第7話
その夜、僕は灯火管制のために絞られたわずかな明かりの下、携帯の画面を開いていた。
今や日本中がいつ戦場になるとも知れない緊張感のもとに置かれるようになり、また主要な兵器開発、および軍部運用のためにあらゆる資材や電源が全国に点々と築かれた工場や軍事拠点に集中していて、僕たち一般人の使える食料、日用品、電源の量はまあ緩くではあれ制限されている。携帯も毎日充電することはできなくなり、結果自然と使う時間が絞られてきていた。
携帯の画面にキジマとの通信アプリでのチャットがつらつらと流れていく。
キジマ:毎日毎日体づくりと下働きで死にそうだぜ。そっちは?
フユキ:こっちも似たようなもん。学校っていう体裁を取ってはいるけどもう立派な兵隊訓練施設だね。ほとんど自由時間もない。
キジマ:そっかあ。このまま俺たちもいつか戦場に送られるのかなあ。
フユキ:ネット上の情報もかなり規制されてて、本当のところが全然わかんないけどね。このまま戦争が早期終結しても、元の生活に戻れるかはわからないな。
キジマ:世界は今インフラ的にも実質的な国土的にも穴ボコだらけになってるだろうからな。この戦争が終わっても次に土地と食料・水を巡る争いが起こるってみんな言ってんな。
毎夜のようにキジマとやり取りするこの時間が、僕に取ってはほとんど唯一の潤いであった。向こうから入ってくる情報も目を覆いたくなるような惨状のそればかりであったが、少なくともキジマという親友が無事でどこかに存在している。その事実は希望になる。
僕の隣で寝ているトクさんの甥っ子ーーとはいえもう二十も後半のおじさんであるーーがむにゃむにゃと寝言を言い出して、僕は少し肩をすくめた。トクさんの家の人たちもマコトも、僕がこうして毎晩のようにキジマとやりとりしていることをあまりよく思っていないのだと普段の態度から感じる。すでに日本内でも緘口令が如かれるようになり、個人の思想の流布に強い制限がかけられるようになって、僕の今の態度が軍部に知れればトクさんたちの立場も悪くなるかも知れないのだった。少なくともより厳重な監視がつくと思われる。
しかし、特にトクさんは、僕の孤独な心中もある程度察してくれていて、キジマと僕のつながりに関しても概ね黙認している。世間へのポーズとして甥っ子のクイチさんをこうしてそばに置いて見張らせてはいるものの、この前も僕に対して直接「友達は大事にしんせえよ」などと応援しているともとれる言葉を投げてきたりしたものである。
そうした状況には正直、助けられていた。地球以外によるべのない状況に置かれたとき自分が何をしでかすか、僕自身にも自信がなかったし、僕を一番理解してくれていると思われる存在との繋がりを維持できる事実は何物にも変え難い。
キジマ:そういや、“星“の方はどうだ。探り入れてみるって言ってたけど。
フユキ:いくつか核心に迫るような質問もしてみてるんだけど、どうも要領を得なくてさ。黄昏現象を起こしてたのは間違いなくそいつだって言うんだけど、肝心の動機とかになるとまともに答えないんだ。
キジマ:頭のいいやつなのか?
フユキ:そんな感じでもない…。むしろ自我が育まれてまだ時間が経っていないから、自分の心中を掌握できてないって風。
キジマ:ふうん…むしろ不気味だな。そんな不安定な奴が黄昏現象を起こすほどの物理的な力を手にしてるとすると…。
フユキ:うん、癇癪で何をしでかすかわかったもんじゃない。
キジマ:…この会話は本当に“星“には漏れてないんだな?
フユキ:地球上のすべての場所を同時観測してるから、よほどはっきりした意思のある言動以外は拾えないらしいよ。字も読めないって言ってたし、仮に読めるようになったとしてこの会話を見られてもどうってことないだろ。
キジマ:まあな…まあしばらくは経過観察しかねえか…。
窓辺から、秋の虫の鳴く透明な歌声が凛々と聞こえてくる。キジマのいる場所でも、似たような虫が鳴いているのだろうか。
キジマ:今日はこの辺にしとくか。充電もやばいし。
フユキ:そうだね、おやすみ。
キジマ:おやすみー。
携帯の電源を切り、それを持った手をそのまま体の上にだらりともたせかけ、息をついた。一体いつまでこの緊張感の中過ごさなければいけないんだろう。
キジマが今夜の会話で言っていたように、世界はもうしばらく元通りの平和な世の中には戻れないだろうし、もしかしたらこのまま人類の大半が滅ぶほどの終末戦争に発展することも考えられる。
あれから“星“は、黄昏現象や空の穴現象を起こすこともなく、たまに僕と会話する程度で満足を得ていて、対面上は大人しくしている。しかし、あの黄昏現象で盛り上がった人民の不安がこの大戦に人々を導いたと言えなくもない。今回の開戦の際テレビで報じられた西の大国の軍事声明からもそれは感じられた。
…みんな、ただ不安なのだ。それは“星“自身もそうなのかも知れない。
誰もが平和と幸せを願いながら、それとは真逆の方向に駒を進めようとしている。何か巨大な手に導かれるように。
ぐるぐると考え事をしているうちに瞼が重くなってきて、僕はその晩も携帯を胸に抱いたまま眠りに就いていた。穏やかに、闇が押し寄せる。
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