第12話
翌日、ぐるぐる巻きに包帯を巻かれたいつもの姿で詰め所の庭に腰掛け空を仰いでいると、治りきらない傷の隙をついて地球が話しかけてくる。
『流石に傷だらけの今は感傷的になってるみたいだね』
「ああ…いや、どうだろ。単に再生にエネルギーを使いすぎて疲れてるだけじゃないかって気もする」
『思春期かよ。自分にはもう感傷に浸るほどの心もないなんて言うつもりかい?」
鼻で笑った風の地球は、さらにぐだぐだと説教を並べ始める。やれ、もっと軽傷で済む戦い方ができないのかだの、自分を大切にしろだの。正直耳タコである。
聞き流しながら空を泳ぐ白雲を目で追う。なんて悠然とした、巨大で蒙昧で無意味な存在だろうか。なんのしがらみもなくああして空を漂って一生を終えることが、羨ましくて仕方がない。…なんて、やはり思春期を振り返しているんだろうか。
『…ちょっと聞いてる? いや、それにしても、フユキの再生力、日に日に増してるよね。ちょっと前までは傷が治るのに多少の時間がかかったのに、今は…』
「コツがあるんだよな。意識を集中させるとその部分だけ特に治癒が早まるんだよ。流石に欠損が出るほどの傷を一気に治すのはまだ無理なんだけどさ」
『ふうん…再生力が高まるだけでもかなりのイレギュラーなのに、フユキの存在はもう特異点と言っても差し支えないな』
「特異点、かあ…」
そのワードこそ思春期特有の厨二病語録そのものではないか、と言いかけて、やめる。今言い争いに発展しても、自分が得をすることは何一つない。
思えば、昔から何か言おうとするたびに損得を考えて言葉を詰めてしまう。この性分は得なのか、損なのか。
「また今日も“独り言“か」
声がするのでそちらを仰ぎ見ると、いつの間にかすぐ隣までやってきていたチェンが、顰めっ面のまま僕のつむじを見下ろしていた。
「独り言じゃないって。地球の声が聞こえてるんだってば」
「悪いが地球に知能があるだの傷を作ると精神干渉してくるだの、にわかには信じられん話でな。君が何か特別な個体であることは確かなんだが」
『何こいつ、失礼しちゃう』
「僕にそんな嘘をつくメリットないでしょうに」
「それはそうかもしれん。が、数値に出ない現象はとりあえず疑ってかかることにしているんだ」
そう言って短くため息を吐くと、チェンはどっかり僕の隣に腰を下ろした。よく見ると今日も軍用レーションーー今日はホワイトチョコ味だーーの包みをどっさり抱えている。
「そんなに食うの…どうせならもっと美味いもん食えばいいのに」
「栄養さえ取れればなんでも同じだろう。レーションを馬鹿にしているようだがな、これほど効率的に咀嚼、吸収ができるエネルギー触媒はなかなかないぞ」
こう言うことを真顔で言うもんだからこいつは…。心中大爆笑していると、一つどうだ、などと言いながらチェンがレーションをひとかけら差し出してくる。たまにはこういうのも悪くはないか。
歯応えを出すために含まれているクラッカーをカリカリ言わせつつ、僕らはレーションを貪るのだった。
昨日の作戦後、僕はいつものように集中治療室に突っ込まれた。弾丸を受けても即再生可能、とはいえ体にめり込んだ弾丸を摘出しないと、金属アレルギーやら鉛中毒やらになりかねない。軍部としても僕ほどの逸材を失うのは痛手だと考えているらしく、毎回名医を揃えて実に手ぎわよく処置してくれる。
僕としてもこんなところで鉛玉を体にめり込ませたまま犬死にするのはごめんだったし、まあ軍部やらチェンやらもいいように利用してやればいいと思っていた。
しかし、ちょっと付き合ってみるとこのチェンと言う男、尊大な皮肉屋かと思ったら存外に誠実で真面目な人間だ。感情表現が苦手なので周りの人間の覚えが非常に悪いのだが、仕事はテキパキこなすしどんなに過酷な作戦に駆り出されても文句ひとつ言わない。
しょっちゅうため息を吐いているのと四六時中仏頂面なせいで誤解されがちらしい。そう言った諸々を受けて、ちょっと彼に親しみが湧いてきているこの頃である。
「ほんとだ、意外と美味いね」
「慣れれば結構いけるんだ、これが」
彼はそう言って、滅多に見ない笑みを浮かべて見せた。
チェンと組んで作戦をこなすようになってから、十年。月並みな言い方だが色々な場面を経てきた。二度三度、この国から逃げ出そうとしたこともあったが、僕との橋渡し役として軍上層部と現場との板挟みになっているというもっぱらの噂であるチェンのことを思うと、僕ばかり不幸なわけではない、まだ僕にも守らなければいけない矜持がある、と思い直して諾々と現在の地位に甘んじてきた。
実際、世界中を巻き込む大戦から東西冷戦にもつれ込んだこの世界を二分する争いにピリオドを打つためには、チェンの力、軍部の力は不可欠であろう。
まだ、まだ今は、耐えどきだ。
僕が思索に沈んでいる様子を横顔から見てとったチェンは、またいとも不快そうにため息を吐くのだった。
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