のんべんだらりと語るだけ

長月瓦礫

のんべんだらりと語るだけ


トリあえず、鳥には会えなかったよ。

これが本当の鳥会えずってね。


「何それ」


「今思いついた」


「アホくさ……」


よく考えたらトリあえずって字面自体、一昔前のヤケクソ男みたいで気色悪い。

あまりおもしろくないし、変なことを言うんじゃなかった。

大先輩は手元の報告書を適当に読んでいる。

気に入らなさそうな表情で黙々と読んでいる。


「あのさ、受胎告知って知ってる?」


「はい?」


シェフィールドは聞き返した。


「ある日、女の人の下に天使がやってくるんだ。

おめでとう。あなたは聖霊の力によって、神の子どもを授かったってね」


大先輩は報告書を投げ捨て、舞台役者のように手を差し出した。

シェフィールドは容赦なくその手を払いのけた。


「で、それが何だっていうんです?」


「今回の事件と似てる気がしただけだよ。

あの赤ん坊の母親は、後に『勇者』となる子どもを授かった。

例の預言書を保管している国に保護され、育てる予定だった」


「けど、拒絶したんスよね?

赤ん坊を連れ出して、脱走したんだから」


「そう。彼女を洗脳できなかったんだ」


洗脳か。とんでもなくきな臭い言葉が出てきた。

赤ん坊のこと以外、考えられないようにするつもりだった。

一通り役目を務めたその後は何を考えていたのだろう。


大先輩は報告書を片手に歯を見せて笑う。

金色の目は笑っていない。


「時代が時代だったら、確実に成功していただろうね。

こんな小さな世界も吹き飛んでいたかもしれない。

私たちも全員、殺されていたかもね」


勇者になるはずだった子どもは普通の子どもとして過ごし、一生を終えることになるはずだ。預言書はすでになくなった。運命は変わってしまった。


だから、この異世界は存在している。


「今はそれなりに個人に選択の自由があり、科学も医療も日々進歩している。

神への信仰も昔ほど盛んじゃない……昔ながらの預言は都市伝説へと変わる。

別におかしくもなんともないさ」


「だから、あの話を受け入れられなかった。そう言いたいんスか」


「どう考えても、ありえないことだからね。人間関係は散々調べたんだろ?  

預言書に従っている連中が狂っているように見えたんじゃないかな」


「じゃあ、あの子は何だったんスか?」


「分からない」


「ええ……まるで話にならないじゃん」


「だから、困っていたんじゃないかな」


自分の子どもが得体の知れない何かになってしまった。

世界の運命を背負う強大な何か、本当に恐ろしい話だ。

その絶望感は言葉で言い表せない。


「これっきりで終わるといいんスけどね」


「そうだねえ、勇者なんて来なくていいよ。マジで」


二人はため息をついた。



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のんべんだらりと語るだけ 長月瓦礫 @debrisbottle00

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