第3話
「じゃあまた明日なーっ」
「おお、お疲れ」
キジマと別れて帰途につく僕である。あれから駆け足で時は過ぎ、僕たちは中学二年生になっていた。
去年の暮れに起こったあの「空に穴」事件からもう半年以上が経つ。どういう経緯からなのかはわからなかったが、あれ以降「真昼の黄昏」現象も、もちろん「空に穴」現象も再発することなく、この何ヶ月か世間は、というか少なくとも僕の周囲は平和そのものであった。当然ネットを探せばいまだにあの当時の画像や動画を引き合いに出して、「世界は滅ぶのです!」「これは神の怒りなんです!」という、あの時僕らが考えたのと同じような仮説をより刺激的な言葉で飾ったような論調をいくつも見かける。
しかし、そんなことに構っていられないくらいには世界を巻き込んだ大戦、そこからの核兵器の撃ち合いの緊張が高まってきていた。以前は核廃絶に向けて動き出していた世論も、最近ではすっかり「核に相対するためには自らも核を持たねばならない」という論調一色に染まっている。
このままでは、黄昏現象なんてものがあろうがあるまいが、遠からず世界は滅ぶ。
ここ日本でも、「核でやがて空白地帯だらけになる世界を捨てて、宇宙に新たな安住の地を求める」動きが活発化しており、また世界の投資家がその手の思想に賛同して宇宙開発に私財を投じ始めていることもあって、世の中にはにわかに宇宙開発ブームが巻き起ころうとしている。
影響されやすいタチであるらしいキジマも、もうすっかり黄昏事件の考察は諦めてどの国が一番に宇宙に植民地を築くか、というクラスやネットでの議論に夢中である。
僕は僕であれから大きな怪我をすることもなく、誤って刃物を素手で扱ったりなどして擦り傷程度の傷を作ることはままあった。が、その時に聞こえる声はどこか寂しげで鬱げな、あの物悲しい感情に縁取られたものに戻っていて、まあ一気に危機感を削がれていた。
それよりも、僕の目の前にいよいよ「高校受験」の四文字が迫り出していた。クラスの連中の多くはすでに志望校や志望動機を詰め始めていて、自分の未来なんて全く考えたことのなかった僕はにわかに焦り始めていたのだった。
キジマに相談したりなどしてみたが、彼は今回も要領よくスポーツ推薦での有名校受験をすでに決めていて、先方の学校ともやりとりをし、もうほぼほぼその学校に進学する腹づもり、予定でいるらしい。
そのような彼から見るといまだに何の手も打っていない僕はいかにも危機感が不足しているように見えるらしく、
「まあ、後何年世界がそのままあるかはわかんねえけど、フユキはもうちょっとちゃんと考えたほうがいいと思うぞ」
なんていうお説教を度々僕にぶつのであった。
考えてるよ。でも、一秒先のことだって僕らにはわかんないじゃないか。
今日もキジマに「やりたいことくらい見つけたほうがいいんじゃね?」と言われ、散々考えた挙句出てきたのが上のような愚痴であった。全く、僕というやつはどこまで救えないんだろう。
わざわざ相談に乗ってくれているキジマに、僕の方から拒絶するような文言を吐くのもそろそろはばかられ、グッと口をつぐむ僕を見てキジマはやれやれとばかりに頭を振るのだった。
「俺が言ってやるまでもないと思うけど、フユキ、頭いいし慎重に深くいろんなことを考えられるんだからさ。もっとそういう長所? 生かしたほうがいいんじゃねえ? お前の場合はまず自己肯定感上げるところからかもな」
「そうだな…ありがとう」
僕が芯から納得はしていない顔をしていたからか、キジマはもう一度頭を振って、「まあフユキのペースでゆっくりやれよ」なんて気遣う言葉をかけてくれるのだった。
僕はなぜこんなに全てのものに必死になれないでいるのだろう。キジマなんて、ちょっとゲームをプレイする時にも全力だし、彼の得意な体育の授業では毎回競技が何であれ鬼気迫るプレイを見せる。彼が周囲の人間に対して覚えがいいのも、結局「ちょいワル」なんてのは関係がなく、何にでも一生懸命になれる、その真摯さがウケているのだ。
彼の近くにいてそんなことよくよく承知しているはずなのに、僕はなぜそうなれないのだろうか。
考えながら歩いていたせいか、周囲に対する注意が大幅に欠けていた。
気がつくと赤信号の交差点の真ん中で、バイクが僕の傍をすごいスピードで掠めていった。
「危ねえばかやろーーーっ!」
バイクに跨った男性が大声で僕を罵倒して、そのまま走り去っていく。僕はといえば、すんでのことでバランスが取れなくなり、そのままヨタヨタと後退して尻餅をつくのであった。
なんて情けない。
『私は、なんて情けないんだ…』
路上に着いた手のひらを若干擦りむいていたらしく、またあの声がした。カッと頭に血が昇るのを感じた。
「うるさい。お前は何なんだ。なんでみんなして僕をバカにする」
『…?』
ハッとした。そういえばこの声に対して、声に出して応えることなど今までなかった覚えがある。
『今の…私の声に返事をしたの? 君には私の声が聞こえているの…?』
急に恐ろしくなってきた僕は、フラフラと立ち上がって逃げるように駆け出していた。しかし、頭の中に響いてくる声なのだ。逃れようもない。
気がつくと自室に戻り、部屋に鍵をかけて布団の中にうずくまっていた。
『応えて…お願い…。君は…』
「ああ…っもうっ」
布団を頭から被りぶんぶんと首を振る僕に、その声は次第に小さく、震えていった。
『…ごめんね』
最後にそう言ってその声が途絶えた時、時刻はもう十二時を回っていた。
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