第17話

 それから約一週間が経ち、僕の体もどうなり回復の兆候を見せ始めていた。何日か前から病室となっていた民家の外に出られるようになり、村の人々の暮らしを目にする。

 貧しい村だった。元々が小規模の農村であったことに加え、この二十数年に渡る戦禍にさらされて人民も村そのものもひどく疲弊していた。自分たちで食い物を作っている農家が多かったことから、食事にはさほど苦労していないように見えたが調味料や日常品などの物資が明らかに不足している。

 そんな彼らがエンリや僕の逗留を許している事実が不思議なほどである。


 しかし、三日ほど市井を見て回った感じ、その疑問にもあらかた答えはでた。この村の人々にも「神兵フユーキ」の名前は知れ渡っており、また二週間ほど前ーー僕がチェンという存在を失い砂漠の真ん中で気を失った直後ーーに、もう何十年ぶりになるだろうか、真昼の黄昏現象が起きたのだという。

 その際、全世界の何十人かが「フユキにこれ以上酷いことをするな…!」という猛然とした怒りの声を聞いたのだという。


 その直後にぐったりと死にかけた僕を伴ってエンリが現れたものだから、神兵フユーキはやはり神の加護を受けている、という噂があっという間に広まったのである。この小さな村にも今どきナローバンドであるもののネット回線が来ていたから、ベッドに横たわる僕の姿を携帯で撮影した動画が世界中にネット配信されていて、まあ結果僕は村にとって「神のお告げを運んできた天の国の使者」扱いされているのだった。

 通りで丁重なもてなしを受けるわけだ。


 村の人々は大体が僕を敬ってはいるけれど、村になんらかの厄災を持ち込まないかと恐れてもいるといった風で、大人から子どもまで僕を遠巻きにして話しかけるどころか近寄ってくることすらない。道を歩くと人垣が二つに割れ、僕から距離をとったまま人々が祈りを捧げる。

 …今の状況下ではよく知りもしない他人と接触するのはしんどかったし、ある意味助かる対応であるが、居心地が悪いったらない。


 チェンの遺体はエンリと村の人々が村外れの大きな木の下に埋葬してくれたそうで、この何日か、そこに訪れて手を合わせがてらポツポツと現状の報告をするのが日課になっていた。


「エンリに今日もキジマとマコトの話を聞いたよ。あいつら、僕に世話を焼かされた話で意気投合してそれがきっかけで所帯を持ったんだってさ」


 大きめの石をごろっと置いただけの墓標を前に、今日も独り言ちる。


「間接的に僕が仲を取り持ったとも言えるよな?」


 今日も僕を遠巻きに村の人々が点々と垣根を作っていた。まあ、聞かれて困る話をしているわけでもないし、話しかけてくるものがいないのはここ一週間ほどこの村の様子を見て理解していたから、僕も勝手知ったるものである。

 まだ治りきらない傷口からじわじわと染み出す血を触媒に、地球がおずおずと語りかけてくる。


『フユキ…ごめんね』

「黄昏現象を起こした件については気にするなって言ってるだろ。聞けばお前、自分の意思であの現象を制御できてるわけじゃないみたいだし。僕なんかが死にそうになって怒ってくれたことはむしろありがたいよ」

『それもあるんだけど、その…君をそんな体にしてしまったこと。傷が治ってしまう、歳をとることもない体になってしまって、これから君は…』

「それも、いいんだ」


 しゃがんでいた足を伸ばして勢いよく立ち上がり、伸びをする。


「チェンが死んだこと、その後に残されてしまったことは、正直堪える。でも、クヨクヨして何かが好転することなんてないだろ。僕も僕の身の振り方を真剣に考えるべき時が来たんだよ」

『…』


 押し黙る地球の態度に、まだ何か隠していることがあるんじゃないかという予感がちらっと頭をよぎる。このところ何をいうにもやけにしどろもどろしているし、話題が核心に触れるのを恐れている風である。しかしそれを問い立たせるほど僕も立ち直ってはいない。

 地球も、今僕に事実を告げるのはまずいと判断してそうした態度に及んでいるのだろうし。


「フユーキ。傷の具合はどうだ?」


 最近常時耳に押し込んでいる自動翻訳機が現地語を日本語に訳して伝えてくる。振り返ると、このところ足繁く見舞いに通ってくれていた村の長が、今日も痩せ細った歯茎を見せながら無理やり笑っている。


「もうだいぶいいです。本当にお世話になりました」

「そうか。何よりだよ。村のものも君がここに来てくれたことを喜んでいる」


 虚実入り混じった彼の言を聞いて、久々に心がザワザワした。確かにこの村の人間は僕がここに来たことを運命か何かのように捉えている兆しがある。しかし、この二十年ほど常に争いの火種の中心にあった存在が、長く身内に留まっていることをよく思ってなどいないだろう。


「ご迷惑をおかけしました。もうすぐ僕もここを出て行きます」

「そうかね…何もお構いできなくてすまなかったな」


 言いながら村長は明らかにほっと安堵の息を吐き出すのだった。


 この十年ほどで、僕はすっかり世界にとって望まれない存在に身を落としてしまったらしい。その僕のせいで、命を落としたものもいる。

 ーー正直、これからどうしたものか全くわからない。これからも僕のせいで血が流れ続けるのかもしれない。それでも、生きていかなくてはいけないと思う。何よりも僕が傷つけた人々の思いに報いるために。


 これから僕の命をどう使うか、考えなければ。武力として行使するのが最も良いと信じていたが、その道は絶たれた。大きな犠牲とともに。

 やり直さなければいけない。思えば人生とは、積み木をとにかく凸凹と積み上げて、それが崩れるたびに傾向と対策を練ってまた積み上げ直す。その繰り返しなのである。


「フユキ。またここにいた。隣町から物資が届いたから運ぶ手伝いをしてくれない?」


 村の方からエンリが駆け寄ってきたので、村長に頭を下げてそちらに向かう。

 今日も、空はどこまでも青い。

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