第一話 ようこそ異世界転生局へ

 目が覚めるとそこは、青い水晶体の中に入ったような不思議な光の反射するところだった。


 誰が見てもそこは、とてつもなく神秘的で、僕には到底似つかわしくない場所だ。


 どうしてここにいるんだろう?確か僕はあのとき、ビルの屋上で中身の入ったままのコーヒー缶を下に投げようとしていた。ちょうどその時はオリンピックが終わり、帰国してきた金メダルを勝ち取ったアスリートたちを歓迎するパレードが行われていて、大勢の人が道路にごった返していた。


 あの日はとても暑かった。確か朝の天気予報では三十度を超える猛暑日になる予報だったはず。それだけ暑ければ、僕はギネス記録をいとも簡単に超えられるような偉業を成し遂げられると楽しみにしていたのに。いざ実行しようとした瞬間に胸と頭の衝撃とともに何も見えなくなって今に至る。


 何が起こったかもわからずなんでこんな場所にいるのかもわからない僕はひどく困惑してしまっている。


「ようこそ死後の世界へ」


 突然、五十段くらいありそうな階段が現れ、その頂点から声がした。クールな印象を与えるその声に、なぜか身震いしてしまう。姿はシルエットしか見えないのに、とてつもない威圧感が僕の体を萎縮させる。


「ギネス記録まで後もう少しだったのに、残念ね」


「僕は死んだんですか?」


 わざとらしい大きなため息が、反響して僕の耳に届く。


「毎回おんなじ質問に飽き飽きしてるの。他になにか言うことないの?」


  頭を捻って考えるが、何も浮かんでこない。僕は世間的には引きこもりだ。そんなやつにトーク力なんてあるはずがない。僕にあるのは他の人がやらないゲームが得意なことだけだ。


「まあいいわ。別に期待なんてしてないし。それより、中学生でよくあんな毒物用意できたわね」


「ネットに売っていたので」


 コーヒー缶の中身は、揮発性の高い有機物系の毒薬だった。あのまま地上に落とすことができていれば、六十万人なんてあっという間に殺すことができたのに。成功したら、自己ベスト、いや、世界記録を大幅に塗り替えることができたはず。


「その年齢で葬った人数を考えると、大幅に記録超えてると思うけど」


 女性は、まるで僕の思考を読み取っているかのようだ。もし彼女が女神と呼ばれる人だとするのなら、別に不思議なことではないだろう。


 そんなことよりも、彼女の一言が僕の癇に障った。ゲームは常にトップに立ち続けなければならない。そこら辺のガキと同レベルに見てほしくない。僕は小学生の頃から誰にもバレずに、しかも一切疑われること無く完璧な計画を遂行し続けていたんだ。僕は完璧な人間だ。


「コミュ障くん、もう一度人生をやり直さない?」


「……」


 なんの脈絡もなく話を振られた。まあ、会話らしい会話もしていないので特に指摘するところでもないけど。


「わたしは君を別の世界で生まれ変わらせることができるんだ。もう一度そのゲームとやらを楽しむことができるよ」


「本当ですか!?」


 僕はつい食い入るように聞き返してしまった。また遊んで暮らすことができる。あれだけワクワクするゲームを、そう簡単に手放すことなんてできるわけが無い。 


 僕にはまだ未練がたくさんあるし追い抜きたい記録がまだまだたくさんある。


「条件として、どんな事があっても殺し続けることを約束してくれる?」


「もちろんです!!」


 どんな理由があるのかわからないけどそんなことは僕には関係ない。大事なのは、もう一度世界を超えるチャンスが巡ってきたということ。今度は、絶対に失敗しない。


 決意とともに、僕の体は青白い光に包まれた。彼女が指を鳴らすとあっという間に視界までも青白い光が遮る。と思ったら、見知らぬ景色が目の前に広がった。ほんとに一瞬の出来事だったが確かに僕は人生をやり直すチャンスが与えられた。


 近くに水たまりがあったので自分の姿を確認することにした。見た目はだいたい五歳くらいだろうか。思ったよりも若い状態で転生されたらしい。


*****


 高校生くらいの男が一人、明かり一つない夜道を猛スピードで走っている。服装は夜に溶け込みそうなほどの黒スーツ。背丈は高身長の部類には入らないが大体の人が理想とする身長。髪はスーツと同じ黒色で短髪、上の方にアンテナみたいなアホ毛が生えている。


 男はしばらく走り続けたあと、寂れた公園に入っていった。どうやら目的地はこの場所だったらしい。


 公園の中にはいくつかの遊具と連絡水晶板(とある世界では公衆電話という)が設置してある。連絡水晶板の前にはすでに先客がいた。しかし不思議なことに、その姿は少年とうり二つである。違うことといえば、右手にファイルを持っていることくらいだ。


「おつかれ綾人」


「あとはよろしく。 代役人」


 代役人と呼ばれた先客は、少年(改め綾人)に持っていたファイルを渡すと、走っていった。その背中はあっという間に暗闇の中へと消えていく。


 綾人は少しの時間、渡されたファイルを確認すると、連絡水晶板の中に入る。受話器を取り、外側の一見何もなさそうな溝にファイルの中から取り出した薄いカードを差し込むと、浮かび上がっている水晶板の上に更に二枚目の水晶版が出現した。カードをファイルに戻し、受話器を持ったまま操作をすると、すべての水晶板はすぐに消えてしまった。


 左手に持っていた受話器をカードを回収し元の位置に戻すと、連絡水晶板の中に煙が充満し、綾人の姿が見えなくなった。


 しばらくすると煙がなくなり、中の様子が見えるようになったがそこに綾人の姿はない。


 残ったのは、何事もなかったかのように照明が時々点滅する連絡水晶板と、どこから現れたのか寝転がって毛づくろいをしている一匹の猫のみだった。

 

 

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