に向かって降ってくる。
『ああ、ダメだ、ダメだ、フユキ』
どこか聞き慣れた声が耳元でワンワンと響く。
『…“また“…“また“ダメだった』
夢は明け方、カーテンの隙間から差し込む光で目が覚めるまで続いたのだった。
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