第二話 仕事

 連絡水晶板が煙で満たされたあと、床が沈みだした。同時に頭上で新たな床が出現し、そのまま綾人の視界は真っ暗な闇に飲み込まれた。


 特有の浮遊感に身を任せること一分、ようやく止まり、目の前の扉が左右に開いた。外に出るとそこはモニターだらけの空間だった。モニターの光だけしかなく読みづらそうに何かを読んでいる人も多い。天井に照明はあるが、一つもついていない。


 中には何十人という人がいるが話し声は思ったよりも聞こえない。ここは管制室みたいな場所だが大体の人が想像する規模よりもかなり大きい。


「カルーソー、準備ができました」


「了解」


 カルーソーと呼ばれた綾人は、軽く頷くと、この場所をまっすぐ通り抜け、ちゃんと電気がついている廊下に出た。


 カルーソーとは、綾人に与えられたコードネームだ。


 この施設は異世界転生局の意向の下、秘密裏に運営されている諜報機関である。あまたある世界の中で唯一死者を転生することができるこの世界は、様々な組織や世界から狙われていることもあり、この世界及び転生先の世界の秩序を守るために活動をしている。


 様々な部隊に分かれているが綾人が所属しているのはその中の一つ、『転生人暗殺部隊』だ。


 仕事内容をざっくりと説明すると、転生者の中でその世界の手に負えないほどの犯罪を繰り返しているものを暗殺する仕事である。これが意外と多くていつも人手不足だ。最近は他の部署も人手不足が進行しているらしく、他の仕事を請け負うことも増えてきたらしい。


「昼間も学校の中で仕事したっていうのに夜中もかよ。 まじでブラック」


 齢十七にして社畜と化している綾人の苦労は、今に始まったことではない。


 ちなみに今日綾人は、他の部隊が行っていたメンバーリストの修正を一人で行っていた。どうやら担当していた人が修正したデータを保存しないまま消したらしく、その尻拭いをさせられていたというわけだ。


 ぶつぶつと文句を口にしながら綾人は、『GATE』と書かれた部屋の前で止まった。右隣にある水晶板に両手をつけ、認証すると赤かった水晶板が青く光り、操作できるようになる。綾人は慣れた手つきで操作すると、開き戸はひとりでに開き、緑色の光と手前によくわからない文字が書かれた魔法陣が姿を表した。


 綾人は、すでに床に置いてあった分厚いファイルの隣に脇に挟めていたファイルを置き、謎の空間に足を踏み入れた。


 魔法陣の中に綾人の体は飲み込まれ、ドアは勢いよく閉じられた。


*****


 緑色の光が消え、代わりに視界に入ったのは、獣耳を生やした人間の姿だった。綾人の頭にも同じように耳が生えている。その他にも色々と変わっていることがあるが全体的に綾人のいた世界よりも数段階文明が遅れているような印象だ。


 先ほどくぐり抜けた『GATE』は、あの世界に六つしかない内の一つ、異世界転移装置である。俗に言う異世界転生者と呼ばれる者たちは皆、綾人が使ったもの以外の五つどれかを用いて転生してきている。


 綾人が使用した転移装置は唯一元の世界に帰ってこれるものでありその特殊さ故、転生人暗殺部隊に所属している者のみしか使用できないよう、厳重に管理されている。


「ちょうど通勤ラッシュみたいで良かった」


 転移先の時間帯までは残念ながら予想することができないので時々場違いな服装で転移してしまい逆に目立ってしまうこともある。


 今回は通勤の時間帯だったので黒いスーツが目立つことはなく、逆に周りに溶け込むことができている。


「たしか、今回のターゲットは」


 綾人は、ドアの前に来るまで読み込んでいたファイルの内容を思い出す。今回は、潜入任務はないのでまっすぐ暗殺任務を遂行する。ターゲットの行動パターンも一定なので比較的仕事がしやすい。


 ターゲットは現在十四才男性。今から九年前、五才の幼い少年として転生してきたがその頃から殺人を繰り返しているらしい。転生前も同様に犯罪を繰り返していたので転生人が意図して送ったということは用意に想像ができる。しかし犯人は未だに足取りがつかめない。


 今回ここまで年月が経ってしまったのは、人手不足と隠蔽技術の高さが原因だ。現地の人達も怯えながら生活していると聞く。


 綾人は、ファイルに書いてあった場所で待ち伏せする。ターゲットは朝、学校に通うためにこの道を通る。なぜ人気の少ない路地裏を通るのかわからないがターゲットを待ち構えるには絶好の場所だ。


 綾人は建物の影に隠れ、路地裏の方をさり気なく観察する。しばらくして、少年が一人、路地裏に入った。そして、制服のポケットから注射器のようなものを取り出す。


 もしかしたら、今日も誰かを殺すつもりなのだろうか。


 綾人は建物の影から出て路地裏の方に向かって歩く。少年はすれ違いざまに注射器を綾人に刺そうとしたがそれを交わすように綾人は体の向きを変え、手首に格納していたバネ仕掛けの小さなナイフを手のひらに出現させ、刃を少年の首に撫でるようにすべらせる。


「なん、で」


「……」


 綾人は倒れ込んだ少年から投げ込まれた質問に答えず、冷ややかな視線を向けながら左腕を踏みつけ、注射器で血を採取する。この注射器が、暗殺を成功させたという証拠品になる。


「まだゲーム、クリアしてない、のに」


 一度転生した者がその世界で再び命を落としたとき、永遠に生き返ることはない。その説明はターゲットにもされているはず。 


 悔しそうに涙を浮かべるターゲットに背を向け、綾人は明るい商店街の方へ歩を進める。


 殺人者に掛ける言葉はなにもない。人の命を軽々しく見て、あまつさえ人の命を奪うことをゲームとして考えている外道なんかは特に。


 綾人は去り際に後ろから聞こえた言葉に嫌悪感を感じながら、朝の通勤ラッシュの流れに逆らうように街中を歩く。

 

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【新】異世界転生局の裏仕事 銀木扇 @ginmokusen

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