第2話
真昼の黄昏現象と併発した「空に穴があく」事件は、その日のトップニュースとなり連日世界中で報道され、議論に次ぐ議論を呼んだ。まあ、議論したところでこんな突拍子もない現象に納得いく説明がつけられるわけもないのだが、それらしい仮説は次々と飛び出し、世の有識者たちは今やその現象に関して言及することに夢中、である。
黄昏現象と同時刻に起きたことは皆、ただの偶然とは思われなかったようで、この二つの事件の首謀者、ないし原因は同一のものであろうという判断が概ね下されていた。
「ネットニュース見たか? オゾン層の破壊が今回の件に繋がったんじゃないか、って仮説が有力視されてるらしいな」
「キジマ…お前ほんと刺激的な話題が好きだよな」
キラキラと輝く目で最近の新説を語るキジマを胡乱な眼差しで射抜くが、僕とて気にならないわけがない。何よりも、あの時聞こえた例の声の文句から、この件の首謀者ーー声の主が、いよいよ本格的に自らの恨みを晴らす行動に踏み切ったのだ、と僕でもわかった。
そして、これだけのことが起こっているのにネットを隅々まで検索しても、「何者かのよくわからない声が聞こえた」、それも黄昏現象と同時刻に、なんていう信憑性のある発言は見られず、どうやらこの声は僕にしか聞こえていないらしいことがいよいよ明らかになってきた。
真実味にこだわらず探してみれば、神からの啓示を賜った、とか、黄昏現象の時に聖痕が浮かび上がる、なんて話は枚挙にいとまがなかったが。そいつらの発言はどれもこれも信憑性が低く、話題に乗って騒ぎたいだけの馬鹿か、敬虔に自らの宗教を信じるあまりに盲目的になってしまっているかのどちらかではないかと思われる。
しかし、それで言うならば僕の「謎の声が聞こえる」なんていう体験も、どうも眉唾のように思われてならなかった。いまだに僕はこの現象に何らかの科学的説明がつけられると思っていたし、ある精神病の患者は実際に幻聴を聞いたり幻覚を見たりすることがあるらしい。僕もその例だと思えなくもない。
それだけに僕に起こっていることを他人に話すのは気が引けた。絶対に大騒ぎされるか、変なやつだと思われるかの二択だ。この事件を面白がっているキジマですら僕の話を信じてくれるようには思えない。
少なくとも原因にアタリをつけるまでは、僕一人で悩むしかないと思われた。
「あの時の穴の直下にあたる地域に、太陽光の紫外線と赤外線がそのまま降り注いだとか言う話は知ってるか?」
「うん、僕もネットニュースそれなりに検索したから…直ちに人体に害はないらしいけど、この現象が頻発すると呑気でもいられないってね」
「なんだ、フユキも気になってんじゃねえか。いやー、終末、って感じだよな。俺、この事件は神様が怒りを表してるんだと思うんだよ」
「神…?」
僕は思わず吹き出したのだが、キジマは存外に真面目な目で僕を見据えた。
「だって、こんなこと人間一人にできるわけねえし、集団でことに及んでるって言う仮説も聞くけどそもそもそんなことして何の得があるんだ? この現象、もう何年も前から続いてるけど、首謀者は名乗りでてないんだろ?」
「まあ、確かに…啓発的な意図がある行動なら犯行声明なり出すか…」
「そう! こんな現象をノーリスクで起こせる人間がいるとも思えないし、そういう色々を加味するとさ、人智を超えた存在が起こしてる、って思うのが自然じゃね?」
「…」
キジマは存外にしっかりこの事件を考察している。言動が派手なだけで元々頭のいいやつ、というか要領のいいやつだとは思っていたが、自分の興味に対してまっすぐなところがあるし、この現象に関してはよほど強い関心を寄せているのだろう。
…彼になら、僕の身に起きていることを話しても否定されることはないのではないか。
「…なあ、キジマ。あの現象が神様の怒りだとするならさ、人間の中に神様の啓示を聞くものが現れてもおかしくないよな?」
「そうだな、と言うかそういう声を聞いたって人間はネットで何人も見る。どいつもこいつもこの機に乗じて目立ちたいだけにしか見えねえけど」
「そうだよな…」
だめだ、やっぱり言えない。僕までそう言う目立ちたがり屋の一人と思われるのが関の山であろうし、そんなことでこの大事な友人を失いたくない。
しかし、キジマの話を聞いているとどうも、僕にもこの現象、そして声の主は神に近い何かのものであるように思えてくるのだった。そういえば少し前に「星の声」と題された掌編小説を読んだ。
地球始め恒星や惑星は皆、命を持った生命体で、僕たち人類や他の動植物、無生物なんかは星の血や肉や骨にあたる、いわば「星の細胞」なのだと。その小説では最後、人類は地球に別れを告げて宇宙に旅立つ。その時地球はもろもろと崩壊し、人類は自分たちが星の一部であったこと、いよいよそのくびきを抜けて大いなる自由に至ろうとしていることを知る。
その内容に関してはどうも、人類側に都合が良すぎる気がしたし、本当に人類が星の一部で、地球を捨てて自分たちだけ生き延びようとしたならば、星の意思で鉄槌を下される、と言う展開が自然ではないか。
…そう、今現実で起こっていることに筋が通ってしまう。
「おい、大丈夫か? 顔が真っ青だぞ」
推し黙る僕の顔を覗き込んで、キジマが本当に心配そうな声を出す。
正直、この数日はネットに蔓延る様々な陰謀論やそれに対する反論などなどの様々な仮説を見て、頭が混乱している。夜も眠れずにこの件に関して僕なりに考察を深めることも多く、寝不足でもある。
「最近買ったゲームが面白くて徹夜続きでさ」
思わずついた嘘に、キジマは目を見開く。
「マジか。なんてゲーム? 俺もやってみたい」
「えっとね…」
とりあえず黄昏現象から話題が逸れたことに安堵しつつ、その日も暮れていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます