『双色の宝石たちーバイカラー・ストーンズー』

落水

バイカラー

××県、神藍かんらん市。11月上旬。

庭や街中の木々が色づいてくる季節。

一気に肌寒くなってきたと感じるのも当然のことで、今年は例年よりも残暑は長引き、今月に入って一気に気温が下がったのだという。街行く人の服装を見ても、コートや厚手の長袖が目立つようになっている。


「いってきます」

誰もいない玄関にそう声をかけてから家を出た。

母は小さい頃に病気で亡くなった。父はと言うと、仕事柄海外を飛び回っているためほとんど家にいない。


『お前はしっかりしているが、1人にさせてしまって申し訳ないとは思っている。生活費は自由に使って構わないし、家のことは家政婦を雇っても良い。』


決して悪い父ではない。私を養うために仕事をしているのもわかっているし、1人には広すぎる家と月々に貰っている額を見ればむしろ裕福な方だ。

家政婦は雇わず、代わりに猫を家に迎えた。いつもなら玄関まで見送ってくれるのだが、今日は気分ではなかったらしい。


この生活を始めて4年。今年で20歳になった私、黒日刺緋月くろびしひづきは何不自由なく、かと言って特に面白いこともなく、ぼんやりと毎日を過ごしている。



「緋月っちさ〜、今日ご飯行かない?」

夕方。大学の講義が終わり、帰る支度をしていたところに声をかけられた。

あかり、その呼び方はやめてって言ったわよね」

「え〜〜?でも緋月っちはちゃん付けのイメージないし、てかそっちのほうが嫌でしょ?」


彼女は新羽灯にわあかり。講義で隣になって仲良くなった数少ない友人だ。


「そうだけど…普通に呼び捨てで良いじゃない」

「ん〜、でもやっぱ一番しっくり来るので呼びたいじゃん?」

「…もう好きにしなさい。それで、どこに行くの?ご飯」

「やった〜!ウチさぁ、いまめちゃくちゃ肉の気分なんだよね。焼肉行かない?」

「悪くないわね。でも駅前のいつもの店、いつも混んでるじゃない」

「それがね〜実はこの前見つけちゃたんよ、穴場の名店!しかもこっから歩いていける」

「いいじゃない。行くわよ」


そうして灯と焼肉を食べて、店から出たのは21:00前だった。


「ん〜美味しかった!また来ようね緋月っち!」

「ええ、今夜は風が強いから気をつけてね」


そう言って灯とは店前で別れた。彼女は大学近くのアパートに住んでいて、駅に向かう私とは反対方向だ。

この時間ならまだ電車は沢山ある。とりあえずこの裏路地から大通りに抜けたいところだ。


冷たい風の中駅を目指して歩いていると、一際強い向かい風に吹かれ、右眼に何かが入り込んだ痛みを感じた。


「…っ、眼になにか……あっ、」

慌てて目を擦ると、異物と同時にコンタクトが外れてしまった。


「まあ、あとは帰るだけだし…少し髪で隠せば…」

あとで家で捨てよう、と外れてしまった赤色のカラーコンタクトをコートのポケットに入れ、また歩き出す。初めての道だったので迷いながらも、ナビを使いながらなんとか大通りを見つけることができた。


「よかった、ここからは知っている道ね」


そう安心した、次の瞬間だった。


ザシュッ、と。上から何かが降りて来ると同時に、何かが切り裂かれる音がした。


「……っ!?」


それが何かと理解する前に、右腕に痛みが走る。見ると、二の腕あたりが服ごとざっくりと裂け、血が流れていた。


「チッ、外したか。もうちょい低いとこからに飛べばよかったな」


背後から男の声が聞こえる。振り向くとそこには、細身で黒い服を着た茶髪の男がナイフを持って立っていた。その眼は紫と黄、左右で全く違っている。


男に見覚えもない、恨みを買われるような心当たりもない。もしかして通り魔?

自分が斬られた理由もわからず、痛みに耐えながら頭をぐるぐるとさせることしかできない。


「当たり。アンタ、『バイカラー』だろ?」

男はナイフをくるくると振り回しながら聞いてくる。


バイカラー。どこかで聞いたような単語だが意味がわからない。

「…何のこと?いきなり切りつけて、意味のわからないことを聞いてくるなんて…」

傷口を押さえながら答えると、


「なぁんだ、自分のその眼のこと知らねえのか?まあそれはそれでありがてえんだが。…その赤と緑の眼、生まれつきじゃないだろ。ある時いきなり変わっちまった。違うか?」


「そうだけど…なんで分かるのよ」


「なら話が早い。お姉さんよ、いきなりで悪いが……」


「…。」


「…は?」


その言葉の意味を理解しようとする前に、男は私の目の前まで来ていた。男は私を押し倒し馬乗りになると、ナイフを高く振りかざす。避けられない…それだけは本能的にわかった。


…ああ、つまらない人生だった。

この20年間。特に打ち込めるものもなく、本気で悩んだり、心から喜んだりしたこともないまま。適当に選んだ学校で、将来もぼんやりしたまま過ごして、親友も恋人もできないまま。

この眼のことも…自分は何者なのかも、わからないまま。


私だけナイフ一本で簡単に死ぬなんて理不尽じゃない。一生のうちにバリアの一回でも使えたらいいのに。そんなくだらない最後の思考すら嫌になる。



…せめて、もう一度。父さんに会いたかったな。



男がナイフを振り下ろし、私は諦めて目を閉じた。



しかし一瞬、首の周りに熱いものを感じたと思えば、その次の瞬間には金属がぶつかり合う音が辺りに響いた。


「なっ………!!」

男が声を上げる。ふと目を開けると、私の目の前には、銀色の小さい盾らしき物が浮かんでおり、的確にナイフを防いでいた。


「チッ…アンタ、物質変化の能力かよ。ネックレスで盾作ってナイフを弾くだなんてやるじゃねえか」

男はナイフを下ろしてそう言った。


そんな能力は知らない。しかし首元を確認すると、たしかにつけていたはずの銀色のネックレスがなくなっている。


「へえ…自覚なしかよ。なら尚更ここで殺した方が後が楽ってワケだ」

男は盾を掴んで放り投げる。カラン、と軽い音を立ててアスファルトの上に落ちたのがわかった。


「今度こそ、じゃあな」

男がナイフを構える。


さっきのような奇跡はもう起こらない。次こそ終わりだ。


「ストップ。…何をしてるの?アメトリン」


突然、違う声が聞こえた。


「…なんだ、お前か。邪魔するな」


「邪魔はさせてもらう。何も知らない一般の人を巻き込んじゃダメって知ってるでしょ?」


「こいつも『バイカラー』だ、これでいいだろ?」


「『バイカラー』でもボクたちの戦いを知らない子ならダメ。分かったらいますぐ退いて。…聞かないなら、ボクが相手になるけど」


「…わかったよ」


男はナイフを後ろに投げ捨て、私を解放する。


「覚えてろよ、サファイア」


そう吐き捨て、男は去っていく。


何が起こったのか、自分がこの数分で体験した全てに理解が追いつかない。

あの男を追い払った…中性的な顔の青い髪をした子と目が合う。


「大丈夫?いきなりでビックリしたでしょ。ボクは御白蒼みしろあお。説明するからついてきてよ。キミに起きたことと…ボクたちのことについてさ」

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