第14話
本作戦は、実際にことに当たる当事者から見ても非常にお粗末なものであった。いつも通り僕の「盾」としての能力に頼って進行。チェンを庇いながら敵拠点に侵入し、なるべく多くの敵を抹殺しつつ我が国の要人を確保、脱出する。
作戦開始地は隠密を重視するために拠点から一キロほど離れた山間部とされた。
ヘリで開始地に降ろされたあと、僕たち二人は周囲を警戒しながらジリジリと林の中を進んでいた。
木立が続いている間はまだいい。敵拠点は木々の並の切れた先、広大な砂漠地域のど真ん中に位置しており、木や岩などの遮蔽物がほぼないので近寄るものは敵さんから丸見えになる。そこを僕が弾丸を全て請け負いつつゴリ押しで近づく、という破綻した作戦であった。
しかし、そんなものはいつものことだ。チェンも実に渋い顔をしながらも、僕の影に隠れて前進する。案の定基地から頭を覗かせた敵兵が、バラバラと弾丸の雨を降らせる。
『ホント、人間ってものの尊厳をどう考えてるんだか…』
「戦争中の国に人道なんか説いてもどうしようもないでしょ」
僕はといえば慣れたもので、この何年かは銃弾や刃物を浴び続ける生活をしてきたからか、痛覚そのものが薄れ、ほとんど痛みを感じなくなっていた。おかげで銃弾のシャワーを浴びても実際の湯浴みをしているくらいの刺激しかない。
「また独り言か…」
蚊帳の外にされたチェンが、恨み言のように呟くのだった。
そうしてチェンほどの緊張感のないまま、僕は敵拠点に足をかけた。
「神の兵…」
「神兵、フユーキ…」
僕たちを遠巻きにした敵兵たちが、口々に現地の言葉で囁き合うのを耳に突っ込んだ自動翻訳端末が通訳してくれる。翻訳に若干ラグがあるものの、便利な世の中になったものだ。
「ああー、こっちの言うことがわかるか知らないんだけどさ。僕たちの目的は君らがさらった技術者なんだ、幸い君らの全滅は命令にないから、差し出してくれれば逃してあげるし双方丸く収まるんだけど?」
一応言っては見たものの、僕が何か喋るほどに相手は逆上して銃を乱射してくるので交渉どころではない。チェンが僕の影に隠れたままあからさまにため息を吐く。
「しょうもない期待をするな。大体、君の名はこの二十年間で裏世間に知れ渡っているんだぞ。血も涙もない抹殺兵器だと思われている。話などできん」
「失礼しちゃうなあ…」
『フユキ、真面目にやらないと。今日はチェンさんを守りながらの戦闘なんだから』
「まあそうだね」
僕の射撃精度もこの十数年ほどで劇的に向上している。その上今日はチェンもいる。二人分の銃弾と僕の不死の体を前に、敵兵は次々と物言わぬ肉塊に変わっていった。
今回も思ったよりは楽に済みそうだ。
そう、油断があった。その一瞬にしては長い気の緩みが致命的だったのだ。
いつの間にか裏手に回り込んでいた敵兵が、ナイフを手に突進してくる。
しかしそんなもの、僕の肉の壁の前には大した脅威ではない。いつも通り体で受け止めようとした。その僕の前に、チェンが庇うように立ち塞がっていた。
ナイフがスローモーションのようにゆっくりと彼の胸元を貫くのを見た。目で追えているのに体がいうことを効かない。…銃弾を浴びすぎたか。
胸から血を吹き出したチェンがその場に崩れ落ちるのだった。
「…! チェン!」
すぐさまその敵兵を処理したが、チェンの方は明らかに重篤であった。赤い液体を胸からドクドクと吹き流しながら、荒い呼吸を繰り返す。
なぜ僕なんかを守ったんだ。僕は…守られなくても平気だったのに。平気になったのに。なぜ、なぜ…。
ぐるぐると思考が回り、一瞬硬直した隙をついて、敵兵の残りが僕に集中砲火をかけてくる。思考する間も無く、ぐったりするチェンを引きずって拠点の外へと逃げ出していた。
敵はもうこれ以上の戦闘はゴメンだと思ったのか、追っては来なかった。
砂漠をずるずると動かなくなったチェンを引きずりながら歩いた。作戦開始地まで戻れば、味方に回収してもらえる。それまでチェンの命がもてば、なんとか助かるかもしれない。絶対に助けなければ。
「フユキ…」
チェンが何かを言おうとして、大量の血を吐き出す。
「喋らないで。もうちょっと。もうちょっとで回収地点だから…」
「フユキ…。いいんだ。私はもうだめだ」
「うるさい。喋るなって言ってるだろ。絶対助ける。助けるんだよ」
「聞け。私は死んでも当然の人間なんだ。軍に自ら志願した時から、まともに死ねるとは思っていない。むしろ、死場所を求めてここにきた。だから、もういい」
「なんでだよ…なんでみんなそうやって自分のことを後回しにするんだ。僕を一人にするなよ…」
「フユキ…」
血を流しすぎて体温が急激に下がったらしい、ガチガチと歯の根を震わせながら、チェンは最後の言葉を絞り出した。
「軍を出ろ。君の胸元には軍のIDが埋め込まれているが、そいつをなんとか抜き取って逃げろ。君は善良な人間だ…人殺しなんかもう、やめろ」
明らかに目が霞んでおり、もう僕の声も顔も認識できていないのがわかった。
「生きろ、フユキ」
その言葉を最後に、チェンは喋らなくなった。僕は、認めたくなくて、認められなくて、チェンの体を引きずって歩き続けた。全身が銃弾のせいではなく刺すように痛んだ。やがて僕の意識も霞んでいき、必死のことで道を間違えていたらしい。
砂漠の真ん中で、チェンの半身を担いだまま、僕は意識を失った。
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