春を思う

春を思う

 「春を思う」そう書いてシャーペンを置いた。題名は悩んで悩んでこれに決めた。高校時代の私にはぴったりだと思ったからこれに決めたのだ。俺は今、四畳一間の部屋に籠もって文章を書いている。閉鎖空間に一人っきりだ。俺は、大学のうちに自立しなければ、だめな人間になるという変な確信があったので、少し都会の大学に進学して一人暮らしをしているのだ。壁にかかった4月のカレンダーを見る。その上の時計の短針はⅤを指している。今頃、同級生は新歓で忙しいのだろう。ちなみに同大学の皆にはうまく言っておいたので、俺は親戚と一緒にいると信じられているはずだ。しかしまあ、しかたない。今の俺にはそれ以上に大切なものがある。俺は人より文字が好きなんだ。詩が好きで、本が好きで、文章を書くのが大好きなんだ。ちょうど今まさにこの眼の前にある憎らしくも純白な原稿用紙と向き合っているように。しかし時間がないな。ほんとならこんな思案をめぐらす暇もないんだ。彼女が来る前にこれだけは書き上げなければいけないのである。ふと窓の外をみると、公園の桜が蕾を膨らませている。

ああ、春だ。春、もう春なのだ。春は俺にあの夜を思い出させる。あの儚い私の春の夜を。さあ、書くか。そうして俺はまたシャーペンを取った。


 「今年も桜の季節がやってきました。九州地方では、、、」

 綺麗な名前も知らない女性アナウンサーの声が家には響いていた。深夜のニュースどき、私は一人部屋に籠もってシャーペンを握っていた。うるさいなあ。私はただそう思った。私が勉強しているというのに家族はなんて呑気なんだろう。まあまだ受験生でもないし、配慮しろという方がおかしいのだけれど。はあ、、、、。横のベッドにすべてをなげうってしまいたい。ため息は幸せが逃げるとか言われるが、そもそも幸せじゃないから吐くのだ。吐くのはいつもこうして勉強して、疲れて思考が滞ったときだ。ああ、いつも思う。私は一体なんのために頑張っているのだろうと。一体なにが楽しくて参考書を友達にしているのだろうと。これは決して比喩なんかではなくて、勉強と友達の数は反比例の関係にあると思うのだ。時間は有限で、友達と仲を深めるには時間が必要らしい。試しに話してみたって、そもそも話題が合わない。芸能人よりも偉人、流行りのアニメよりも名作と呼ばれる小説の知識のほうが私は多いのだ。そうして一人の世界に浸っていると今度は言葉が通じなくなる。周囲との不和と言ったって伝わらないのだから、周りの人と合わないことなんて言葉遣いをしなくてはいけない。私にはそれが煩わしく、それを含んだ友達付き合いというものも疎ましく感じるのだった。だから私が友達のために勉強をしていないのだけは確かだった。

 外では雨が降り始めた。少しすると、部屋が光った。雷までなっているようだ。春の天気は私には予想がつかない。

 私の勉強する理由。今のところの回答は、自分の力を証明するため、これではないだろうか。自分が頑張ればできるんだと、自分は良い環境にいたんだと、そして才能があるんだと。そう周囲に、社会に、名前も知らない誰かに証明するのだ。そう、他人のためだけに。なんと荒唐無稽で笑えるのだろう。

 いや、一つだけあった。一つだけ、胸を張って言える理由が。波瑠のためだ。彼女のため。彼女との未来のため。これだけは譲れない絶対的なものだと最近は感じ始めている。私の未来のまっさらな地平線に差す唯一の光。彼女だけは。

 時計の針はⅢを指している。雨脚はさらに強くなってきたようだ。ベッドの上に放り出されたスマホが震えた。通知の欄には不在着信という文のしたにHalと表示されていた。彼女がこの時間に連絡なんて。彼女は気遣いの人なのだ。だから、こうして私が寝ているか、勉強しているであろう時間には干渉してこない。いつも一息吐いているときに連絡が入るのだ。それは恐ろしいほどに正確だ。いつも私の3歩先をいく彼女が間違うことなどないのだ。つまり、これは何かがある。私はベッドに正座し、自分の正中線の真正面にスマホを置いて折返した。

___________________。

 白がくすんだような灰色の壁紙に囲まれながら彼はただ、通話終了と表示されている画面を眺めている。彼は力が抜けたようにベッドに横たわり、体を預け、目を閉じたり、開けたりしている。そこには、なんにもわからない、なんの穢れもない、愚かなでそれでいて純粋無垢な子供がいるだけだった。


 あなたはあなたを生きれてる?

 彼女にされた質問だ。それに私は何も答えられなかった。そこで彼女は決心したのだろう。次に言った言葉は私と彼女の最後の言葉になった。

 私は彼女に惚れ直してしまった。もう終わりにしなきゃいけない、いや、終わらせるべき関係だというのに。私と彼女の付き合いはそう長くはない。しかし、他のどの組よりもわかりあえている自信があった。何度も話した。何度も悩んだ。何度も笑った。何度も泣いた。そう、何度も、何度も、分かり合ってきたのに。ああ、失いたくなかった。ああ、あんな声をさせたくなかった。彼女は最後まで立派だった。私とは大違いだ。こんな私とは。

 彼女はきっと分かってた。私が空虚な努力をしていることに。そしてそれが彼女自身に向きかけていることに。だから、言ったのだ。最後に、整然と、はっきりと、今のあなたが嫌いと。

 もうやめよう。私を殺そう。もう、いらないや。どうなったっていい。ここで死んでやり直そう。ああ、どうか、どうか次は、春がきますようにと願って。

 窓から差し込む柔らかな光は彼の手のシャーペンを輝かしく照らしていた。

 

 ふうう、はあああ。肩痛いなあ。やっぱりあの頃を書くってなると、どうしてもきついものがあるなあ。あれからか、私が勉強をやめて俺が文章を書くようになったのは。よくよく


考えてみれば全部なんかの防衛機制。結局、現実逃避だったなあ。でも、昔があって今があるしな。いい言葉だなこれ。あのころの捻くれてて面倒くさい、春真っ盛りの私も、ぜんぶ俺だ。人の過去に何があっても、どんな一面があっても、そんなの全部側面でしかなくて、ぜーんぶその人なのだ。だから俺は俺に自信を持ってる。うん、はやく続きを書かなきゃ。次の賞は何がなんでもとらなきゃいけないんだから。驚愕の大学生作家!脅威の処女作!なんて銘がうたれたばっかりになあ。やっぱ、このまま一発屋じゃ終われねぇからな。やるしかねえんだ。ピンポーン。あ、絶望のチャイムがなった。俺の編集者の彼女がやってきたようだ。うーん、どうしよう。最後は何で締めようかな。ピンポーン。二度目だ、ああ、まずい。うーん、、、。あ、そうだこれにしよう。「__そうしてまたここに、春が来た。」

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