なんとなく、近いけど

宇治ヤマト

短編 『なんとなく、近いけど』



 思わぬ日に、思わぬ事が起こるものだ。


 これは、そんな日のお話。





「なあ、石動いするぎ。お前って、檜高ひだかと付き合ってるんか?」


 唐突に、クラスメイトの細川から言われて、俺は読んでいた文庫本を落としてしまった。


 檜高美紅ひだか みくさんと俺は、高二になってからのクラス替えで一緒のクラスになった。


「いや、付き合ってはいないよ」


 小説……どこまで読んだか、わかんなくなっちゃったな。



 細川とは同じクラスだが、ほとんど話した事はない。


 彼は一匹狼風の男で、誰かとるんでるのを見たことがない。


 ちなみに、彼は細くはない。

 どちらかと言うと……、どちらかと言わなくても、太めだ。結構なゴンぶと

 けど、イケてるっぽい。ある噂の影響で。


 細川は、腑に落ちない……と、いった様子で尚も聞いてきた。


「そうかぁ? けど、いっつも一緒にいるじゃんか?」


「うーん、まあ……なんとなく、一緒にはいる……かな?」


「そうかぁ。付き合ってないなら、俺──告ってみるわ」


「えっ!?」


 細川にそう言われて、俺の心臓が──ドクン! と、跳ねた。



 やっぱり、俺は……檜高美紅さんの事が、好きなのだろうか?


 けど、俺と檜高さんとでは、釣り合いが取れない……。


 そもそも、人種が違うような気がするのだ。


 俺は、どちらかと言うと、クラスでは陰キャ寄りの普通……。


 檜高さんは、ちょっとギャルっぽい。

 かなり美人だし、可愛い。キラキラしてる。


 けど……、なぜだか檜高さんと俺は、登下校を一緒にしたり、校内でも一緒に居る事が多いのだ。


 嫌いか? と言われたら、

 はっきりと『ノー』だ。


 だが、好きか? と言われたら……どうなのだろう?

『綺麗だ』とは、確実に思ってはいるが……。

 俺には、まだそういうのは早いような気がする。



尚弥なおや君~! 教材運ぶの手伝って~」


 職員室から戻って来たのであろう、檜高さんから声がかかった。


 俺は席を立って檜高さんの元へ行こうとしたが、それより早く細川のヤツが檜高さんに近づき、何やら耳打ちしていた。




 ──────────────────────




 檜高さんと一緒に職員室へ向かった。


 細川のヤツ、本気で告白するつもりなのだろうか?


 ──「ねぇ?」


 と、檜高さんに声をかけれて我に返る。


「……えっ? どうかした?」


「さっきさぁ、細川君に『大事な話があるから、放課後に中庭に来てくれ』って言われたんだよねぇ」


「……そっか」


「止めないの?」


「いや、俺に、そんな権利は……」


「私の事、なんとも思ってないの?」


「いや、けど……付き合ってる訳じゃないし……」


「本気で……、なんとも思ってないの?」


「……なんとも思って、なくはない」


「わかりづらっ……!

いいの? 細川君ってさぁ、D組のマーコと最近まで付き合ってて、あまりにもあっちの方が激しいからって、マーコの方から別れたんだよね。

女子しか知らないエグい話もあってさ……。

私がさ、そんな人と付き合って……ボロボロになっても、いいの?」



 ――確かに、噂では聞いた事がある。

 細川は、かなりの『豪の者』で、中学生の頃から三枝麻亜子さえぐさ まあこさんと付き合ってたのだが、あまりにも求め過ぎて、つい最近フラれたと、もっぱらの評判だ。


 絞り出すように、俺は言った。


「それは、よくは……ない」


「じゃあ、どうすんのよ?」


「けど……」


「もう! いいよっ!! 知らんからねっ!?」




 そのまま職員室に行って、五限目の歴史の資料を持って教室へ戻った。


 その間、檜高さんは一言も口をきいてくれなかった。




 歴史の授業が始まったが、俺はなんだか授業どころでは無い心境だった。


 檜高さんは、俺の事が好きなのだろうか?


 だけど、住み分けというか……俺とは違う世界の人の様な気がするんだよな……。


 垣根を越えろって事なのか?




 ──────────────────────




 放課後になって、檜高さんを呼び止めようとしたが、目が合った瞬間にそっぽを向かれてしまった……。


 どうしよう……。





 結局、俺は後を着けた。


 この高校、一ノ瀬北高等学校は、中庭が結構広くて、放課後になると部活の補欠組の人達のキャッチボールやバレーの練習などでも使われている。

 これも、住み分けだよな。



 細川は、中庭の中央にある東屋あずまやへ檜高さんをいざなった。


 この高校は、屋上は封鎖されているし、校舎裏だと人気ひとけが無さすぎて女子は警戒するから中庭にしたのだろうか。


 俺は、木陰から二人の様子を伺っていたが、明らかに檜高さんは困惑している様子だ。

 困惑というより、迷惑? な表情。


 最初から断れば良かったんじゃないのか……。


 ──おや……? なんだか檜高さんが怒り始めてる様な雰囲気だ。どうしたんだ?


 俺は、檜高さんの視界に入らないようにそばに近づいていった。


 その時、檜高さんが細川から離れようとしたのだが、細川は檜高さんの手を掴んだ!


 !──気がつけば、俺は駆け出していた。


 俺でも、触れたことないのに!


「細川っ! やめろっ!!」


 俺は叫びながら檜高さんに駆け寄った───

 が、俺の視界に何かが飛んできた。


 ──ボール!? 硬球だ!


 マズい! このままだと、檜高さんに当たる。


 間に──合えっ……!


 俺は、自分の身体で檜高さんを覆うようにして、ボールを身体で受けた。


 ――ボゴッ!


 あだっ!! 右肩が……!


「ちょっと! 尚弥くん!?」


っつぅ……。檜高さんには、当たらなかった?」


「当たってない。なんで、ここに……?」


「ごめん。気になりすぎて」


 細川のヤツは姿を眩ましたらしく、もう檜高さんの側にはいなかった。




 ──────────────────────




 檜高さんに連れられて保健室に来た。


 檜高さんは何度も「ごめんなさい」と言いながら泣いていた。


「ほうほう、彼女を守った訳ねぇ? やるじゃん」と、養護教諭の桜庭先生は、少し冷やかし気味だった。

 冷やかし気味で、冷湿布を貼ってくれた。


「骨折はしてないと思うけど、念のためレントゲン検査を受けた方がいいよ。整骨院じゃなくて、整形外科に行きな」と言って、桜庭先生は職員会議へと向かった。


 保健室内で、俺と檜高さんは丸椅子に座って、しばし無言となった。


 沈黙が気まずいな。


 なんて、話しかけたらいいんだろう?


「ごめんね……」と、まだ檜高さんは不安気な様子だった。


 檜高さんが悪い訳じゃない。

 勝手に着けて行って、勝手に庇っただけだからなぁ。


「大丈夫だよ。骨が折れてたら、触ったりしただけで激痛が走るから。折れてはいないよ」


「骨折したことあるの?」


「うん。中学生の頃に、ちょっとね」


 俺が言い終わるのと同時位で、檜高さんは俺の唇に、自分の唇を重ねた……。


 ──えっ……?


「今ので……、許して欲しい。私の初めてだから……」


「いや……そもそも怒ってもいないんだけど。

 なんで……」


「好きなの」


「……う……ん」


「ダメ?」


「ダメじゃない。けど……」


「けど、何?」


「俺じゃあ、檜高さんとは釣り合いが、取れない……」


「なんでよ?」


「俺は、陰キャ寄りの普通だ……。檜高さんは、キラキラ系のギャルじゃないか? 住む世界が違うというか……」


「それ、誰かに言われたの?」


「まあ、『陰キャ寄りの普通』とは、ズバッと言われたよ」


「誰にさ?」


「C組の……太田有希子さんに」


「ははぁ~ん……、なるほどねぇ」


「何が、なるほどなのかな?」


「尚弥君さ、ラブレター貰った事あるでしょ?」


「えっ……? なんで知ってるの?」


「そりゃあ、気になる人の噂はね。チェックするわよ? 読んだの?」


「いや……、なんか怖いのと、イタズラだろうなって思って、クローゼットの奥にしまってある。

ダメージを受けても平気なくらい、大人になってから見ようと思って」


「あんまり言いたくないけどさ、ヘタレよね~?

それさぁ、太田からだよ」


「えっ……? 意味がわかんないんだけど」


「意味なんてわかんなくていいわよ。そんなことより、私が彼女じゃ、イヤ?」


「……イヤだったら、中庭に行ってない」


「ハッキリ言ってよ!!」


「……好き、だよ」


「……ようやく、聞けた」


 言いながら、檜高さんは優しく抱きついて来た。


「なんで、ここまで檜高さんに好かれるのか、俺には、わからないんだけどな?」


「きっかけはね、二つあるのよ」


「二つ……? 思い当たらないな?」


「一つはね、高一の時に購買でコロッケパンを譲ってくれたのよね。最後の1個だった時に『どうぞどうぞ!』って」


「……覚えてないや、ゴメン。って言うか、チョロ過ぎない? もう一つは?」


「絵をさ、描いてるよねぇ?」


「えっ!? ちょっとっ……まさか、見たっ!?」


「うん。描いてる所、見ちゃったの。英語のノートに……。こっそり後ろからね」


 今時のギャルは、ステルス機能を搭載してるらしい……。


「ぅ……。スミマ……セン……」


「怒ってないよ? びっくりしたけどねぇ。

まさか、私を描いてるとは……。

しかも、めっちゃ上手いんだもん! 習ってるの?」


「うん……。小四の時から週一で、近所のお祖母ちゃん先生に習ってるんだ。

まさか……あれを見られるとは。不覚だぁ」


「いや~、思ったね。この人って、私の事、超好きなんじゃね? ってね?」


「……バレたら、もう仕方ないね」


「普通に付き合おうよ?」


「うん……。初心者だけど、いいかな?」


「私も、同じようなもんだからさ」


 ――あれ? 何か、聞かなければいけないことが……。


 あっ


「そう言えば、細川に怒ってなかった?」


「ああ、あれね。尚弥君の事『あんなつまんないヤツより、俺と付き合え』って言ったからさ。

尚弥君の事、何もわかってないクセにっ! って、思わず怒っちゃった訳よ」


「う~ん、当たらずとも遠からず……、だなぁ。

多分、つまんないヤツだよ。俺?」


「だったら付きまとってないよ! あんな綺麗な絵も描けないよ」


「付きまとわれてたのか、俺は」


「イヤじゃなかったでしょ?」


「まあね、全然」



 その日から俺達は、手探りながらも彼氏彼女となった。



 fin





 ──────────────────────





 初めての短編です。


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