休息、わたしのりょこうき

 ほう、とわたしは息を吐き、ペンを置いた。

 淡い黄色に罫線の引かれた殺風景なノートには今日までの旅の記録が綴られている。誰に見せるというわけでもないが、ランプの灯る宿の一室で読み返す記録は、飴のように甘やかだ。

 珈琲を一口啜り、最初のページを繰ってみる。

 文字の一つ一つに情景を込めたかのように、鮮やかにその時の記憶が頭に浮かんだ。

 もしかしたらこのひと時のために、わたしは旅をしているのかもしれない。

 故郷には長らく戻っていない。

 故郷を嫌っているわけではなく、むしろ恋しい場所ではある。けれども、遠い地から故郷を思う僅かばかりの淋しさが癖になってしまい、故郷に留まることに物足りなさを感じるようにもなっていた。

 今は故郷への思いを募らせ、帰りたいとすら思っているが、きっと明日になれば、きっとまた川を漂うように街から街へ知らない土地へ足を動かすのだろう。

 もともとが目的のない旅だ。いつ帰っても構わないが、いつ帰ってもいいのだから今、帰る必要はない

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わたしのりょこうき 爽月柳史 @ryu_shi_so

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