四大宝石
「へえ…キミ、緋月っていうんだ。とってもキレイで良い名前だなあ…うん、そろそろ着くよ。怪我の方も、もうちょっと頑張ってね」
そんな話をしながら蒼に連れてこられたのは、街中にある小さな建物だった。
頭上には『Brillante』と書かれた看板。入り口はガラス張りで、ドアには「CLOSED」の札が掛けられている。
「ここはボクのお店、宝石のアクセサリーを作って売ってるんだ。ジュエリーデザイナー、かっこいいでしょ?」
白を基調とした店内を見渡せば、カウンターショーケースやテーブルにたくさんのアクセサリーが並べられている。指輪にイヤリング、ネックレス…宝石も色とりどりで、同じデザインのものは一つとして見当たらない。
ふと、ある赤い宝石に目が留まる。ルビーだろうか、しかし自分の記憶にあるルビーよりは少し色が暗い気もする。
「あとでキミに似合いそうな石を選んであげるよ!でも、今日はここじゃなくて…こっちで話をしよう」
そう言って蒼は店の奥の扉を開ける。そこにはさらに扉があり、その扉の先には地下へ続く階段があった。
「結構急な階段だから気をつけてね。…大丈夫、何も知らないキミを傷つけたりはしないから。約束するよ」
階段を降りた先には、また扉があった。
「ただいま〜、お客さん連れてきたよ!」
蒼がノックをしてそう言うと、がちゃりと鍵の開く音が聞こえ、ドアが内に開いた。
「あら、おかえりなさい」
出迎えてくれたのは、20代後半くらいの女性だった。瞳は深い青で口元に黒子があり、黒髪を後ろに束ねている。彼女は蒼と私を見ると、すぐに何かを察したらしい。
「その子…『バイカラー』ね、一体どうしたの?」
「さっきお散歩してたら偶然会ってさ。でも何も知らない子らしいから、色々教えてあげようと思って。良い?瑠依さん」
「そういうことね。…いらっしゃい、どうぞ上がって」
案内されたのは、リビングのような部屋だった。地下室と言えばコンクリート打ちっぱなしで無機質なものというイメージがあったが、この部屋は木目調の床に白く塗装された壁、カーペットやソファなど、人が快適に生活できるように整えられた空間だ。
奥にもう一つ、部屋があるらしい。一階の店と比べると地下はかなり広く感じるが、構造はどうなっているのだろう。
男に斬られた傷は、ルイさんと呼ばれた彼女が手当てをしてくれた。平気と言うほどの痛みでもないが、まだ我慢できる方だ。
「今日は寒かったでしょう、良ければこれでも飲んで。蒼にはココアを持ってきたから」
「わーい!ありがとう瑠依さん!」
ソファに座っていると、彼女はホットティーを出してくれた。ひと口飲むと、今までの緊張がすっと解けたように感じる。
「ありがとうございます。ええと…ルイさん」
「ええ、合ってるわ。瑠璃の瑠に依頼の依。あなた、お名前は?」
「黒日刺緋月です。緋色の月と書きます」
「…素敵ね、とても良い響きだわ」
上機嫌にココアを飲んでいた蒼は、しばらくするとこちらを向いて口を開いた。
「…じゃあ、そろそろ話そうか。キミがさっきどうして襲われたのか、キミやボクのその眼はなんなのか。気になるでしょ?」
コクリ、と頷くと、蒼はそのまま話し始める。
「まず、キミのその眼。いつからその色になったか覚えてる?」
「大体…1年前、だった気がする」
「…よく今まで見つからなかったね。とっくにさっきの子に襲われててもおかしくないよ」
「カラコンを入れて、赤に揃えてたから。」
元々は両目共にごく普通の茶色だったのだが、1年ほど前にある日突然右眼が緑、左眼が赤に変わってしまった。普段は右眼に赤のカラーコンタクトを入れているが、それでもこの色はかなり目立つ。
「ボクはそのままでもキレイだと思うけど…でも、その選択は正解だったかもね」
「ボクもキミと同じ、ある日いきなり眼の色が変わったんだ。…不思議な力も手に入れて、ね」
「不思議な力…?」
「うん、キミにもあるはずだよ。何か心当たり、ない?」
男に襲われた時を思い出す。ひとつ、確かに思い当たるものがあった。
「さっき襲われて…刺されそうになったとき、首元が熱くなったと思ったらいきなり小さな盾が出てきて…男はネックレスが盾になったとか、物質変化、とか言ってたけど…」
「うん、君の能力はそれだろうね。物質変化、間違いではなさそうだけど…金属だけかもしれないし、あるいは防御専門かもしれない…あとでもう少し詳しく調べてみようか」
「その…『バイカラー』って、なんなの?」
ずっと気になっていたその言葉。あの男も、蒼も、瑠依さんも。私を見てそう言ったから。
「ボクたちのことだよ。…って、それはわかってるよね、ごめん。『バイカラー』っていうのは、本当はこういうものに付くんだ」
蒼はそう言ってネックレスを見せる。中央についている宝石は、ひとつの中に青と黄色の2色を持っている。
「これはバイカラーサファイア。キレイでしょ?宝石の中には、こうやって二つの色が一緒になってるものがあってね。ボクたちは自分の眼の色をこれに重ねて『バイカラー』って呼ぶんだ」
「じゃあ…なんで私は襲われたの?」
「う〜ん…襲われた理由はあの子だったからとしか言えないんだよね。普通はあんなふうにいきなり斬られたりしないし、いつも戦ってるわけじゃないよ」
「その言い方だと、他にも『バイカラー』はいる、ってこと?」
「もちろん!ボクとアメトリン…さっきの子ね、あとはあの子とあの子と…そしてキミかな。他にもいるかもだけど、『バイカラー』はこの神藍市に集まってるんだ」
「なんでボクたちが争ってるのかは、全部説明すると複雑になるから…簡単に言うと…そうだね、『バイカラー』にはどんな願いも叶えてもらえる資格があるって言われたら、どうする?」
「願いを叶える…そんな御伽噺みたいなことが…」
「さっきのキミみたいな力があるんだから、可能性としては全然あるでしょ?だけど、そのためには条件があってね」
そう言って蒼は机の上に、どこからか取り出した四つの宝石を置く。
「ダイヤモンド・ルビー・サファイア・エメラルド。いわゆる「四大宝石」を集めれば、願いが叶う。…そう言われてるんだ。誰が言い出したのかもわからない。でも、ボクたち『バイカラー』は選ばれて、不思議な力を与えられて…願いのために宝石を巡って争ってるんだ」
あまりにも現実から離れている。普通だったら信じられない…のだが、自分のこの眼とさっきの出来事を偶然として片付けるわけにもいかない。
「まあ、キミに叶えたいことがなければ意味がない話なんだけどね!無理にこんなことに巻き込むつもりもないし、今まで通りの暮らしだって大切で素敵なことだよ。でも…もし、何か願いがあるなら。キミにはその資格がある」
ずっとにこやかに話をしていた蒼の表情が、一気に真剣なものに変わる。
願い。私にはそんな大層なものがあるのだろうか。特に不自由なく、そして特に目的もなく。ふらふらと生きてきた自分が、何故選ばれたのか。
「もちろん、願いはあとだって決められる。過ごしていくうちに、自分のその眼の色ことだってわかるはずだよ」
「この眼に、意味があるの?」
「うん。ちゃんとその眼の色はルーツになった宝石があって、さっきの力だってその宝石と関係してるんだ」
ルーツになった宝石。その言葉にわずかながら惹きつけられるものがあった。
たとえそれが後付けの眼の色だとしても、訳のわからないものに身を投げるとしても。…今までずっと分からなかった、自分が何者なのかということ。それが分かるなら少しでも意味があると、そう思えた。
「私は、自分の宝石を見つけたい。それに…ひとつ、思いついたの。願いにしても、いいかなってものが」
「決まりだね!それじゃあ…よろしく、緋月。キミのルーツはこれから探すんだろうけど。先にボクの宝石を教えてあげる」
「ボクはサファイア。四大宝石の一つでもある、『知性をもたらす石』だよ」
『双色の宝石たちーバイカラー・ストーンズー』 落水 @laksake
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